標的1
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標的1〜

「笹川京平、付き合って下さいっ!」

突然目の前に、ランニングにトランクスと言う格好で現れた幼なじみに、俺は驚きの余り一瞬固まった。久しぶりに会話出来たと言う喜びよりも、とにかく彼女の身体を隠さなければと思考が働く。

「なっ…!」

咄嗟にかばんに詰めていたパーカーを取り出しナッちゃんに被せる。

「むぐっ」

「とにかく、これ着て!」

大きめのパーカーだけどトランクスがギリギリ隠れなかった。此処から沢田家までの最短ルートを割り出した瞬間、持田先輩が起き上がりナッちゃん目掛けて拳を奮おうとした。
がっ
肌のぶつかる音は自分のもの。

「先輩、俺を剣道部に入れたいなら今から並盛神社まで競走しましょう?勝てば、入部、負ければ勧誘はしない。どうですか?」

危なくナッちゃんに怪我をさせるところだった。どうやら俺を剣道部に勧誘していたところをナッちゃんに邪魔されて苛立ったらしい。
俺的にはナッちゃんの誘いを優先したいが、どうやら近くにアルコバレーノがいるようだから余り目立った行動は避けたい。
それなら、先輩を遠ざける方が良いか。それに、アルコバレーノが居るならナッちゃんに危険はない筈だ。

「よしっ!男に二言はないな?」
「ええ、荷物が多い分、先輩お先にどうぞ。十秒数えたら行きます」

「はっ、剣道着を着て走るのは慣れてるぜ。その言葉、後悔するなよ」

そう言って走り出した先輩。スタートの言葉もなく行ってしまった。まあ、いいか。

「あっ…オレ」

正気に戻ったらしいナッちゃんは自分の格好に気付いて焦っている。当然、だよな。

「そのパーカー、着て帰って良いから、気をつけて帰ってね」
「えっ!?あの…」

本当なら素足のナッちゃんにこれ以上歩って欲しくないから家まで送り届けたいのだけど、流石にそこまでやると只のクラスメイト的立場では逆に迷惑だろう。
仕方なく俺は安心させるようににっこり笑うと、そろそろ十秒かと、並盛神社へと走り出した。
勿論、素直に道なんて走らない。真っすぐ進むのが一番早いからだ。並盛の屋根の上を走るのはあの人の許可を得ている。その後余裕で勝った俺は持田先輩の勧誘を断った。

* * *

翌朝教室へ入るとざわついていた筈が一気に静まり、一斉にこちらに視線が寄越された。
何だ?と思った次には女子に囲まれた。

「京平君!ダメナツに告白されたって本当なの!?」
「…は?」

俺がナッちゃんに告白された?そんな事がいつ起こったと思考した所で、昨日のナッちゃんとの会話を思い出す。
確かに付き合ってくれと言われたが、あれはそう言うものだったとは思えない。だって、ナッちゃんは、男として過ごしているのだから。

「あのさ、それって勘違い…」

そう弁解しようとした所で、また教室がざわついた。

「パンツ男のおでましだー!」
「ヘンターイ」
「電撃告白!」
「持田センパイにきいたぞーっ」

どうやらナッちゃんが入ってきたらしい。
そしてこの元凶はあの先輩が俺が入部を断った事に対する嫌がらせで吹聴したもののようだ。
ナッちゃんを庇おうと席を立とうとした所で、ナッちゃんは男子数人に胴上げされ道場へ強制連行されて行ってしまう。

「持田センパイ、昨日京平がうけた侮辱をはらすため勝負するんだそうよ」

「は?」

なんてことするんだ、と思っていたら、幼馴染みの花がそう教えてくれた。

「京平をタブらかす奴はゆるさん。だって」

何だか妙な誤解を招いた言葉に、俺はため息を漏らす。
本来主従関係にあるナッちゃんにタブらかされるも何もある訳がない。元よりナッちゃんには俺を従属させるのに許可なんて要らない。
まあ、今のナッちゃんにそんな事を言うつもりはないのだけど。

「どうやら俺は見くびられてるらしいな」

たかが遊びの誘いごときで事を大きくしたあの先輩に、俺は一度お灸を据えるべきだと決めた。

「まーまーそんな固いこと言わない」
「男には男の世界があるのよーっ。見にいこー」

子供っぽい事を嫌う花も、こう言う事には興味を示すらしい。面白そうに俺の背中を押して道場へと向かう事になった。


道場へ着くと胴着を着た持田先輩が待ち構えていて、ナッちゃんに剣道の勝負を持ち掛けていた。
初心者に対してと言うことで10分間に一本でもとれたらナッちゃんの勝ちと言うのは確かに普通だけど、今のナッちゃんには封印の所為で運動能力が極端で到底勝てる内容ではない。

