失態
「チー!!」
黒髪、短髪で泣きボクロがチャームポイントの少年が手を左右に大きく振り、後ろに複数の男子生徒を連れて駆けてくる。
その中には先ほど千鳥と会話をしていた風紀委員長の姿も見れた。
「・・・チー、一体なにがあったってゆうんや・・・こんな惨い」
その場の惨事に思わず目を逸らしてしまいそうになる少年。
傷が深く、今すぐにでも病院に連れて行った方が良いだろうと判断した少年は、部下らしき生徒に電話を掛けさせる。
「ほんま派手にやったなぁ、全く・・・どこの誰や・・・」
少年は拳を強く握り締め、悔しさを噛み締める。
その問いは決して千鳥にしているものでなく、むしろ自分に問いかけているかのようなそんな気さえする。
「・・・・・・」
大勢の人が来たにも関わらず、千鳥は先ほどからしゃがみこんで、生徒達に背を向けたままだ。
少年達からはその表情は伺えず、悲しんでいるのか楽しんでいるのかすらわからない。
「・・・・・・チー?」
千鳥の背中に問いかけてみる。
しかし、返事が返ってくる事はなく、代わりに千鳥が立ち上がり、手に何かを抱えて振り返る。
「・・・・・・」
千鳥が抱えていた"それ"を見てその場に居た全員は呆然とする。
なぜなら、千鳥の手に居たのは、なんとも愛くるしい黒毛の犬だったからだ。
暫くの間沈黙が続き、誰一人口を閉じる事ができないまま数秒。
沈黙に耐え切れなくなった少年が戸惑いつつも千鳥に問いかける。
「・・・えーっと、そのワンコロどないしてん?」
「ワン!!」
少年の問いかけに答えるように、犬が甲高く吠える。
「いや、わんやのうて」
今回の件の犯人を確かめるためにここまで来たが、リーダーの千鳥は背を向けたままで、やっとで振り返ったと思ったらこ
の有様。
この場に来てから困惑しか見せてない少年は、一旦犬の事は忘れて再び千鳥に問いかける。
「・・・チー、これは一体誰がやったんや?見たんやろ?」
「・・・・・・」
少年の問いかけに千鳥は未だ口をつぐんだまま。
二人の間に暫し沈黙が続く。
「・・・・・・」
「・・・・・・こ――」
沈黙を先に破ったのは千鳥の方だったが、重傷の生徒を運ぶため手配された救急車のサイレンの音が千鳥の声を掻き消
した。
車内から降りてきた救急隊員は、その場の情景に目を見開く。
たかが高校生同士の喧嘩、と思って来てみたが4人の怪我はとても”高校生同士の喧嘩”の傷とは思えなかった。
焦りつつも4人をタンカへ移し、車内へ運ぶ。
タンカへ移す際、そこに居た生徒の手を借り手際よく車内へ運ぶ事が出来た隊員は、生徒に礼をし、早急に車を出す。
救急車がサイレンを鳴らし出て行き、その姿が見えなくなるまで見ていた少年は、溜息をつくなり千鳥へ話を振る。
「さっきなんか言おうとしたやろ、なんや?」
千鳥は他に邪魔するものがないかと確認し、躊躇いながらも口を開く。
「・・・こいつが、やったんだ・・・・・・」
「・・・・・・」
『は?』
一瞬の沈黙の後、その場に居た全員が考えるより先に疑問を声にしていた。
なぜなら、千鳥がこいつと言って差し出したのは、先ほどまで千鳥の腕の中で愛らしい姿を見せていた犬だったからだ。
「・・・・・・・・・いやいやいや、ないって、いくらなんでもそれはないって」
何度も否定の言葉をかける少年からは焦っている事が手に取るようにわかる。
「でもこいつが・・・コゲ丸がここに居たんだよ!!」
「いや、せやからってなんでその子がやった事になるん!?おかしいやろ!!」
「俺が駆けつけたときにはあいつらが倒れてて・・・その中央にコゲ丸が・・・」
「ありえへん!!あの傷は犬がつけれる傷やなかった!!」
「俺が証言者だ!!」
「チーはなんも見とらんやろ!!大体そないな可愛らしいワンコロがあんな惨い事するわけないやろ!!てか正直言うて信じたな
いわ!!」
「現実から目を背けるな!!コゲ丸は只者・・・いや、只犬じゃないんだぞ!!」
「うまないわ!!なんも上手い事言うてないで自分!!」
「とにかく俺はコゲ丸を生徒会室へ連れて行く!!こいつが新メンバーだ!!」
「犬に何が出来るっちゅうんや!!」
「コゲ丸を甘く見るなよ!!な?」
「ワン!!」
「せやからわんやのうて!!」
二人の訳のわからない口論を右手に聞きながら、風紀委員長――三ノ輪悠は、先ほど運ばれた4人が倒れていた所から
少し離れている場所に、あるものが落ちていることに気がついた。
赤色のネクタイ。
月代高校は、学年を見分けれるようにネクタイの色が各学年で違う。
今年は一年が緑、二年が赤、三年が青のため、ネクタイの色から二年生のものとわかった。
そして、先ほど運ばれた風紀委員は全員三年生のため、彼らのものではない事がわかる。
「・・・・・・なぜこんな所に」
悠はそれを拾い上げて、自分へ引き寄せる。
すると、触り心地からネクタイは新品と言う事がわかり、持ち主の特定にそう時間がかからないと確信した。
そして、悠はある事に気がつく。
新品のネクタイには血が付着していた。
触れてみると指に血が付いたので、付着してから僅かしか時間が経っていない事がわかる。
「・・・・・・」
DNA鑑定をして、風紀委員のものとこの血が一致したならば新メンバーに加えるべき犯人は他に居て、それは”新入りの二
年生”という事になる。
「チー、シンヤ」
悠は口角が上がるのを抑え切れなかった。
今の悠の中にある感情は、部下への弔いの気持ちでも、犯人への憎しみでもなかった。
「・・・追い討ちをかけましょう」
手にあるネクタイをひらひらと靡かせながら、悠は笑う。
まるで、これから起こる事件を望んでいるかのような笑みは、美しく歪んでいた。
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