『彼女』の行為は、善行なのではないかと。
そう俺は思っていたのかもしれぬ。



「……誠実な愛、だと?一連の行為のどこに誠実さが含まれているというのだ」


部活帰り。
共に帰宅していた幸村、蓮二の話を聞くところによると、今日戻ってきた柳生と仁王の持ち物と一緒に、レモンパイが入っていたらしい。
そして、レモンにはそのような意味が込められているのだそうだ。

俺の発言に対し幸村は、何故か笑い声を漏らしながらこう言った。


「いや、それだけじゃないよ。例えば、“熱意”とか」


「熱意、か……まあ、ある意味熱意だな」


会話に加わる蓮二がそう言うのだが、しかし俺にはさっぱり意味が解らん。

しかし、二人共説明する気はないようで、俺を差し置いて会話を続けた。


「“心からの思慕”や“愛に忠実”……なんて花言葉もあるからね。『彼女』はそういう意味合いでレモンパイにしたのかもしれない」


「ふむ、ではこれで盗んだ理由イコール嫌がらせという線は消えたな。やはり、『彼女』はファンの女子生徒と見て間違いない」


益々意味の解りかねる会話をする二人。
いつのまにやら持ち物を返還した人物を『彼女』と呼ぶようにしている辺り、初めから女子生徒だと思っていたのだろうが。


「……む?待て、幸村、蓮二」


「ん?」


「なんだ弦一郎」


次第に『彼女』についての話題に切り替わってゆくので危うく聞き逃しそうになったが、少し気になっていたことを尋ねた。


「そのレモンパイとやらは、一体どうしたのだ?今日はてぃーたいむはなかっただろう」


俺の素朴な疑問に幸村は足をぴたりと止め、「あ、……あー」などと濁った声を出し、罰の悪そうな笑顔でこう告げた。


「……いや、実はあったんだ、ティータイム」


「……なんだと?」


「真田がいない間にね。あはは」


「………………」


……スマン、幸村。笑えん。


「そう拗ねるな、弦一郎。お前は仕事があったんだ、仕方ないだろう。まあ、お前と柳生の分は丸井が嬉々として食べていたがな」


慰撫したいのか怒らせたいのか判らん発言をする蓮二。

俺と柳生の分もあったということはつまりパイは八等分されたということだが、しかしそれならば何故俺の居ぬ間にてぃーたいむをしたというのだ。
先日の、ラズベリーパイといったか、あれはなかなか旨かったので、今回のものも出来れば食べたかったのだが……一種の嫌がらせでないことを祈りたい。


「そんなことより弦一郎。風紀委員の方で『彼女』の話は出したのか?今日の緊急会議はそのことについてだったのだろう」


俺の僅かばかりの落胆をそんなことで片付け、蓮二は俺が今日部活に遅れた要因についての話題に触れてきた。

我々の持ち物が紛失したことを以前、委員会議の議題にしたことがある。……が、具体的な解決策が浮かばぬまま終わってしまったのだ。
そして今日、謎の人物によって持ち物の返還があったことを報告したのだ。委員は柳生を除き、皆一様に「解決して良かった」といった反応を見せた。

そのように伝えると、蓮二も幸村も「やっぱりな……」というような苦笑を浮かべた。


「まだ解決した訳ではないのだがな」


「ああ、『彼女』の正体を突き止めるまでは解決したとは言えないね」


二人はそう言うのだが、俺は(俺にしては珍しく)、『彼女』に対しあまり関心を抱いてはいなかった。
何故だろうか、『彼女』を見つけだし説教しようという気が起きぬのだ。

犯人が持ち物を盗みだしたことによってテニス部内の風紀を乱した訳ではないからか、それとも……。
…………。


ふと、思いついた。


「『彼女』は単独なのか?複数なのか?」


「さあな。だが、盗まれた量や日にち、時間帯などから推測するに、複数犯ではないかと睨んでいる」


俺の突発的な質問に詰まることなく答える蓮二。

つまり、複数の人物が複数の人物(この場合、『彼女』らと我々テニス部員だ)の持ち物を盗み出し、そして『彼女』ら全員が持ち物を返還した、と?
……敢えて、詫び入れに、花言葉とやらを使用して。

盗みを働いた動機はさておき、返そうと思った理由は、ラズベリーの花言葉にもあるように『彼女』らが一様に自らの犯した罪を悔いたからなのだろうが…………うん?


「蓮二、……」


唐突に閃いた。
……が、蓮二に話しかけてしまってから、若干後悔した。


「どうした?」


蓮二が問うのに俺は「い、いや……何でもない」とだけ返した。


「……?」


不思議そうに、また訝しげに首を傾げる蓮二。幸村も「どうしたんだい?今日の真田は」などと揶揄している。……スマン、本当に何でもないのだ、聞き流してくれ。


思いついて、声までかけておきながら何故言わなかったのかと言えば、それは本当にただの思いつきでしかなく、何の根拠もないからだ。
何事も論理的に推測、推理する蓮二に俺のしがない閃きを話しても、時間の無駄にしかならないと踏んだ。故に、言わなかった。

……しかし考えるに、その閃きこそが、俺が『彼女』に対し憤りを覚えない理由なのだと思うのだ。

それはつまり、“『彼女』は盗みなど働いていないのではないか”……ということだった。
真の犯人(恐らくこちらが複数犯)は別にいて、『彼女』はそいつらが盗み出した物を取り返し、我々に返還していたのではないか。そんな閃きだ。

本当に何の根拠もない。そのような考えが浮かんだだけだ。

この閃きを二人に告げてしまったら、一体どのような反応を返されただろうか……ううむ、考えたくもないが、兎にも角にも言わないで良かった。今後も言わないでおこう。


そのような夕方の帰路。

俺の閃きが、あながち間違いでもないということを知ったのは、もう少し後になってからだった。



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