「賞品はもちろん、笹川京平だ!!!」

「しょ、賞品!!?」

何故か勝手に賞品扱いにされてる俺。あのやろう、完全に俺との勝負の約束を無視している。
その事に俺は流石にカチンとくる。

「おい、それは…」

抗議しようとした所で、俺の腕を隣に居た花に抑えられた。

「まーまー、ちょっと落ち着きなさい」

宥める様なその口調とは裏腹に、その顔は笑っていて、面白がっているのが分かった。
ったく、これだから外野は困る。

「む?沢田は?」

闘いを始めるとした雰囲気の中漸くナッちゃんの姿がない事に気付いた先輩に、近くに居たクラスメイトがナッちゃんが逃げたと噂を起てた。
それを聞いた先輩は、自分の不戦勝だと笑い喜んでいた。

周りがナッちゃんをダメナツだと言った。

それを俺の耳が拾った時、俺は自分の腕を掴んでいた花の手から抜け出し、竹刀を握った。

「!」

そこでこの勝負は端からナッちゃんに勝たせるつもりが無かったのだと気付く。

「なあ先輩、俺との約束破った事に関しては許しましょう。その代わり、彼の代理でこの勝負、俺がしてもいいですか?」

にっこりと微笑み、先輩に竹刀を片手で向けて勝負を持ち掛ける。

「なっ!?その竹刀はっ…」

どうやらウエイトの入った竹刀を軽々持ち上げてる俺に驚いてるようだけど、事情を知らない野次馬は面白そうに見ていた。

ダンッ

「いざ!勝負!!!」

その時道場に突然大きな足音をさせてナッちゃんがまたしてもトランクスとランニングという格好で登場した。

「なっ」

「うおっ」
「ヘンタイだ!」

アルコバレーノの仕業か…
大勢の前でそんな醜態を晒すナッちゃんの為俺は着ていたワイシャツのボタンに手をかけた。

「ぅあああああぁあ!!!」

防具を渡そうとした生徒を無視してそのまま先輩に突っ込んで行ったナッちゃんに、先輩は吹き出して笑う。

「散れ!!カスが!!」

バチィッ
先輩の竹刀がナッちゃんの顔面にヒットする。
それでもリミッターの外れてる今のナッちゃんには効かないらしく、そのまま先輩に竹刀ごと頭突きをかました。
その瞬間竹刀は折れて、先輩は鼻血を出して倒れた。
そして、
べり

「100本とったーっ」

髪の毛の抜ける音と共にごっそりと抜けた先輩のそれに、周りはどっと沸いた。
それで審判に見せるも勝ちにならず、その動作をナッちゃんは続けた。
全て抜いたその時、漸く勝ちとなったナッちゃんは、正気に戻った見たいだった。

「スゲェ!!勝ちやがった!」

驚きと歓声に包まれる道場の中、皆がナッちゃんに称賛の声を掛けて行く。すると、一人の男子がナッちゃんの肩を掴み揺さぶる。
流石に地肌を触れてるそれを見ると、いくら男装してるとはいえ男子にそれをされるのはいただけない。

「ナツ君」

俺は皆に囲まれてるナッちゃんに、声を掛けて近付く。
直ぐに振り向かないナッちゃんに、変な噂の原因になったから顔を会わせづらいのだろう。
だけど、これでまたただのクラスメイトに戻るのは勘弁願いたい訳で、意を決して話かける。

「昨日は付き合えなくてゴメンな…」

「えっ、いや……えと、あの!」

あたふたしているナッちゃんに、嫌われた訳じゃなさそうだと分かって安心する。

「俺、よく友達にノリ悪いって言われるんだよな」

今まで極力関わって来なさすぎて俺は若干緊張する心臓を何とか落ち着かせると、ナッちゃんの目を見て言葉にした。

「ナツ君って、すごいんだな。ただ者じゃないって感じ!」

そう言うと俺は着ていたワイシャツをナッちゃんの肩に掛ける。
ワイシャツの下にTシャツを着ていた為、俺が裸になることは無い。
この光景に一瞬女子からわぁっと、声が上がるも無視だ。

「それじゃ、教室へ戻ろうか」
「う、うん」

朝からHR前の騒ぎにそろそろ不味い気配を感じた俺は早々にナッちゃんの手を引いて道場から退出した。

その後持田先輩達剣道部員がどうなったかは、俺の知る由ではない。



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