シュガー・シュネー | ナノ

「ほらー、早くしなさーい!」
「はーい!」

 バタバタと騒がしい小さなおうち。決して裕福というわけではないけれど、家族と一緒に過ごす日々はしあわせの一言しか生まれてこない。胸の奥がほわんと暖かくなって、家族がいるっていいなぁ、と実感せざるをえないのだ。お母さんに言われるままに、急いで学校へ行く準備をする。
 今日からわたしは、魔法学校の1年生。
 マァギになるために学ぶ魔法学校に、今年度から入学する。魔法は色んなものがたくさんあって、とても心が惹かれる。入学適性検査で、自分のマナの属性(パーソナル・マナ)を調査した。わたしの属性は「光」。実は光属性のマナは珍しく、対する闇属性と並んで「貴重なマァギ」とされることが多い。

 光属性用の寮『トート』は真っ白い教会のような建物で、非常に神秘的な雰囲気を感じさせる佇まいである一方、闇属性の寮『タナトス』は底無しの闇に見えるほど真っ黒い容貌でわたしたちを引き込もうとしている。光属性は医療術に長けていると言われているが、闇属性は攻撃術に長けていると言われており、光属性にとって闇属性とは恐ろしい存在であるように思われているのが現状だ。
 実際、闇属性の人がよく犯罪を起こしており、正直彼らのことを犯罪者予備軍と呼んでいるひとが多いことを知っている。属性は性格によって分けられているのではないか、と考えられており、闇属性は狡猾で捻くれ者、利己主義で血を好むとさえ言われているのだ。なにより、闇属性のマァギに一度、殺されそうになったことがあるわたしは、闇属性に良い印象はもっていなかった。

 わたしがマァギを目指すのは、家族を守るため。
 あの日、見知らぬ黒服のマァギに殺されそうになったわたしは、自分の不甲斐なさを嘆いた。マァギとしての素質があるがために攻撃の対象になってしまい、家族を巻き込んでしまったのだ。魔法なんて絶対に学ばない――そう決めていたものの、このままでは大切な家族さえ守れない。そのことに、否応なく気付かされてしまった。
 幸いにもまだ幼く、魔法学校の適正年齢まであと数年時間があった当時のわたしは、自分のマナとの対話を試みた。マァギとしての素質を、完全に開花させたいと思ったのだ。あの日、誰かは分からないけれど、顔も名前も知らないわたしを助けてくれた黒い影の人に憧れを抱きながら、家族を守れる強い人になろうと誓ったわたしは、今日から、その第一歩を踏みだすのだ。

「お隣いいかしら?」
「あっ、はい!」

 空中電車『スカイライン』に乗って魔法学校に向かっていたところ、声がかけられた。
 振り向くと、青色の襟をした制服に身を包んで、ウンディーネのマークを記した青色のネクタイをしている、金髪の美少女が吊り目をこちらに向けている。あ、水属性『ウンディーネ』の寮生だ。洗練された空気を持つ彼女に圧倒されながら、ネクタイについているピンが6つあることから、最上級生であることを判断する。最上級生はマナのオーラが全然違う。透き通っていて、とてもきれい。
 おもわずぽわーんとしながら彼女が隣に座るのを眺めていると、ふ、と彼女の目元が和らいで「どうしたの」と微笑んでくれた。そのきれいな表情にぽっ、と頬が赤く染まる。このひと、ほんとうにきれいな女の人。自分とは程遠い淑女のような流れる動作に、自分が恥ずかしくなってしまって、「なんでも、ないです」と俯いてしまった。

「新入生?」
「えっ、は、はい! スターターです!」
「ふふ、緊張しなくて良いわ」
「う、あ、はい」

 すっかり肩に力が入ってしまっているわたしにクスクスと上品に微笑んだ彼女は、「ウンディーネ寮の流水(るみ)よ」とわたしに手を差し出した。急いでわたしも手を差し出して、「わたしはっ」と自分の名前を続けようとする。その時だった。

「きゃーっ! ねぇ、あの人かっこいい!」
「なにあにひと! お人形さんみたいに整った顔してる!」
「えっ、かっこよすぎ!」

 歓声のような悲鳴があがり、女の子たちが一気に騒がしくなった。そのけたたましさか別の理由か、男の子たちは煩わしそうにその様子を観察している。突然の声にびっくりして、自分の自己紹介を止めてしまったわたしは、そのまま彼女たちの視線を追ってしまう。そうして見えた先に――。

