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 四月も終わると言うのに、雪混じりの雨が降っていた。
 国民が賑わう十連休を迎えるにあたり、僕は金曜日の夜からぶらり温泉ひとり旅に出る。
 十連休が決まって即座に行動したおかげで取れた、安くて評価の高い人気の温泉宿は中々良いところだった。
 山間に建てられたその宿は喧騒から遠く逃れ、穏やかなひと時を過ごすには最高のロケーションだ。
 一人部屋だが中々の広さがあり、大浴場はもちろん、内風呂も露天の温泉となっていた。
 崖沿いに建つ宿の下方では川がせせらぐ。空さえ晴れていれば、満天の星が広がっていただろう。季節外れの雪もまた、乙なものだが。
 前倒しの仕事を終え、その足で新幹線に乗り、タクシーに揺られ……暖かい湯に浸かりながら、のんびりと時間を過ごす。
 道のりは遠かったが、それだけの価値があった。
 これからの十日間は仕事を忘れ、ひたすらだらだらと過ごしてやろう。ゆっくりと羽を伸ばすのだ。
 ううん、と伸びをして深呼吸をする。なんだか空気さえ別物で、いわゆるこれを「空気がうまい」と言うのだろう。
「ん……?」
 視界の隅で、何かきらりと光るものが見えた気がした。それはどうやら、出窓のような作りになった露天風呂の、囲いの外側にあるらしい。
 なんだろう、と手を伸ばした瞬間だった。
「あっ」
 と気付いた時には、僕は落ちていた。
 真っ逆さまに、崖底へ。

to be continued...


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