七人の囚人と学園処刑場


 第九話(周子視点)

【side:周子】

 エレベーターを降りていく。大した時間ではなかったはずなのに、その間の沈黙はひたすら長い。
 目的地も選べないそのエレベーターはやがて、終点へと着いたようだ。掌に汗が滲む。
 進藤君、大丈夫だよな。どうか、僕の考え過ぎだと笑ってくれ。
 そして扉が開く。薄暗い向こう側、開いた隙間から煙が入ってきて、咄嗟に僕は口と鼻を押さえた。

「うわ、煙ー。向こう側全然見えないじゃん」
「それに、何やら暗いようですが……」
「二人共、煙は吸わないように、なるべく腰を低くして進もう」
「本当委員長ってば委員長だよねえ。どうせここ逃げ場ないんだしさ、吸わないなんて無理だって」

 そう言って木賀島君は先頭を切って行く。
 ……確かに、それもそうだ。
 頭では理解してても、やはり得体のしれない煙を直接吸えるほど僕は彼のように割り切れていない。僕と篠山君は口を押さえながらそのあとを追った。

「……なんだ、ここは……」

 エレベーターの向こう側に広がるそこは今までとは明らかに違った。近未来、或いはロボットアニメを連想させるような異空間がそこに存在していた。
 そう広くはない個室の中、その壁の大部分を占める大きなモニターを見て、息を飲む。

『You lose』
 黒い背景にデジタル文字で表示されたその文字に、血の気が引いた。
 それを一瞥した木賀島君はさして興味もなさそうに辺りを見渡し、そして、モニター前に置かれたその椅子を覗き込んで、僅かに目を見開いた。

「……篤紀?」

 木賀島君の表情から笑顔がすとんと消えた。
 心臓が痛いほど脈を刻む。いや、そんなわけがない。そう信じたくて、確かめなくて、僕は口元を抑えるのも忘れて木賀島君の方へと向かう。
 そして、そこにいた人物を見て凍り付いた。椅子から伸びた機械に拘束され、項垂れるその男は。

「っ、進藤君!」

 ぐったりとしたまま動かない進藤君を見た瞬間、全身の血が沸騰するように熱くなる。それなのに、吹き出す汗は冷たい。
 僕は進藤君の足元に膝をつき、そして恐る恐る手を伸ばした。まだ暖かい。脈は……ある。
 そう思いたいのに、自分の手が震えてるのか自分の心臓の音なのかわからなくて。

「進藤君っ、進藤君!」
「……周子宗一、ちょっと退いてください」

 そう肩を掴まれる。
 暗に落ち着けと言われてるようだ、僕と入れ替わるように進藤君に近付いた篠山君は拘束された手を掴み、その脈を確認する。

「……ルイ、やっぱ死んでる?」
「微かですが、脈はまだあるようです。……恐らくこの器具で首を締められたことで酸欠状態に陥って気絶してるのでしょうが……まずいですね。このままでしたら確実に危険です」

 脈があると聞いてホッと安堵するのも束の間、その言葉に更に追い込まれる。
 流石の篠山君もその顔は怪訝なものだ。咄嗟に進藤君の首を締める拘束具を掴むが、アームの部分は頑丈で素手で壊せそうにない。

「クソッ、どうすれば外れるんだこれ……っ」
「この椅子自体を壊すか、或いは……」

 そう、篠山君が辺りを見渡したときだった。
 モニターの『You lose』という文字がいきなり消え、その代わり、『ALL』という文字が表示された。

「な……っ」
「あ、なんかなっちゃった」
「ちょっと、何を勝手に触って……!」
「いや、なんか下の方にボタンがあったからさついね、つい」

 なんて、ヘラヘラ笑いながらモニター周辺を弄る木賀島君に慄いたときだ。

『進藤っ?!』

 天井に取り付けられているらしいスピーカーに、ぷつんとなにかが接続されるような音ともに聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「この声は……っ、右代君……?!」

 なんで、どうして、どういうことだ。
 色々なことが一気に起きて混乱する僕だが、通信先の彼もどうやら同じような状況らしい。
 それ以上に、右代君の声が聞こえてきたということにほっとする自分もいた。どうやら彼はまだ生きてるようだ。