「……え?」

 艶やかな黒髪、整った顔立ち。整いすぎて一種の恐怖さえ感じさせる彼の容姿は、まるで世界と一線を画しているかのように美しい。瞳に宿る金色は、彼の制服に反して強く輝いている。その底冷えするような冷たさ抱いた金色は、真っ黒い制服に身を包んだ闇属性『タナトス』の寮生らしい“闇”のようにも思えた。
 ――ああ、おかしいな。高鳴る鼓動が、必死に叫んでいる。
 どうしてだろう。まるで、彼にどこかで出会ったことがあるかのような気がしてしまう。おかしいな。わたしにマァギの知り合いなんて一人もいないのに、どうしてだろう。ずっとずっと一緒にいたのに離れてしまった人を見つけたかのような、そんな気持ちにさせられてしまっているのは。ねぇ、どうして?

「……、ち、あき、く――」

 ぽつり。知らないはずの彼の名を、唇がつむぐ。
 瞬間、彼の金色がこちらを向いて――やさしく、細められた。その瞳に込められた甘さは、鈍感なわたしが一瞬のうちに感じ取れるほど大きくて、どうしようもなく胸の奥が苦しくなる。闇属性は、こわい。そう思っていたはずなのに、彼の瞳に見つめられると、ひどく安心してしまう自分がいた。まるで、欠けたピースが合わさったみたいに。
 そのままずっと、見つめ合う。時の神クロノスがわたしたち2人の空間だけ、時を止めてしまったのかもしれない――そう思うほど、彼の瞳に囚われたまま、永遠を感じてしまった。その目の奥に宿るやさしさも、甘さも、情熱も、全部、“わたしは知っている”。そんなことは決してない。言い切れるのに、確かに彼のことを知っていると思ってしまう。

 み つ け た。

 彼の唇が、小さく動いた。その動きを読んでいけば、都合よく言葉がわかる――「見つけた」。彼がそんなことを思うはずがない。だって、わたしと彼は初対面で、いま初めてすこし視線が交わっているだけで、そして何より、わたしが勝手に既視感を覚えているだけで、出会ったことなんて一度もないのに。

「あなたたち、知り合いなの?」
「え?」
「タナトスの千昭さまと知り合いなの?」

 タナトスのちあきさま。言われた言葉に、わたしは自分が見つめ合っていた人が、闇寮タナトスの「千昭」という男の子だということを知った。騒がしい心臓を誤魔化すようにして、しらない、と告げようと口を開く。千昭だなんていう知り合いはいないし、さっきどうして自分がその名を紡げたのかも知らないし、もう何もかもわからない! そうして声を出そうと喉の奥に力を入れた瞬間。

「咲」

 “聞き慣れた”テノールが、わたしの名前を呼んだ。そうすれば、名前を呼ばれた条件反射というよりももっと自然な動きで、「なあに?」と唇が紡いで呼んだ主を振り向く。そんな自分にびっくりしながら、振り向いた先にいた男の子・“千昭”に視線をやった。交われば、また愛おしそうに細められる、彼の金色。

「会いたかったよ」

 言われて、戸惑う。そんな風にやさしく甘く見つめられると、どうしていいかわからなくなる。だって、会いたかったなんて言われても、わたしは彼と出会ったことなどないのだから。それとも、わたしが忘れているだけで、幼少期に一緒に遊んだりしたことのある子なのだろうか。

「ど、どこかで、会ったかな」
「さあ、どうかな」
「どうかなって……」
「ふふ、どこかで会ったかもしれないし、そうじゃないかもしれないね」

 くすくすと笑う彼は、目のやさしさに反して意地悪だ。む、としながら彼を睨めば、やっぱり甘く細められた金色がわたしを射抜く。そうしたら、とたんにわたしの心はざわついて、躍り出してしまうのだからこわいものだ。いったい、どうしてしまったのだろう。なにか、悪い魔法でもかけられてしまったのか。
 わたしと同じくらいの歳のように思えるから、おそらく彼は13歳。わたしより遥かに大人びた表情をするけれど、きっと同じくらいなのだろう。そんなことを思っていれば、「そのとおりだよ」と耳元でささやかれる。「えっ」びっくりして彼を振り向くと、しーっと唇に手を当てて「静かに」と言われてしまった。

