七人の囚人と学園処刑場


 第一話

「な……っ」
「そ、それはつまり……陣屋君じゃない何者かが彼を騙ってるってことか……?」
「委員長だいせいかーい。だってさぁ、カメラ越しで見てて思ったんだけど……俺の知ってる陣屋はもっと暗くてジメジメしたようなやつだったよ?それこそ、そこの陽太みたいにねえ」
「っ、誰が……っぐぅ……っ」

 唐突に喧嘩吹っ掛けてくる木賀島に、陽太は噛み付こうとしたがまだ本調子ではないらしい。掴みかかろうとして、篠山に止められていた。

「っ、触るな!」

 そう篠山を振り払う陽太だが、篠山は陽太の首根っこを掴んだまま木賀島から無理矢理引き離す。そして。

「とにかく、その件についてもですが先にここから移動することを優先しませんか。ここで立ち話してもしまた何かあればまともに動けない人間二人連れて逃げるのも難しいでしょうし先に体制を取り直すべきかと」
「そ……そうだね。陣屋君のことも気になるけど……先に安全な場所へ行こうか……」
「安全な場所ねえ、そんな場所見張られてるここじゃあないと思うんだけど」

 クスクスと笑う木賀島に誰も言い返す言葉なかった。
 全員流石にわかってるのだろう、この状況が。死にかけていざ、相手方が自分たちの生殺与奪権を握ってると体で本能で理解したのだろう。
 木賀島は知らないが、それは俺も同じだ。
 悔しいが、ムカつくが、あの場で陣屋を名乗るあいつがいなかったら確実に陽太や進藤の二の舞になっていた。
 今更生きてることに感謝しようとは思わないが、それでも、ここから脱出しない限りこの気持ちわりー感覚から逃げられることはないのだろうと思えた。


 というわけで、一度技術室を離れることになったのだが……。
 科学室に戻ればまた飯が用意されてるんじゃないかと思ったが、「距離もあるしやめておこう」という周子により一旦俺たちは適当な空き教室に入る。
 念の為中が安全か確認し、それから陽太と進藤を座らせることにした。
 念の為、何かがあればすぐにわかるように教室の外では木賀島と篠山が見張ってる。……もちろん、それは建前で陽太が弱ってるとここぞとばかりに木賀島がなにかけしかけてくる可能性があるので無理矢理追い出したのだ。篠山は木賀島が一人だとまた何かする可能性もあるのでそのまた見張りになる。

 陽太は、眠らせていた。そもそも体力の限界が来てたのだろう。
 手の止血だけして、とにかく少し眠れと言い聞かせて並べた椅子をベッド代わりにして眠っていた。
 周子にも同じように仮眠を取らせてる。
 俺は一回寝てたのでまだ大丈夫だったが、それ以外の連中はそれぞれガタが来始めてるようだ。
 進藤にも寝とけと言ったのだが、やつは眠れないらしい。
 ぼんやりと窓だったその鉄板貼り付けられた窓枠を見ていた進藤の元へ歩み寄り、そして隣の椅子に腰を掛けた。

「おい……大丈夫か、進藤」
「……ああ、だいじょーぶ……案外死なねえもんだな」
「そうだな。……首、痛むか」
「動かしたらな。……けど、折れてねえから大丈夫だ」

 心配すんな、というように進藤は笑うが、その動作でも痛むらしい。進藤の笑顔が引き攣る。

「喋るのもつらいか?」
「いや、大丈夫だ。だから気にするなって」
「気にしてねえよ」
「嘘吐け。もしかして自分のせいでって思ってんだろ」
「……ッ」

 進藤は変なところで鋭い。
 けれど実際あの空間で行っていたのは味方内での殺し合いのようなものだ。そして、進藤がこうして傷付いてしまったのもだ。
 くよくよしても仕方ない、あの場で俺が勝たなければ死ぬのはこちらだった。そう思ってもやはり、こうしてやつの首の痣を見ると感じたことのない息苦しさのようなものを覚えるのだ。

