花嫁の喜び
高杉家は甘過ぎると思う。
散々一緒に脛かじってきたわたしが言うのは恩知らずだけど、資金面の援助が半端じゃない──おかげさまで今、わたし達はほぼニートのような生活をしているのだが。

今月も晋ちゃん宛てに(宛先はわたしだけど)荷物が届いた。いつも高杉ママ手造りのお漬け物やお米やらを送ってくれるのだ。

「晋ちゃん、高杉ママから荷物届いたよ。開け…」
「開けんな、こっち寄越せ」
「え?」

いつもこっちを見もしないで応える癖に今日は違った。
あっという間に小包を取り上げ、心なしか緊張した表情をしていた。(彼のこんな表情を見たのは初めてだから確信はない)


「何、どうしたの?あ…まさかエロ本じゃ」
「ンな訳あるか、ハナコで大満足だ」
「そりゃ…ドーモ」

わたしはどんな表情をしたらいいのか迷っていると、「買い物でも行ってこい」と言われ襟首を掴まれて外に放り出されてしまった。

「もうっ!何なのよ…いっつもわたしに片付けさせるくせに」
お尻をさすりながら、わたしは街の市場に向かった。

顔なじみの八百屋と魚屋さんにたっぷりサービスしてもらって、荷物重いな晋ちゃん来ないかなと思ったけどそれは叶わなかった。

途中、道端で転んで泣いている女の子がいた。起こしてあげて、手持ちの金平糖をあげるとみるみる笑顔になった。
なんだか昔の自分みたいだな、帰ったら晋ちゃんに話そうと思うと、わたしまで笑顔になった。


世界がキラキラして見えて、やっぱりわたしの世界は晋ちゃんを中心に廻っているのだ。



「ただいまー」
カラカラ、と玄関の戸を開けると晋ちゃんがいつもみたく居間で胡座をかいていたが、妙にソワソワしていた。(漫画みたいにソワソワという文字が現れそうだ)

「あ、あぁ、帰ったか」
「どうしたの、何かソワソワしちゃって。わたしに告白した時みたい」
「…ハナコ、俺とこんな生活していてどう思う」
「どう思うって…」

いきなりの質問にちょっと混乱したが、世界がキラキラして見える理由が頭をよぎった。

「今こうやって落ち着いて生活しているのはすごく好きよ。でもね、わたしの世界は晋ちゃんが中心なの。場所なんて気にしないわ」
「ハナコ、」

晋ちゃんはわたしの存在を確かめるかのように抱き締めた。
「なあに?わたしは此処にいるじゃない」

「ハナコが死ぬその時まで、俺の横で笑って、美味い飯作ってくれねぇか」

一瞬頭が空っぽになった。
随分前からそうしようと決めているのに、改めて彼に言われるのはドキドキする。
意味を理解してとあたふたするわたしに、晋ちゃんは優しく笑った。

「お前は、いつも通りでいりゃいいんだよ」

わたしが頷くと、晋ちゃんが懐から一枚の紙を取り出した。

「…出す役所なんざ無ぇけど」
「あ、…」

その紙は『婚姻届』と書いてあった。
夫の欄に『高杉晋助』と書いてあって、わたしはすぐに妻の欄に『タナカハナコ』と書いた。
そして、晋ちゃんはおもむろに段ボール箱から白と黒の服を取り出した。

「あ…」
これって、わたしが高杉ママにねだってた白無垢だ。
「これ着た写真送れって…あのババアがな」


早速彼が着替えた紋付き袴の姿に見とれていると、着物を剥ぎ取られ白無垢に着替えさせられて顔を少し白くされ、そして紅を塗られた。
晋ちゃんは器用だ。真っ赤な紅を塗ることほど難しい事はないのに。

わたしを完成させると、晋ちゃんは「綺麗だ」と呟いた。
わたし、世界一幸せだ。そう言って泣いたら、彼は涙を拭いて口づけをした。
とても優しくて、京に向かう途中萌黄の原っぱで口づけた事を思い出した。






20110416


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