七人の囚人と学園処刑場


 第六話

 科学室、実験台をテーブル代わりに置かれた料理たちの前に俺たちは用意された好物の前に腰を降ろす。
 時間もそれほど経っていないようだ。
 こうして飯を用意してくれる安堵と同時に、なんとなく胸につっかかりを覚えずには居られなかった。

 木賀島が殺したという男の死体はまだ見つかっていないのだろうか。
 もし見つかったとしたら、何か仕掛けてくる可能性もある。そして、この飯にももしかしたら……。

「いただきまーす!」
「……」

 余程腹減っていたらしい、そう言ってハンバーグに食い付くのはやはり進藤だった。
 こいつもこいつでよく肉を食う気になれるものだ。俺ですらあまり固形物を入れる気にすらなれないのに。
 食す進藤を眺めているが、二口目と食い付いてるのを見てとりあえずは即効性の毒は入っていなさそうだと理解する。
 けれど、問題は木賀島だ。俺たちの行動は逐一監視されてるに違いないはずだ。だとすれば、誰が殺したかくらい相手には筒抜けだろう。木賀島はパスタにフォークを突き立て、子供のようにくるくると巻いてそれを食べようとする。口に入れる直前、俺の視線に気付いたようだ。
 にっと笑って、そして、それを口へと放り込んだ。
 周子も、気になっていたようだ。暫くもぐもぐと咀嚼していた木賀島だったが、「んー、おいちー」とわざとらしくリアクションし出すのを見て視線を外す。
 ……大丈夫、と決まったわけではないが。ここに来ていまさらということか。木賀島に関してはそんな駆け引きも娯楽のようなものなのか、俺ならまっぴらゴメンだ。

 それから、無理矢理胃の中に食べ物を詰め込むことにした。喉に何かが通るたびに違和感を覚えたが、今食べないと今度いつ食事することができるかわからない状況だ。
 黙々と、妙に重苦しい空気の中俺たちは食事を済ませた。
 木賀島と篠山と進藤は相変わらずのようだったが、少なくとも俺は気が気でなかった。

 ――連中、何を考えてるんだ。
 仲間を殺されたことに気付いていないはずはないだろう。それとも、そんなに人数自体いなくて手が回っていないか?
 いや、それも考え難い。こんな大掛かりな工事を行うような相手だ。少なくとも複数はいないとおかしい。
 それとも、向こうでトラブルでもあったか。それとも、最初から死人が出ることは想定内ということか?
 だとしたら、余計不気味だった。

 気付けば、目の前の皿は平らげてしまっていた。
 全く味がしない飯だった。せっかくの好物も台無しだ。
 陣屋の分であろう和食を残したまま、他の連中も完食したようだ。

「はー、食った食った」
「……よく食べれたね、進藤君。僕なら無理だよ、喉締められたあとにこんな量……」
「何言ってんだよ委員長、腹が減っては戦は勝てぬって言うだろ?」
「勝つって……」

 言い掛けて、恐らく例の射殺体のことを思い出したらしい。青褪めた周子は、「ならいいけど」と誤魔化すように視線を外した。……本当に分かりやすいやつだ。
 一まずは全員空腹を凌いだお陰で多少頭に栄養がいってるはずだ、ならば丁度いい。

「おい。そろそろ、今後の話でもするか」

 これからどうするか、それは先程の仮眠時間俺と篠山で話し合っていた。「篠山」と名前を呼べば、やつも理解したらしい。はい、と小さくうなずき、そして科学室のホワイトボードの前に立つ。

 何をしてるのだと他の奴らの目が篠山に向く。
 太いペンを手にした篠山は、ホワイトボードに校内の簡易地図を書き始めた。

「この階の造形や教室の場所からして、ここは、十中八九僕達の母校で間違いないというということになりました。これは、中学の二階の地図です。そして、僕たちが今まで確認した場所を塗り潰していった結果、残った場所は一つ」
「図書室だけだ」

 全員の目が、スラスラと書かれる地図に目を向けた。
 一番広いその空間に大きく赤い丸を書いた篠山に、連中は息を飲む。……探索した張本人である木賀島を除いて。

「階段も全部塞がれているらしいし、何か仕掛けられてるとしたらここで間違いないだろうな」
「何かって……また、あんなゲームみたいなことやらされるってことかい?」
「でしょうね。けれど、そこへ行かなければ僕たちは文字通り八方塞がり。そして、動きがなければ必ず連中は何かしら仕掛けてくるはずです」 
「ま、でもそこでもゲームクリアしたらいいんだろ?そうすれば、脱出出来るってわけだ」
「……だといいけどな」

 正直、簡単に脱出できるかどうかすらわからない。
 図書室のゲームをクリアしたところで次のゲームを用意されてる可能性の方が大きいだろう。
 けれどそれを言ってしまえば士気が下がるだけだ。

「とにかく、行くしかないって話だよねえ。全員で」
「全員で?」
「取り残された人がそのまま置いてかれるなんてことになったらかわいそーじゃん?」
「残された場所はここしかない。万が一のことを考えてばらばらで行動するのは避けた方がいいでしょう」
「…………」

 不服そうな陽太だったが、異論はないらしい。
 周子も、進藤も、諦めたような、そうすることしかないということを悟ってるのだろう。

「……じゃあ、陣屋君はどうするんだい?」

 周子の問に、一瞬体が反応した。
 ……陣屋、単独行動を選んだあいつか。

「一緒にいた方がいいに違いないが、こちらからはどうしようもない。……それに、もしかしたらあいつのことだ。とっくに図書室に行ってる可能性もある」
「……そうだね、そうだといいんだけど」
「怪我人である宰様を置いていったあんな男の心配なんてする必要ないですよ!……それよりも、さっさと行きましょう。そこしかないんでしょう?」
「……そうだな」
「やけに張り切ってるねえ?陽太君。死に急いでんの?」
「……ッ、黙れよ、俺はさっさとこんな気持ち悪い場所から宰様と脱出したいだけだよ!」
「へえ、宰様とねえ〜……」
「なんだよ、ニヤニヤと……」
「二人共、落ち着いて……っ!それじゃあ、決まったことだし図書室に行こうよ、ね」
「…………」
「やだなぁ、俺は落ち着いてんのにさ〜?」
「木賀島君……っ」

 相変わらずな陽太と木賀島の仲裁に入る周子。
 ……しかし、確かに陽太の様子がおかしい。怪我が痛むのか……指が切れた痛みは俺にはわからないが、普通ならば耐えられるものではないだろう。それに、顔色も悪い。出血量も大分激しかったし、ちゃんとした処置をしなければ後遺症になるかもしれない。
 そこまで考えて、自嘲する。後遺症もなにも、生きていたらの話だ。今は、他人の心配などしてる場合ではない。

 俺たちはバラバラに席を立ち、そして、図書室のある場所へと向かうことにした。

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