「あれれ、宰〜?なんで宰の声がすんの〜?宰どっかに隠れてる〜?」
『周子に……木賀島……っ?なんでお前らがそこに居るんだよ、進藤は……っ!』
「篤紀ねえ、なんか死にかけてるっぽいよ〜〜?」
『っ、……』
「……木賀島君、僕が説明するよ」

 この男に喋らせていたら余計混乱を招きかねない。
 木賀島君の代わりに取り付けられたマイクの前に立つ。
 そして右代君に端的に説明した。進藤君のエレベーターが上に戻ってきたこと、それを使って降りてきたこと、そしてその先の部屋では進藤君が椅子に拘束されて今気絶してること……このままではその命すら危ないことも。

『……やっぱり、そういうことか』

 ノイズがかったその右代君の声は困惑するというよりも、どこか諦めたような声色だった。
 友人の一人が死にかけてるというのにそんな反応することが引っ掛かって、「どういう意味だい?」と聞き返したとき。
 右代君が何か言いかけると同時にノイズが走る。そして。

『……おい、その部屋の画面にはなんて書いてある?』

 スピーカーから聞こえてきたのは右代君でも旭君でもない、聞き覚えのない低い男の声だった。

「……その声……誰……?右代君でも旭君でもないよね、その声……っ」

 それも、右代君といるということは……まさか、隠れていた七人目ということか?
 けど、どうしてこのタイミングで。
 あのとき確かにエレベーターに乗り込んだのは右代君だけだったはずだ。
 考えれば考えるほど悪い考えしか出てこなくて、狼狽える僕の傍、木賀島君も僕と同じように突然現れた第三者に狼狽えたようだ。と、思いきや。

「うっそ、お前……陣屋?」

 木賀島君は、スピーカーから聞こえてくるその声に、目を見開いた。驚愕。しかし、薄く開いたその口にはすぐに嬉しそうな笑みが浮かぶ。
 そして、僕は木賀島君の口から出てきたその固有名詞に息を飲んだ。

「陣屋……?陣屋って、まさか」

 ――陣屋、達海。
 酷く懐かしい、響きに思わずミミを疑った。
 陣屋君って確か、二年の頃から不登校になってずっとサボって遊び回ってたやつじゃ……。
 僕は何度かしか会ったことないが、いつも人と目を合わせない、喋らない、何度登校するように注意しても無視するようなやつだった。
 その声が陣屋のものだとわからなかったのは、陣屋は僕に口を利いたことがないからだ。
 確かにやつも同じ中学という共通点はあるが、あいつがここにいるのはおかしい。だってあいつは、確か、卒業後、事故で死んだと聞いていた。

『……どうでもいい話は後にしろ。俺は、そこの画面になんて書いてあるのかと聞いてる』

 掠れ気味の低い声。不機嫌を隠そうともしないあの男の顔が目に浮かぶようだった。
 そんな陣屋君に答えたのは木賀島君だ。

「『You lose』……お前の負けって書いてあるみたいだねぇ?」
『それ以外はどうだ。画面前のコントローラーを操作することはできるか?』
「コントローラー……?」
「委員長ーこれだよ、これ。このチンポみたいな形のレバー」
「……」

 そう、ディスプレイ前のテーブル部分に取り付けられたレバー状のコントローラーを指す木賀島君。
 そんな風に言われると普通に触る気が失せるが、そんなことを気にしてる場合でもない。
 僕はそれを無視してコントローラーを掴む。
 恐る恐る動かしてみたとき、画面がいくつか切り替わる。
 黒い背景にレトロゲームみたいな8ビットの画面が表示されていたそこにノイズが走り、そして、二つの映像が現れた。

「っ、これは……!」

 現れたそれは、暗視カメラの映像のようだった。
 そして、そこに写っているのは片方は椅子に縛られた人物の映像と、もう片方は椅子に縛られた人物と、その横、ディスプレイを覗き込む人物の映像を上から映したものだ。
 それぞれ一人の方はNo.3、二人の方はNo.2。
 見たところ、No.3の部屋は旭君でNo.2の部屋は右代君たちの部屋か。でも、だとしたら。何故。