「大丈夫、気にすんなって。俺が右代の立場なら、そもそも相手がお前らだと知らずに全員殺してたかもしれねーし」
「お前は……変わんねえな」
「だってお互い様だろ。……今更仲良しこよしで全員無傷で済めばこんなところにいねーよ」

 中学のときからこいつは、明るく前向きで誰からも好かれるようなタイプだった。
 周子が仕切りたがるタイプのリーダーなら、こいつは気づけば周りにリーダーにされてるようなやつだ。
 それだけなら俺とウマが会うはずのないのだが、こいつの場合は良くも悪くも懐が深い。
 何をされても許すし、怒らない。どんだけ悪い噂があるやつでも、最初から決めてかからずに仲良くなっていくタイプだった。そういうところは、嫌いではなかった。
 そして、その根本は思いの外冷めている。

「なあ、進藤。下で何があった?」

 思い切って、俺はずっと引っかかっていた事を尋ねてみる。周子も木賀島と篠山も言わなかった、けれど、進藤ならば。もしかしたら。

「下で……って、どういうことだ?」
「俺が気絶して、周子たちが来て……そして上に戻ってきてからだ。なにか、あったんじゃねえのか。周子のやつ、分かりやすいからすぐわかんだよ。……何もなかったわけじゃねーんだろ」

 進藤は、少しだけ考えるように視線を伏せ、そしてこちらを見る。進藤の口元から笑みが消えるのを見て、なんだか胸の奥がざわついた。

「そうだな、何かあったっていえばあったし、何も『なかった』と言えばなかった」
「お前もはぐらかすつもりか?」
「はぐらかすもなにも、俺も大分うろ覚えなんだよ。あのときは頭ガンガン痛くて、前なんて見れなかったし。けど……確か……エレベーターがどうとか周子たち騒いでて……」
「エレベーター?」
「ああ、そうだ。エレベーターだ。……誰か降りてきたんだよ」
「っ、ま……待て……誰か降りてきただって?!」
「おわっ、声でけえよ右代。周子たちびっくりすんだろ」

 怒られ、慌てて口を閉ざす。
 待てよ、誰かってなんだ。そんな大事なこと、なんで周子たちは黙ってたんだ。つーか、他にも生存者いるんならなんでここにいない?
 疑問ばかりが次々と湧き上がる。そんな俺に、進藤は声を落とした。

「俺も半分意識飛んでたからわかんねぇけど、次気が付いたときはそいつ、死んでたんだ」

 汗が、流れた。
 なんで、と言う言葉は出なかった。無言でやつの顔を見る俺に、進藤はしっと唇に人差し指を押し当てる。

「……どうせ、木賀島辺りが殺したんだろうけどな。『どうして殺したんだ』って周子と木賀島が揉めてたのは朧気に覚えてんだけど……詳しくはわかんね……」
「ま、待てよ……もしかしてそいつが本物の陣屋って可能性は……?」
「いや、多分違うと思うけど……なんか、武装してたっぽいし」
「もしかしてお前が死んだと思って回収しにきたってことか?」
「多分そうじゃないかって皆言ってたな」

 待てよ……なんでそんな大事なこと俺に言わなかったんだ。ムカついたし、どうして殺したんだっていうのもあった。でも、確かに武装してたんなら殺される前に殺しておいた方がいいに違いないだろうが……とそこまで考えて自分の思考がこの狂った空間のせいで感化されつつあることに気付いた。
 フツーに殺しは駄目だろ、とは思うが、思えば俺たちも殺されかけてるわけで……くそわけわかんねえ。

「けど、もしそいつ生きてたんなら脅して色々聞き出せたんじゃねえのか」
「死んでんだからもう何も言えねえけどな。多分また周子たちが後で言ってくれるよ。取り敢えず皆落ち着いてから詳しく話し合おうって言ってたし……それに、死体からなにか見つけたとも言ってたしな」
「……そうかよ」

