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いじめないでください

「ここは…」


後ろから伸びる2本の腕を視界にとらえるたびに鼓動が速くなっていく。クロコダイル先生が難しい例題を読み上げるが、その声は耳を通過するだけで頭の中にまでは入ってこない。

そして私は今、なぜか補習を受けている。自分で言うのもなんだが、クロコダイル先生の授業を受ける私のの評価も成績もそんなに悪くないはずだ。だってずっと努力してきたから。私はクロコダイル先生に恋をしている。恋とは往々にして人を盲目にさせるが私も例外ではない。でもそれを悪いと思ったことはなかった。そのおかげで本来の力以上のものを発揮させることもある。不純な動機ではあるが、そんな理由から彼の授業だけはどうしてもいい点を取りたかった。

なのに今のこの状況は何なんだろう。


「おい、わかったのか?」
「あ、はい…いえ…」


それなのにどうして補習なんか受けてるんだろう。もしかして自分の知らないところでダメなところがあった?


「じゃあ次の問題を…」


なんでこんなに距離が近いんだろうとか、どうして私一人だけ補習なんだろうとかいろいろ気になることもあるがそんな小さなことを考える余裕はない。
ただ後ろから耳元に流れる先生の声が熱くて苦しい。せめてあとほんの少しでも離れてくれれば。そうじゃなければきっと私の心臓は壊れてしまうから。


「…みさき」
「は、い…」
「手が止まってる」


先生の言う通りさっきからシャーペンを持つ私の手の動きは完全に停止している。もっと言えば頭の中も停止しているのだけど、頭の悪いやつだって思われたっていいからこんなに緊張している本当の理由だけは気づかれませんように。


「ああ、少し震えてるな」
「え?」


視線を自分の手に移せばたしかに少しだけ震えていた。いやだ、どうして。
私の気持ちを知られたくはないけど変な勘違いもされたくない。先生のことが怖いわけでも具合が悪いわけでもないのに。自分の体なのに自分の意思に反して小刻みに震え続ける手が恨めしかった。


「寒いのか?」
「せ、先生…っ」


妙な勘違いは避けられたけどやっぱり誤解を与えてしまった。違う、と否定しようとすれば机に置かれていた先生の手が私の手に重なって声にならなくなってしまった。先生はといえば石像のように固まる私なんかお構いなしにそのポーズのまま再び補習に入ってしまった。

その時私はもう一人の人物を恨んだ。神様、あなたって人は本当に意地悪なんですね。

正直言って補習なんか受けられる精神状態じゃない。


「寒いのかと思ったが…今度はずいぶん熱いな」
「だ、だって…。それは先生が…」
「おれが?」
「先生が…その…」


先生ってば意外と鈍感なの?こんな恥ずかしいことするなんてわざとなの?それとも逆に天然なの?たくさんの疑問が頭の中で延々ループする。どうにかして現状を打破しなければと思い至ったとき、後ろから殺しきれなかった笑いが耳に届いた。


「…先生」
「なんだ」
「楽しんでます?」
「察しのとおりだ」
「やっぱり…」


私がこんなに緊張して困っていたと言うのにあろうことか先生は楽しんでいた。からかわれたのだと知って悔しくなる。でもちょっと待って。それってやっぱりわざとやってたってことだよね。どこから?手を触られたとこから?


「…先生って意外と策士なんですね」
「大人はみんなそんなもんだ」


大人はみんなって…そんなはずはない。シャンクス先生やサッチ先生は大人だけどこんな計算高いことしないと思う。そう考えればクロコダイル先生はつくづく卑怯な男の人だ。何が悲しいって、たんなる気まぐれに簡単に翻弄されてしまう自分のチョロさが悲しい。


「…そう怒るな」


大人の男の人特有の低い声が顔の真横で響いて息が詰まった。一気にそちら側に熱が集まったのがわかる。耳をおさえたくてもそっちの手は先生に握られているため動かせず、真っ赤に染まった頬と耳は無防備にさらけ出されたままどうにもできない。


「手、はなしてください…」
「だめだ、と言ったらどうする?」
「そんな…っ」


もう限界だ。私の顔に集まった熱も心臓もなにもかも。いろんな気持ちがぐちゃぐちゃになって涙に変わろうとしたとき先生の手がはなれた。はなして、と言ったのは自分なのに素直に離れていくとどこか寂しい気持ちもあって複雑だ。


「そんな泣きそうな顔をするな」
「…だって」


先生は私の正面に移動して遠慮なく私の顔を覗き込んだ。近すぎて先生の瞳の中に自分が映るが、泣きそうに真っ赤になってひどい顔だ。こんなひどい顔見られたくないのに真っ直ぐに向けてくる視線を振り解くことができない。


「見ないで…」
「だったらお前が逸らせばいい」
「…意地悪、です」


できないのを知っていて突き放すように言う先生はやっぱり意地悪だ。勇気を出して「いじめないで」と伝えれば嬉しそうに眉を下げられただけだった。この補習はまだまだ終わらない。



Modoru Main Susumu
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