「……どういうことだ、これ……」
『どうした』
「コントローラー操作したら……多分これ……リアルタイムの映像だ。君たちの姿と、旭君らしき人がいる部屋の映像が映し出されてる」
『なんで、そんなものがお前らんところで映したものだされてんだよ!』
「ま、普通に考えて誰かがぽっくり逝ったら犯人が来てぇ、色々やるつもりだったってことじゃなーい?」

 そう、木賀島君の指摘に背筋が薄ら寒くなる。
 まさか、とは思ったが……確かに犯人は僕たちがこうして外部から潜入してくることは想定してなかったかもしれない。そう考えたときだ、背後のエレベーターの方からモーター音が響き出す。

「……っ!」

 エレベーターが……動いてる?
 何故、どうして、このタイミングで。

「わ〜〜お、適当に言ったのにもしかして当たっちゃった?」
「今日の那智は冴えてますね」
「やったぁ〜ルイに褒められちゃった」
「言ってる場合か!もし本当に犯人が来たらどうするんだ?!」
「どうするもこうするもさぁ、つまりここが本当ーに司令室になっちゃってるって証拠じゃん?」

 それならさ、と木賀島君はディスプレイに触れる。触れた部屋の監視カメラの画像がディスプレイいっぱいに表示された。
 そして、木賀島君は何やらいろんなところを触り、弄り倒し、何やら画面全体を操作してるようだ。何もなかった場所から現れるメニューコマンドに、目を疑った。

「っ、待て、木賀島君、何を……ッ!」
「んーっと、なるほどなるほど〜?これをこうして、ああして〜っと……」

 僕の制止も聞かず、木賀島君は操作を続ける。
 瞬間、

『っぅ、くぅ……!!』

 スピーカーから聞こえてくるのは旭君の声だ。
 動きのなかったNo.3の映像で、その足が微かに震えるのが見えた。

『陽太?!おい、何してるお前ら……っ!!』
「あちゃーごめんごめん、助けようと思ったら間違えてナメクジ陽太の首締めちゃった」
「き、木賀島君っ!」
「嘘だよ、ほら、これで解除ーっと」

 そう、木賀島君がディスプレイから手を話したときだ。旭君らしきその人物は椅子から逃れるように立ち上がり、そして、壁に持たれ掛かる。

『っ、げほ……ッ、〜ぉえッ』

 そして、苦しそうに何かを吐き出す音がスピーカーから聞こえてくる。
 映像の中では旭君が床にずるずると座り込んでるのが映っていた。

「旭君、大丈夫?!」
『っ、ごぼ……ッ、だ、いじょぶなわけ……っ宰、様……は……ッ』
『陽太!』
『っ、つ、かさ様……ッ!よく、ご無事で……』

 こんな時まで旭君は右代君の無事を確認するのだからすごいと思う。
 スピーカーから聞こえてきた右代君の声に安心したらしい、ぜえぜえと喘いでいたその声に微かに元気が取り戻されていた。
 一先ずはホッとしたが、問題はまだ山積みのままだということに気がついた。

「ま、感動の再会はさておき〜?そろそろ篤紀とサヨナラしなきゃなんなくなりそうだよねえ」
「っ、何かないのか、進藤君を助ける方法は……今の旭君みたいに拘束を外す方法は……」
「んー……委員長ってばせっかちさんなんだからぁ。それを今からやるんだって。……えーと、これかなぁ?」

 画面を切り変え、二つの部屋の映像から最初のゲーム画面に戻る。
 それからまた何やら操作したとき、黒背景の画面にいくつもの英語のメニューが現れた。

『RESTART』『GAME END』『RESET』……いくつもの選択肢が現れるが、その詳細は書かれていない。
 そんな中木賀島君が選んだのは『RESET』ではなく……『GAME END』だった。
 ENDという不吉な単語に大丈夫なのかと確認するよりも先に木賀島君の指は『GAME END』を押していた。
 それと同時だった。ガチャリと何かが外れる音がし、椅子に拘束されていた進藤君の頭が、上半身がゆらりと前のめりに倒れる。
 それを横目に、木賀島君は「ビンゴ」と手を叩いた。

