「そんなものに興味はない」
いつだったか彼は言った。私はその時、己の手の中にある大切にしていたアクセサリーがひどく無意味に思えたのを今でもハッキリ覚えている。彼のその視線の先がどこにあるのか、彼の背しか見えない私にわからない。
そんなものに、と言ったが実際クロコダイルが興味を持つものなんてほとんどなく、いずれも私には理解できないものばかり。
ではいったい私とはなんなんだろうか。彼に心を奪われ故郷も友人も捨て彼についてきたが、その視線の先と交わることは皆無だ。つまり、彼は私に興味がないのだ。そういった事実を知りながら傍にいるのは私のエゴで、単純に彼が好きだから。だから傍にいる。それだけだ。前にそう伝えたことがあったが鼻で笑われて終わってしまった。私がクロコダイルのすべてを理解できないのと同じように、きっと彼が私を理解する日など来ないのだろう。
ぼーっとしながら理路整然とした自室を思い出すと、ここへ来た頃と比べてだいぶ私物が減ったことに気づく。最初は彼に気に入られたいからといろいろな服やアクセサリーを買ったが、無意味なことを知り、捨てた。もちろんそれについても彼がなにかを言うことはなかったが、おかげで私の部屋からは物が消えた。
「随分とだらけてるな」
「だってやることがないもの」
仕事から帰ってきたらしい彼と内容のないやり取りを交わす。そのあと、仕事用の机に向かうクロコダイルを視線だけで追うのが日課なのだが、今日は違った。
「仕事ないの?」
「さあな」
珍しく仕事用の机ではなく、私の向かいにあるソファに腰をかけたのだ。私はそれだけで嬉しくなる。相変わらず視線が交わることはないがいつもよりも近くにいられる。それだけでいい。
「おい」
「なに?」
「今日からあの部屋はお前の部屋じゃなくなった」
「え?」
な、なんですって?私の部屋じゃなくなった?
じゃあ何になるのかと聞いてみれば物置になるらしい。
ちょ、ちょっと待ってよ。確かに荷物は少ないし部屋と呼べる感じじゃなかったけど、それはあんまりでしょ。
「纏めるほどの荷物なんざ今さらねェと思うが準備はしておけ」
「…じゃあ私の寝床は?」
まさかこのソファとか言うんじゃないでしょうね。
いくら私に興味がないからってそれは酷い。酷すぎる。でももし、たとえそうなっても出ていく気がない私は本当に困ったやつだ。
「お前の私物なんざほとんどねェんだ。一人部屋なんかいらねェだろ」
「でも」
食い下がる私にクロコダイルはめんどくさそうに人差し指を奥の方へ向けた。あっちはクロコダイルの自室しかないけど…。
「クロコダイル?」
「みてこい」
一言そういうと彼は葉巻をふかしはじめた。これは聞くよりも見た方が早そうだ。
意味がわからないところだが、ほとんど手をかけたことのない扉の取っ手に触れる。ギギギ、と重たい音を鈍く響かせて中を覗くと、そこには前に見たときとは少し違う空間があった。
呆然と眺めていると、いつの間に来たのかクロコダイルが後ろに立っていて、さっさと入れと中へ押し込まれてしまった。
「あ、これ…」
物珍しく物色していると、そこには存在感たっぷりのドレッサーがあって引き出しの中にはとてもクロコダイルが使うとは思えない、女物のアクセサリーや化粧品が入っていた。
「これ、前に私がつけてたアクセサリーに似てる…」
果たして偶然だろうか?
しかし蘇るのは興味ないと豪語していた彼の後ろ姿だ。
「ありがとう、覚えてくれてたんだね。嬉しい」
「フン、勘違いするな。偶然だ」
「それでもいいの」
でもね、やっぱり勘違いも自惚れもしちゃうよ。
だってこの部屋にある、私のために揃えてくれたであろうものは、前に私が好きだと言っていたものばかりだ。偶然でこんなに揃うとは思えないんだけどなぁ。
まあしかし、どうしてこうも彼は素直じゃないのだろうか。
「どうしよう…」
「なんだ、気に入らねェもんでもあったか?」
「ううん、ますますクロコダイルが好きになっちゃった」
感謝を込めて伝えれば、いつものようにくだらねぇとだけかえってきた。