長袖一枚で過ごせるような暖かな安定した気候。突然大雨が降り出したりサイクロンが現れる事もなく、珍しく穏やかな気候にナミは気分が良いらしい。下着のような格好でパラソルの下に椅子を置いて優雅に午後のひとときを楽しんでいた。隣のパラソルの下には誰もいない椅子が一つ。さっきまでロビンが座っていたが、花の水やりの時間らしく席を立っていた。鼻歌なんて交えながら昨日届いた新聞を読む。
そこへ、いつも通りサンジがやってきた。片手には新鮮なフルーツがふんだんに使われたトロピカルなジュース。ナミはウインクを付けてサンジから受け取った。それを受けたサンジはといえば、もちろん気分はハッピーである。
「あれ。ロビンちゃんとなまえちゃんは…」
「ロビンは水やり。なまえは昼ご飯の時に見たっきり会ってないわね」
「ありがとう、ナミさん」
ナミと同様気分がいいサンジはスキップを交えて、ロビン特製の花壇がある場所へと急いだ。冷たいうちにこの美味しいジュースを飲んでもらいたかったからだ。
ダイニングキッチンの上に位置するここは、ナミのミカン畑やウソップの得体の知れない"ポップグリーン"を育てているスペースもある。花壇にロビンはいなかったが、その奥にある図書室にいるのが見えてサンジは扉をノックする。その音に気がついたロビンは本から目線をそらし扉の方をみた。
「ロビンちゃん、邪魔して悪いな。特製トロピカルジュースをお持ちしました」
「ありがとう。美味しそうね」
「こちらこそありがとうございます!」
ロビンの笑顔を見れるだけでもっと幸せになったサンジはくるりとその場で回った。その様子にロビンは小さく笑い声を上げて、トロピカルジュースを早速口にする。
「美味しいわ」
「良かったです!ところで、なまえちゃん知らないかな?」
「なまえなら甲板にいたわよ」
「そうか、ありがとう」
サンジの手にはジュースがあと一つ。急いで甲板へと降りる。おやつの時間になるとサンジはいつもこうやって女性達を探して船中を歩いていた。他のクルーの分は後で集合をかければ良い。
緑の芝生が特徴的な甲板に着くと、サンジは足を止める。木の陰にあるベンチに腰掛け眠っているルフィを穏やかそうに眺めるなまえがいたからだ。いつもこの2人は一緒にいる。
最初こそ気に入らなかったサンジだったが、なまえが幸せだと言うのならもう何の言葉も出なかった。レディが幸せならいいのだ。
声をかければその幸せそうなん雰囲気を壊してしまうし、それにトロピカルジュースの匂いに反応したルフィがすぐに起きてしまう。するとまた「おれのは!?」と騒ぎ始めるだろう。どうしたものか、と悩んでいるとなまえが動く。ルフィの顔に近づき頬をツンッと突いた。
「かわ、………」
思わず「可愛い」と言ってしまいそうになる。サンジは甲板へと続く階段に腰掛け、2人を見守ることにした。いつもは何も考えず邪魔に入るが、今日はどうも入りにくい。あんな笑顔のなまえを見れば壊したくなくなるだろう。
「いつもは、照れて言えないんだけど…」
眠るルフィに話しかけるなまえにサンジはもうメロメロだった。
「大好き。」
顔をほんのりと赤く染めたなまえはルフィの頬に触れるだけのキスをした。さっき頬を突いたのは起きないか確かめるためだろう。普段聞けない言葉を聞いて、頬にキスまでされて起きないなんて。勿体無いやつ、とサンジはため息混じりに呟いた。
なまえはルフィの隣に腰掛け、空を見上げている。風になびく髪の毛はふんわりとして見えた。
「なまえー!」
どこからかなまえを呼ぶ声がして、なまえ本人とサンジが反応して声の主を探す。船首の方にいたウソップがなまえに手を振っていた。
邪魔しないように気を使っていたサンジは小さく「あのクソ野郎」と悪態を吐く。ウソップを見つけたなまえは大きく手を振り返して笑った。
「一緒に釣りやろうぜー!」
「うん!いいよ!」
