リビングでアルバムを広げて頬を緩める姉ちゃんの隣で、麦茶を飲みながらテレビを見ていた。ルフィさんもジェシーも来ない休日は珍しく、何だかのんびりと出来た。そんな時、姉ちゃんがポツリと呟いた。
「あ、お漏らししてる」
1枚の写真を見て、笑っている姉を見てピンときた。これはおれの写真だ、と。麦茶をテーブルに置いてアルバムを覗き込めばやっぱりおれがいた。5歳くらいだろう、おねしょをして情けないけど泣いていた。
「なんでアルバムなんか見てんだよ……」
「ルフィと見ようと思ってたんだけど、急にバイトが入ったんだって。」
「じゃあ見なくても……」
「あっ、見て見て!ジェシーも写ってる。」
4歳頃だろう、知り合ったばかりのおれとジェシーはまだ距離が遠い。二人で砂場で遊んでいる写真だった。これからずっと一緒にいるなんてこの時は思ってなかっただろうな。
その写真があったページで気になる写真を見つけた。
「この姉ちゃんの隣に写ってるの誰?」
小学校の入学式の写真で、桜の木の下で撮られた写真。姉ちゃんの隣で笑う男は誰だろうか。
「誰だったかなー………全然覚えてない」
「うーん………」
少しの間悩んでいると、おれだけがピンッときた。そうだ、姉ちゃんの事が好きだとか何とか言って毎日家に遊びに来てたからおれが泣かしたんだった。それっきりこの男の子は家に来なくて、姉ちゃんも記憶にないんだろう。
おれは昔からシスコンだったんだ…。
「つ、次のページいこう」
いつの間にかテレビなんて見てなくて、コップの中の氷も溶けてしまっている。
次のページではおれも小学校に入学していた。姉ちゃんは3年で、少し成長している気がした。
「かわいいねー!今はすっかり男の子って感じだから」
「姉ちゃんは何も変わってない」
「照れてる?」
「照れてない。」
よく近所の人から仲が良いわねーと言われるほどおれ達は仲が良い。喧嘩なんて昔に二度や三度したくらいだ。
姉ちゃんも同じことを考えていたのか、喧嘩の話を持ち出した。
「あの時は私を庇って不良を殴っちゃったのが始まりだった?」
「うん、庇ったのに姉ちゃんが人は殴るななんて説教するから……」
「庇ってもらったのは嬉しかったよ?でも、人は殴っちゃダメ。」
「もう殴らない。」
あの頃はおれもガキだったなァ、と今になって思った。けど大人になれば今のおれもガキなんだろう。
パラパラとアルバムを見ていると、面白いものを見つけた。親戚の結婚式でドレスを着た姉ちゃんの写真。ルフィさんが見れば喜ぶだろう。
「この写真貰っていい?」
「何に使うの………」
「ルフィさんに見せる」
「え!?やめてよ!そんな昔の写真!」
「今より幼い姉ちゃんだけど、喜ぶと思うよ」
幼いといっても中学二年生の頃の写真だ。少しだけ幼いほどで、あまり変わらないとおれは思う。でも姉ちゃんはそうじゃないらしい。
「そういう問題じゃない!」
ふんっと鼻息をたてて怒ってしまった姉ちゃんをどうやって宥めようか悩んでいると、急に着信音が鳴った。ルフィさんらしく、姉ちゃんの顔が一気に明るくなった。
「もしもし!どうしたの?………え!本当!?うん、来て!」
姉ちゃんの声しか聞こえないけど、なんとなくわかった。ルフィさんのバイトがなくなったとかで、来ることになったんだろう。結局この幼い姉ちゃんの写真を見せることになるなんてどうでもよくなっている。
「ルフィが来るって!」
「部屋にいた方がいい?」
「ううん、ルフィもいてくれた方が楽しいでしょ!」
ルフィさんは二人っきりでイチャイチャしたいと思うけど……お言葉に甘えてリビングに居座ることにした。アルバムを閉じてテレビを見ること30分、ルフィさんが到着した。
「なまえー!おれのアルバムも持ってきたぞ」
「やったー!ありがとう」
「ルフィさん、お茶でもいいですか?」
「おう、ありがとな!」
ルフィさんとついでにおれと姉ちゃんの分のお茶を入れることにした。リビング内にあるキッチンへ移動して2人を見つめる。まずは姉ちゃんのアルバムを見るようで、ルフィさんの目はキラキラと輝いて見えた。
「うわー!なまえ小っちぇえ!」
「生まれて数時間の時の写真だからね。」
「可愛いなァー」
赤ちゃんの頃だと言うのに、可愛いと言われただけで照れている姉ちゃんにルフィさんは気付かず、アルバムに集中していた。
「ルフィさん、今見てるのおれですよ」
「えっ!なまえじゃねェのか!」
おれの赤ちゃんの頃の写真を見ていたルフィさんは改めてまじまじとその写真を見る。赤ちゃんなんて見分けがつくわけない。
「わっ!なまえ泣いてる」
「それは……小学校2年の時の運動会だね……」
「かけっこで1位だったのに転んでビリになったんですよ」
大号泣して、顔もぐちゃぐちゃなのにルフィさんは可愛いと呟いた。惚れた弱みなのか、ただ子供が好きなのかおれにはわからない。
「小さい頃のなまえに会いてェなー」
「会ってどうするの?」
「とりあえずギューッて抱きしめて、肩車してやる」
「完全に父親ですね」
肩車した後はきっと鬼ごっこして遊ぶだろうな、と容易に想像できた。
そしてページも進んでいき、時間も進んだ。そんな時ルフィさんが例の写真をみつけた。結婚式に参加した姉ちゃんのドレス姿の写真だ。
「こ、これ!貰っていいか?」
「おれがあげるつもりだったんですよ!」
「だ、ダメだよ!!」
「えー!なんでだよ!」
「貰ってどうするの?」
「部屋に飾るんだ」
「嫌、駄目!恥ずかしい」
「なまえ、お願い。」
ルフィさんが何度もお願いしても姉ちゃんは首を縦に振らない。でもしつこくお願いするほど、この写真の姉ちゃんは綺麗だった。
「じゃあ、いいや!おれ達の結婚式で着てもらうから」
「「え!?」」
おれと姉ちゃんの声が重なる。今、なんと言ったか整理できていない。"おれ達の結婚式で着てもらうから"とか言わなかっただろうか。これはもう、プロポーズという意味だろう。
「その時まで、我慢する」
「わかった!飛びっきりのオシャレするね」
ウエディングドレスを着た姉ちゃんを想像しておれも嬉しくなった。でも、姉ちゃんが離れていくのは少し寂しい。ルフィさんと一緒に暮らして、子供も産んでおれの姪か甥ができるんだろう。どんどんどんどん離れていってしまう。
「ルフィさん」
「ん?なんだ?」
「姉ちゃんを幸せにして下さいね」
「?、よくわかんねェけど任せろ!おれが絶対幸せにする」
ルフィさんが姉ちゃんを不幸にさせるなんてこれっぽっちも思ってない。でも聞かないと納得できなかった。自分に言い聞かせるためだった。どうか姉ちゃんが幸せになりますように、と心の中で願いながら残りすくないコップのお茶を飲み干して、自分の部屋に向かった。おれもそろそろ姉ちゃん離れしないとな。
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