苦い恋だと知ってても(1/3)
「っ、ハァッ、ハァッ……ふぅ…なんなのよ、まったく…」
先ほど走ってきた廊下を、階段踊り場からそぉっと覗くと自分のことを探す者達の姿が。
見知った者もいれば、そうでない者も。
今更ながらに、先日自分の口走ったことに後悔の念に駆られていたルーシィであった。
***遡ること、つい昨日…2月13日のこと***
机にバレンタイン特集のくまれた雑誌を広げ、ガールズトークに花を咲かせるレビィとルーシィ。
「ルーちゃん、明日のバレンタイン、期待しててね!」
「うん、いい報告まってるね♪」
「ル、ルーちゃん、違うから!!友チョコを期待しててねって意味で、べ、別に…!!」
「えぇー、本命さんに渡すって意味じゃn「ルーちゃん!!!」
ルーシィの発言に真っ赤な顔で否定するも説得力ゼロのレビィと、レビィに対して、何やらソワソワした表情で見つめる二つの視線に呆れながらも触れまいと、ルーシィは苦笑をこぼした。
「そ、そういうルーちゃんはどうなの?」
「何が?」
「何って…ルーちゃんの本命チョコ!」
レビィの一言に、喧騒に包まれていた教室が、一瞬にして静かになった(といっても、男のみ)。
「あ、あたしはそういう人いないから、クラスの男の子皆に配ろうかと…」
「それは駄目!」
ダンっと机を叩いたため、雑誌が落ちそうになるのをルーシィは慌てて受け止めた。そんなことには気にもとめず、レビィはルーシィに迫る。
「好きな人がいないなんてウソ、通用しないからね!」
「ちょっとレビィちゃん!何言い出して…っ」
「だってルーちゃん、たまに恋する乙女の顔してるし。だから、クラス皆に配ろうとしないで!男子へのチョコは本命のみ!…絶対、持って来てね♪」
レビィが浮かべるミラばりの笑顔に、ルーシィはタジタジ。冷や汗が背中を流れたのは、おそらく気のせいではないだろう。
「…わ、わかった」
あまりの迫力と威圧に、頷かざるを得なかった。
***
2月14日、朝。
手に持つリボンの可愛らしい小さな紙袋を見て、ルーシィは溜息をこぼした。
本命チョコなんて作る気は微塵もなかった。だが、約束(という名の脅し)してしまった以上、作るしかない。
作ったはいいものの、渡せない。
昨日レビィが言ったように、ルーシィには好きな人がいる。けれど、この気持ちは本人にはおろか、誰一人として教える訳にはいかないのだ。
そんなことを悶々と考えながら廊下を歩くと何時の間にか教室についていた。因みに、その道中、ルーシィのことをソワソワとした面持ちで目で追う男共が沢山いたことを、ルーシィは知る由も無かった。
「おはよう〜」
「ん!」
「……その手は何?」
「チョコくれ」
教室に入って早々、ナツから右手を突き出してのチョコの催促を受けて、思わず苦笑いをするルーシィ。
ナツの奴、直球ストレート行った!
とクラスの大半が騒めくなか、ルーシィはこの目ざとい幼馴染をどうやり過ごすか必死で考えていた。
いつもあげていたが、レビィとの約束(?)の為に、あげられない…というよりも、あげられるようなものが手持ちにないのだ。今持っているコレを渡す訳にもいかず、どうしたものかと考えていると、痺れをきらしたナツから手が伸びてきた。
「……それ、チョコだろ?」
「っ、コレは…」
「止めなよ、ナツ」
後少しで紙袋に指が触れるといったところで待ったがかかる。ナツが不機嫌そうに振り返ると、うざったいくらいにキラキラとした笑顔を振り撒く男がいた。
「ルーシィは僕の為にチョコを作ってくれたんだから」
「それはないから安心して他の女の子達のところに行ってもいいわよ、ロキ」
ザクッと矢印のようなものがロキの心に刺さり、床に膝をついたような音を聞いた気がしたが気のせいではないだろう。
他クラスの女の子達の悲鳴が聞こえてきたのは、何か虫でも入ってきたに違いない。
決してロキの態度から、『敵はルーシィだ』という嫉妬にまみれ、殺意のこもった視線を感じているだなんて…という現実逃避に走っていて、自分の後ろから近付き、腕を回してくる人物に気付けなかった。
「…なるほどな」
「ひゃっ!」
後ろからの突然の抱擁に肩をビクつかせるルーシィ。その反動でカバンは落とすも、紙袋は本能で落とさなかった。
お腹まわりの左腕と首に巻きつくかのようにある右腕。背中はバッチリその人物…ジェラールの体にくっついていて、まるで恋人同士のよう。
「ちょ、ちょっとジェラール!」
「オレに渡したいなら早く言えばいいものを…」
反抗しようと、右腕を剥がそうと両手で挑むもビクともしない。これが男女の差か…とルーシィは悔しさのあまり、睨もうとしたが、それがいけなかった。左耳元にかかったテノールと吐息に顔の近さが強調され、みるみると顔が赤くなる。あまりの恥ずかしさに、ルーシィは俯くことでしかその朱に染まった顔を隠す術を思いつくことが出来なかった。
ジェラールはそれを良しとはせず、クツクツと笑いながら、ルーシィの顎に指を這わせるとゆっくり自分の方へ向かせる。
「何ならここで、ルーシィごと食っても…」
「は・な・れ・ろ!!!」
妖艶な笑みを携え、まるでキスでもするかのような動きで徐々に近付くジェラール。
その様子に耐えられなかったナツが間に入り、二人を引き離した瞬間…
「あっ、逃げた!」
ルーシィは逃走した。
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