なまえは一瞬ルフィの顔を見て起こそうか迷ったが、気持ちよさそうに眠っている様子を見て悪いと思ったのか声をかけず、船首の方へ走って行ってしまった。
そろそろジュースを渡しに行こうとサンジも腰をあげる。羨ましいルフィに蹴りでも入れてやろうか、と視線を移せばサンジはぎょっとした。
ルフィが嬉しそうに笑っているからだ。
「てめェ……クソゴム。起きてやがったな?」
「サンジ、ずっと見てたろ」
「ああ。見てた。けどお前は寝たふりかよ」
「ちゃんと後で起きてたって言うぞ。可愛くて仕方ねェな、ほんと。」
頬が緩みまくってるルフィにサンジは震えた。怒りではく、切実に羨ましいと思ったからだ。確かに可愛い行動で、誰もが羨ましいと思ってしまうだろう。
「そのジュース、なまえのだろ?おれが届ける」
「おれの楽しみを取るんじゃねェ!おれが届ける!」
「やだ。おれが届ける」
「まだ、寝てろよルフィ」
「寝てねェ!ずっと起きてた」
激しい言い合いになり、そろそろナミが止めに来るかもしれないと怯えた2人は一度喧嘩を止めた。ナミより怖いものはない。キリッと睨み合うこと数分、その空気が一変する。
「2人とも何してるの?」
ずっと見つめ合い続ける2人に、その原因を作った張本人が声をかけた。船首でウソップと釣りをしているはずが、どうしてここに。サンジは驚いて危うくジュースを落とすところだった。
「なまえちゃん、特製トロピカルジュースです。どうぞ」
「ありがとう!いただきます」
パァッと明るく笑うなまえに、サンジは何でもどうでもよくなった。野菜が虫に食われていたことや、菜箸が折れてしまったことも一気に些細な事へと変わってしまう。なまえだけではない。ナミ、ロビンの笑顔を見てもこうなるサンジは本物の女好きだ。
美味しそうにジュースを飲むなまえを黙って見つめるルフィにサンジは違和感を感じた。いつもならば「おれのは!?」「なまえだけずるい!」と騒ぎ出してもおかしくない。微笑みながらなまえを見つめる様子はただのイイ男にしか見えなかった。
「………ルフィも欲しい?」
ずっと見つめてくるルフィになまえも多少の違和感を感じたのだろう、戸惑っているのが見えた。が、ルフィは首を横に振る。
「後で飲む」
「どうした?」
「お腹壊したの?」
まさか拒否するとは思っていなかった2人は信じられないという顔でルフィを見る。クルーなら誰でもわかるが、ルフィが食べ物を拒否するのは前代未聞のことなのだ。
「なまえ。」
「なーに?」
「おれも!大好きだ」
ルフィの発言になまえとサンジは固まる。サンジはすぐに勘付いた。寝ていると思ってなまえがルフィに「大好き」と言った返事を今しているんだろう。
なまえは少し考える。「おれも」という発言がどうも引っかかり、さっき自分のした行動を思い返してやっと気がついた。その様子はわかりやすく、顔を真っ赤にさせて目は泳いでいる。
「起きてたの……?」
「起きたら悪いかなって」
「…もうっ。嘘つき。馬鹿。」
顔を赤くさせて悪態をついても可愛いだけだ、とサンジとルフィの意見は一致した。
ルフィはニヤニヤと笑い、その彼にサンジは蹴りを入れる。目の前でイチャつかれてサンジが黙っているわけなかった。
「二度とおれの前でなまえちゃんと、イチャつくな」
「なまえの言う通りおれ馬鹿だし、イチャつくなって言われてもなァ」
「こんの、クソゴム」
最近サンジとルフィの喧嘩が多いせいか、折角気候が安定していてもナミが落ち着いてのんびりできる時間は少ない。今日もうとうととしていた意識が2人の騒がしい声によって引き戻され、拳を握りしめたナミが来るのはもうすぐだ。
その2人の隣で楽しそうに笑うなまえのジュースのグラスはもうすでに空になっていた。
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