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我ながら単純だとは思う。
……けどさ、仕方ねえだろぃ?
「あれだけ怒っていたのに、もういいのか、丸井?示談金がラズベリーパイひとつでは割に合わないだろうに」
遅れて部室にやって来た柳に、そんなことを言われた。
示談金て……コイツは法廷で犯人と勝負でもするつもりだったのか?
「いーんだよ、もう。ペンケースも中身ごと無事に戻ってきたし、このラズベリーパイもめちゃくちゃウマいし」
「うむ、確かに旨いな」
和食好きでこういうモンを滅多に食べない真田でさえ、賞賛する程のパイ。どう見ても今日焼いたばかりの手作りで、一体誰が焼いたのか、少し興味が湧いた。
「何故お前も食べているんだ弦一郎」と、中学生に見えないオッサンじみた顔の副部長を怪訝な顔でなじる柳に、俺はこう続けた。
「ま、出来たら謝罪もつけて欲しかったけどさ」
「それは同感だな」
「うむ、全くだ!人の持ち物を盗んでおきながら謝罪のひとつも無しとは、けしからん!」
顔だけでなく喋り方まで現役中学生かどうか疑わしい真田を見て小さく笑った幸村君が、俺の方に顔を向けて言った。
(余談だが、真田を説得してティータイムを決行したのは、幸村君だ)
「いいや。謝罪なら、しているつもりなんだと思うよ」
「ほう?」
反応したのは、柳だ。
「何故そう思うんだ?ラズベリーパイにメッセージでも記されていたのか?」
言いながら、柳生が切り分けてくれた自分用のパイにさっくりとフォークを入れる柳。
対する幸村君は、フォークでパイのラズベリー部分をすくって、柳の方に向けた。
「正確に言えば、コレに、ね」
「ラズベリーに?」
どういう意味だろう、と思っているのは俺だけではないみたいで、赤也とジャッカルも頭上にクエスチョンマークを浮かべたような顔で首を傾げていた。
「持ち物を返してくれた人が盗んだ本人なのか他の誰かなのかは知らないけれど、どちらにしろ、内気で恥ずかしがり屋な人のようだね。気づく人間が俺くらいしかいないような方法でメッセージを残すなんて」
幸村君の言ってる意味が半分も理解出来ないのは、俺の頭の容量が幸村君より少ないせいか?いや、違うよな。他の奴らも解ってない顔だしな。
柳だけが少しの間考え込んで、そして思いついたようにこんなことを言った。
「もしや、花言葉か?」
「そう、正解。……あ、正解って言っても、あくまで俺の考えの上での正解だからね?もしかしたら、花言葉はただの偶然かもしれないし」
ラズベリーの乗っかったフォークを上下させながら、幸村君はふふっと笑った。
えーと……つまり持ち物を返してくれた奴が、ラズベリーの花言葉を知っててメッセージ的な意味でラズベリーパイをくれたのか、それとも単なる偶然でたまたまラズベリーの花言葉にメッセージが入ってしまったのか、幸村君には分からない。……ってことで、合ってっかな?
「ラズベリーの花言葉って、何なんっすか?」
パイを口に入れたまま尋ねる赤也。真田か柳生に怒られても知らねーぞ。
「ラズベリーの花言葉はね、俺の知る限りでは二つあってね。一つは“愛情”」
愛情……そんなメッセージを込められても意味が分からないから、幸村君の言うメッセージが愛情ってことはないな。
そんなことを考えてる俺の隣で、「もう一つはね、」と一旦区切ってからパクッとフォークを口に入れる幸村君。もったいぶっているつもりなのかな?
ごくん、と甘酸っぱいラズベリーを飲み込んで、幸村君はもう一つの花言葉を告げた。
それを聞いた俺達の間に一瞬だけ、妙な、むず痒いような空気が流れた。……気がした。
next,Yagyu
ラズベリー
…愛情、深い懺悔
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