 また、むっ、としてしまう。
 どうしてわたしの考えていることがわかったのだろう。どうしてそんなにもやさしいのだろう。彼と目が合ったその瞬間から、わたしと彼の二人しか、この世界にはいないような気にさえなってしまって、わたし、本当にどうしてしまったの、と不安にだってなっている。

「不安にさせてしまったかな」
「、そういうわけ、じゃ……」
「それにしても、こういう出会い方は初めてだなぁ」
「どういう意味?」
「ううん、こっちの話」

 彼がいったい何を言っているのか分からなくて、眉を寄せて首を傾げる。「そういうの相変わらずだな」言われるけれど、わたしと彼は初対面。彼がどうしてそんなことを言えるのか、不信感のようなものさえ感じてしまう。それでも、まるで“このやり取りが当然であるかのような”気さえしているのだから、本当の本当に困ったもの。

「どうして魔法学校に来たの」
「……マァギの素質が、あるから」

 マァギの素質がある者は、当然のように魔法学校に行く。それが自然で当然で常識。まさかマァギの素質があるのに魔法学校に行かないなんていうことはありえない。マァギがステータスであるからという理由はもちろんだが、マァギというだけで狙われることの多いこの世の中、自分を守るための魔法を学ぶことは大切なのだ。
 そんな当たり前の理由を告げたのに、「うそつき」と笑われてしまった。
 どうしてうそつきだなんて言うの。初対面なのに失礼なひと。睨むようにして彼を見上げれば、「綺麗な目だな」と零される。その後に続いた「相変わらず」はもう聞かない振りをした。それにしても、きれいな、目? 周囲となんら変わらぬ黒色の目なのだけれど。

「どうしてカラコンなんてしているの?」
「――っ!?」

 どきり、とした。わたしの目は珍しい青色をしており、この世界ではありえないと言われている。もちろん、金色の目をしている目の前の彼も、正直な話特殊であることに違いはない。この世界では目の色は黒か茶色の人がほとんど。違う色の目は珍しいのだ。その珍しさは、マナが原因と言われている。マナの所有量が多いだとか、構築速度が極端に速いとか、普通とは違うひとの目は色が違う。
 ゆえに、目の色が違えば狙われることが多い。
 わたしは、この目の色を野放しにしていたせいで、狙われてしまった。危険視されているというよりも、この目をくり抜いて高く売り払うためだろう。珍しいものは、裏では高い値段がつく。わたしの父が幸いにも魔法を使わない技術者だったために、カラーコンタクトを作ってもらった。周囲となにひとつ違わない、黒色のカラーコンタクト。

 そう、今わたしはそれを目に装着して生活している。そのカラコンは薄くて、肉眼ではつけているのか否かは判断できないだろう。それなのにどうして、彼はわたしがカラコンをつけているなどと分かったのだろうか。恐ろしくなって肩を震わせれば、「ごめん、怖がらないで」とやさしく声を落とされてしまった。あ、ずるい。そう思う。
 だって、そんなふうにやさしく言われてしまったら、許してしまうしかなくなってしまう。初対面で、闇属性で、何を考えているのかまったくわからないのに、「このひとはだいじょうぶ」と確信をもってしまうのだ。ああ、もう、本当にどうしてしまったの。自分の意味不明な思考に困惑しながら、「ち、千昭さまは」と声を出した。

「お前は俺の部下か何かか?」
「――え?」

 あ、れ。なんか、どこかで聞いたことがあるような……。

「なんでサマなんてつけるんだよ」

 笑いながらそう言う彼を、ぼーっと見つめる。
 おかしいなぁ。今のセリフ、なんだか聞き覚えがあるような気がしてしまったのだけれど。そう思った瞬間、割れるような頭の痛みがわたしを襲った。

「ひっ――、あ……っ」

 びっくりして、呼吸が止まる。と同時に、あまりにもの痛さに頭を抱えてしまった。驚いたように丸まった彼の目を最後に、わたしの意識は途切れる。ああ、そんな、泣きそうな顔をしないで。――いったい、だれに向かってそう思ったのか。


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