 ずっと引っかかっていた事を教えてもらったが、すっきりするどころ余計気分が悪くなる。
 何を見つけたのか、何がわかったのか。聞きたいことはたくさんあった。寧ろ今すぐ周子を叩き起こしてやりたいくらいだが、俺も俺で大分消耗してる。怒る気にもなれなかった。
 進藤から話を聞いて、晴れるどころか一層気分が悪い、妙な居心地の悪さを覚えたとき。進藤の視線に気付く。

「……何見てんだよ」
「いや、なんか……丸くなったなって思って」
「はあ?馬鹿なこと言ってねえでお前も休んだらどうだ」
「ほら、そういうところだよ。……前の右代ならぜってー怒ってんじゃん」
「お前な……お前は怪我人だろ。死にかけたんだぞ、一応。お前は」

「もう忘れたのか」と呆れる俺に、進藤はなんだか妙な笑い方をした。『出た出た』とでもいうかのような、そんな普通にムカつく笑い方だ。
 こいつが怪我人ではなかったら手が出てたかもしれない。

「旭だって、怪我人だろ」
「は?なんで陽太が出てくんだよ」
「いや、気になったんだけどさぁ……お前、旭に対して冷てえっつーか俺みたいに優しくしねえじゃん」
「…………」

 こいつ、一体何を言い出すかと思いきや……本当に何を言い出すんだ。
 正直、意味がわからない。なんで陽太のことを進藤が言うのかもわからなかったし、俺が陽太に優しくするだと?想像しただけで気持ち悪ィ。

「バッカじゃねえか、くだらねえこと言ってんなら俺寝るからな」
「あー、おい、怪我人が話してんだぞ、そんな怒るなよ」
「怒ってねえ、呆れてんだ」
「なんでだ?お前らからしたら当たり前なのかもしれねーけど、俺とか……多分金子とか他の連中もぜってー思ってるって」
「…………」

 聞くのもバカバカしい。
 可哀想だから優しくしてやれ、なんて生ぬるいこと言うやつは山ほどいる。けれど、連中は陽太の反応を見ると何も言わなくなるのだ。
 虐めだとかパシリだとかそんなこというが、あいつが勝手にやって喜んでるのだ。だから俺はそれを利用してるだけ、イーブンの関係だ。

 この男からはどんなありがたいお説法が聞けるのだろうか。なんて、思った矢先。

「俺が言いたいのは、旭が言うことを聞くのはお前だけなんだからもっと上手く手綱掴めよって話だよ」

 笑顔を貼り付けたままそんなことを言い出す進藤に、俺は一瞬耳を疑った。
 やつの顔を見れば、痛みに顔を引き攣らせる。

「旭……あいつはお前の言う事ならなんでも喜んで聞くらしいからな、お前が協力してくれれば無駄な喧嘩もなくなるかもしれねえし……」
「運がよけりゃ都合のいい肉盾が手に入るってか?」

 やつの言葉を先回りすれば、進藤はやれやれと言わんばかりに苦笑する。

「俺はそこまで言ってないぞ」
「けど結局はそういうことだろ?問題ごとしか起こさねえあいつを少しは役に立たせろって話だ」
「ああ、そうだな。けど、そりゃ俺じゃ無理だ。お前じゃねえと」
「進藤、お前勘違いしてるぞ」

 根本的な部分だ。こいつは俺が言う事全部陽太が聞くと思い込んでる。無理もない、そう言うふうに見られるような行動を取るからだ。
 けれど、ここに来て……不本意だが気づいたことがある。
 少なくとも俺も進藤と同じように陽太は俺の犬だと思っていた、俺が言うことはいはい言って全部聞くようなイエスマン。
 けど、違う。最初から俺の手に陽太の手綱は握られてなどいなかったのだ。

「俺が言うこと全部あいつなら聞くだろうっつったな。……まあそうかもしれないけど、もし俺がお前の考えを代弁してみろ。……あいつ、言うこと聞かねえどころかもっと面倒なことになるぞ」

「それでもいいんなら考えといてやるよ」脅しのつもりではないが、この際ハッキリさせておきたかった。
 進藤に向けた言葉の矛先には自分がいた。
 陽太にキスをせがまれたあのとき、そしてそれに応えてしまった瞬間、見えない何かが崩壊した。それは確実だった。

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