小説 | ナノ



【OBLIVION】




「寒くはないか?」
「――……」
陽射しはあるものの、少しずつ空気は冬の色に染まっている。窓の近くにある椅子に座っている女に、ポツリと問い掛けた。
こちらを見上げることもなく、外の世界に向けてそっと微笑む横顔に、俺は苦笑いを浮かべる。

そんなやり取りばかりだ。
一日は無益に過ぎていく。

「何か、食べた方がいいな」
「――………」
どのくらいの時間をそうして過ごしていたのかは判らないが、痺れを切らすように立ち上がる。
逃げることなど知らなかった俺が、「何もないもの」を怖いと思う。愚の骨頂と言えばそれまでだが、心に去来するこの感情は間違いなく「畏怖」と名付けるべきそれだった。

女は、きっと俺の言っていることの意味など理解できていない。何を言っても、怒鳴っても、ただただ光を失った瞳で外を見詰めるだけ。
たまに浮かべる微かな笑みは、どんな名画よりも美しいというのに。色を失った笑みが女の心の楯だと悟った瞬間に、絶望にも似た何かで全身が震えた。

美しく咲き誇る花を、残酷だなどと思ったことはなかった。しかし、息をするためだけに存在しているその命を、恐いと感じてしまった。

遠く遠く、俺には届かない場所を見詰めているその瞳。何も語ることのない、寡黙を通り越したその口元。
拒絶も、憐憫も、憤怒も、何一つ表すことなく、後悔だけを背負って生きている俺の隣に、変わらずにその女は居る。

償う術など、とうの昔に奪われてしまった。それさえ怖いのだ。

「なまえ。お前は、何を…見てるんだ?」
「――………」
その涙を涸らした双眸で、何を見て、そして何を思っているのだろう。
答えなんて簡単だ。本当は何も見ていないし、何も考えてなどいない。もはや抜け殻なのだ。

名も無き花のようにそっと息づく命。摘み取ることなど容易いが、俺には何故かそれが出来ない。きっと、その花を美しいと、愛しいと思ってしまったのだろう。

「……すまない」
「――………」
何万回、同じことを思っただろう。
届かない懺悔は、虚しさと共に寒々しい空間を行き来した。

苦悶に歪んだ顔、軋む骨の音、凍り付くように冷たい涙。何も、忘れてなどいない。そしてこれからも、忘れることなどできそうもない。

『なまえを壊したのは、俺なのだから』

「償えない罪、か…」
「――………」
俺の存在などないかのように、相変わらず窓の外ばかりを見詰めている女。その整った横顔を見る回数ばかり増えていくような気がする。

愛は兇器。

物言わぬ唇を巡る血液が、そう語っていた。




13.10.30
アンケート1位ゼルダ組より
第2弾はガノンドロフ

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