07
それから、結局随分と長い時間を松山に拘束されてしまった。
それだけでも疲れるというのに、憩いの場ならぬ憩いの人である新稲先生は、入れ違いというか擦れ違いというか、30分前に帰宅したというのだから堪らない。
得られぬ癒しに、思わず私が舌打ちしたのは秘密だ。
そんなこんなで、凝り固まった肩を解しつつ教室に戻ると、既に帰宅の準備を始めている生徒達がいる。

「あっ、坂内さん!戻ってきた!」
「良かった。何もされなかった?」

駆け寄ってきた女子生徒に、精神以外は無事とだけ伝える。
途端に彼女達は、松山に関わって精神が無事に済む人はいないよ、と笑った。
私もそう思う。
そして、調査についての話を聞くと、どうやら調査団体と私は入れ違いになったらしい。
つい先程、一年の教室に向かったのだとか。

「そう言えば、ヲリキリ様と権現様って狐狗狸さんなんだって」
「そうそう!そうなんだよね…」
「やっちゃダメって、調査員の人に怒られたんだ」

神様じゃないんだって、と残念そうに零したクラスメイトに、私はただ、そうなんだ、とだけ返した。
なんだ、もうバレちゃったのか。
内心、特に感慨もなく思う。
折角、もうすぐで目覚めるのに。
でも、これで少なくとも名ばかりの調査員ではないとは分かった。
同時に、調査員達の詰めが甘いと言う事も。
否、ソチラに詳しい人が居ないだけだろうか。
どちらにせよ、本当の目的に気付かれてないなら、それで良いのだ。
私は、意思さえ継げれば。

「坂内さーん、帰ろう?」
―――カナ、帰ろう。

女子生徒の声に、別の声が重なる。
今だに記憶の薄れぬソレに目を細め、一度強く瞼を閉じた。
忘れるつもりはない。
この痛みこそが、今の私を形作ってるのだから。

「……うん。帰ろうか」

女子生徒に返したのか、記憶の声に返したのか。
それは、定かではないけれども、私は学用鞄を抱え直して、帰路に着くことにした。
帰り際、何とは無しに学校を見上げると、3階の廊下を歩く影を見付けた。
あれがきっと、噂の調査団体なのだろう。
私は目が良い訳ではないから、はっきりとは見えないけれど、安原君らしき生徒が一緒いるのだけは分かる。
調査員の彼等が制服ではなくラフな私服だからか、余計にわかりやすい。

「きっと、貴方達じゃ、解らないよ」
「坂内さん?どうかしたの?」

ぼそりと零した呟きに反応したのか、単に立ち止まった私に気付いたのか、一緒に校舎を出た女子生徒が私を振り返った。
きょとりと首を傾げて校舎と私を見比べる彼女には、どうやら私の呟きは届かなかったらしい。

「何でもないよ」
「そう?それじゃあ、早く帰ろう?夕方の学校って薄気味悪いしさ」
「そうね」

怖がる素振りを見せる彼女に同調して、今度は校舎を振り返らず、学校の敷地内を出た。

「坂内さん、またね」
「ばいばーい!」
「また明日」

校門で左右に別れ、私はクラスメイトに手を振った。
学校から駅四つ分離れている我が家だから、当たり前ながら私は電車通学だ。
最寄駅まで歩いて改札口をくぐり抜け、ちょうどタイミング良く入って来た電車に乗り込む。
今となっては馴染んだ景色をぼんやりと眺めながら、私は小さく息を吐いた。
去年の冬始めから私は一人で登下校をしているが、やはり何処か慣れない。
隣に人が居ないだけで此処まで変わるのか、と苦笑して、否違うと気付く。
特別な彼が居なくなったからこその、この喪失感なのだ。
他の誰にも代役なんて、努められない。
誰も、彼の代わりには成り得ない。

「トモ……」

淋しさばかりが募って、今だに一人が怖い私は、なんて臆病なのだろう。
自嘲を零し、そんな見たくもない現実を拒絶するように、私はゆっくりと瞼を下ろした。
柔らかく光を遮断した視界に、私はただただ今は触れる事の叶わない彼の姿を脳裏に描いた。


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