「進藤君!」

 咄嗟に椅子に駆け寄り、進藤君の肩を揺すって名前を呼ぶ。けれど、反応はない。
 呼吸も……していない。
 首にはどす黒い鬱血痕が残っていて、まさか、と冷たい汗が流れた。

「進藤く……」
「周子宗平、退いてください」

 篠山君に肩を掴まれる。
 その気迫に気圧され、思わず後ずさったとき、椅子から進藤君を降ろした篠山君はそのまま進藤君を床の上に仰向けに寝かせる。
 そして、そのまま進藤君の口を開けさせた篠山君は当たり前のように唇を重ねたのだ。
 人工呼吸とは分かっていたが、一瞬、嫌な記憶が蘇り、背筋が凍りついた。

「し、篠山君、なにを……」

 進藤君の器官へと直接空気を送り込む篠山君に、先程まで反応のなかった進藤君の体が、胸が、跳ねるのがわかった。
 その胸が凹むのを見て、篠山君は口を離し、それからその胸、心臓の辺りをぐっと押さえつける。

「っ、……どちらにせよこのままでは死ぬかもしれないんでしょう。……なら、しないよりはマシです」

 そう、口にする篠山君の額には汗が滲んでる。
 体重を掛けるように、それでいてスピードを落とさないように心臓をマッサージする篠山君。
 その手はどこかぎこちない。と、そこまで考えて彼自身もまた怪我人であるということを思い出した。けど、それよりも先に木賀島君が反応する。

「ルイ、あんま動けないでしょ。ね、押すのって心臓の辺りでいいんだよねえ?」

「代わるよ」と、その肩を叩く木賀島君は、進藤君の胸元に手を伸ばす。
 大丈夫なのかと不安になったが、その横顔はいつになく真剣で、篠山君は少しだけ考え、そして、木賀島君から目を離した。

「……頼みます。手は絶対に止めないように。一分に百回胸を押すペースでお願いします」

「オッケー」と、木賀島君は篠山君が手を離すと同時に同じタイミングで心臓マッサージを行った。
 いつものふざけてる感じもない。ただ、繰り返す。息を吹き込んだときのような反応がないないことが怖くて、糸の切れた人形のようにぐったりとした進藤君をただ見守ることしか出来ない自分が歯痒い。

「っ、進藤君……」

 エレベーターが動く音が嫌に大きく響く部屋の中、信じていなかった神様にただ願う。
 手を重ね、拳を握り、祈る。どうか、どうか、この最悪な状況をどつにかしてくれ。そう、目を固く瞑ったときだった。

「っ、ごほッ」

 進藤君の口から涎が溢れ、そして、その身体が魚のように大きく跳ね上がる。

「っ、息が……っ!」
「んー、もうちょっと……かな……っ」

 先程までぐったりとしていた進藤君の体が、指が、微かに動いてるのを見て光が差すようだった。
 袖を捲り直し、ペースを乱さずに木賀島君はマッサージを続ける。すると、胸の上下がしっかりとしたものになっていく。そして。

「っ、進藤君……っ!」
「っ、は、ぁ゛、が」

 進藤君は、藻掻くように木賀島君の腕を掴む。そして、ゆっくりと目を開いた。焦点の定まっていないその目は次第にはっきりと光が蘇る。
 唾液で汚れた口を開けたまま、眩しそうに進藤君は僕達の顔をゆっくりと見ていった。

「あっ、おはよー篤紀」
「っ、は……ァ……」
「進藤君っ」
「ぁ……お、れ…………なに、して……」

 なぞるように言葉を紡ぐ進藤君に、全身の力が抜けるようだった。
 良かった、良かった……本当に。
 滲む視界、僕は進藤君の口元を拭いた。
 そのとき、微かに空気が振動するのを感じた。
 エレベーターが降りてきているのだろう。ゴウンゴウンと響くその音がこちらに近づいてきている。

「……来た……っ!木賀島君、早くここから離れよう!」
「離れるって言ったって袋小路でしょぉ、ここ」
「でも……」
「だからぁ、落ち着きなってばイインチョー」

 せっかく進藤君が生き返ったのに、もう駄目なのか。
 相変わらず危機感のない木賀島君に言い返す気もなれなくて、ただ目の前が真っ暗になっていく。

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