第八話
「っは、クソ、なんだ……これ……っ!」
「自機の中央にあるマークが判定だ。そこに当たらないようにしろっ」
「オタク野郎が簡単に言ってくれんな……ッ!!」
言葉を理解したところでテンパってる頭では思い通りに身体に指示送っちゃくれない。
汗が滲む。
指先まで震えてきて、とにかく、陣屋に言われた通りに敵らしきオブジェクトを避けていく。
まだ完治していない掌の傷口から血が滲み、コントローラーが手の中でぬるぬると滑るのが不快だった。
「っ、クソ、いつまでやりゃいいんだよ……っ!」
「宰、そこのボタンを押せ、並んでるやつだ」
「ボタン……?」
「コントローラーの裏のところあるだろ、トリガーみてえなやつ。それを押せ、射撃で敵の数を減らせるっ」
「っ、そういうことは早く言えよっ!!」
「さっきまではなかった、けど、お前がガチャガチャしてるのを見て気付いた。どうやらステージが切り替わったことで機能が解放されたらしいな」
冷静に言ってる場合かよ、このゲームオタクが。
言われた通りコントローラーの裏側、それらしきボタンを推してみれば心許ない安っぽい攻撃エフェクトが一発弾ける。そして、敵機の攻撃が一つ消えた。
「っ、クソ……こういうのはわかりやすくしとけってんだ……っ!」
糸を通すようなクソみたいな作業よりも、片っ端から邪魔なモン潰していくというわかりやすい方がいいに決まってる。
隠れんぼは嫌いだが、射撃なら嫌いではない。
乾いた唇を舐め、目を開く。チカチカと点滅するカラフルな電光に照らされた部屋の中、全神経を手元に集中させる。
要するに飛んでくるもの全弾撃ち落として残った敵機をぶっ壊せばいいってことだろ。
乾いた血はベタつき始めて丁度いい滑り止めになりそうだ。
そこから、記憶が定かではない。
集中しすぎると周りが見えなくなると家庭教師から怒られたことはあったが、どうやら悪い癖が出てたらしい。
けれど、溢れるドーパミンでギンギンになった脳味噌は嫌ってほど冴え渡っていた。
「ッ、は……これで、雑魚は全部倒したぞ、陣屋っ!」
石の裏の虫みたいに画面にうようよ沸いていた敵機はない、ただの宇宙を漂う自機だけが画面には表示されていて。
「油断するなよ、多分……そろそろ来るぞ」
「来る?来るって、何が」
「だから、ボスだよ」
ボスって、なんだよ。
とアホみたいなことをいうよりも先に、何もなかった上空、上画面に俺の操る自機と似た形の敵機が表示された。
「こいつを倒せば終わりってことか?」
「恐らくは……」
「っしゃ、楽勝!」
残機はあと二つ。
ノーミスでクリアすりゃいい。
そう、俺はコントローラーを握り直した。手のひらの傷も痛みすら気持ちいい。流れる汗を拭う手間すら惜しかった。
ぶっ殺す、ぶっ殺してやる、そんで絶対に生きてここから帰ってやる。そんな呪詛を頭の中で繰り返し、やがて表示される『LAST STAGE』の文字とともにトリガーを引いた瞬間だった。
敵機は微動だにせず、真正面からその攻撃を受けた。
そして大きな爆破エフェクトとともに、敵機の残機数が減らされる。最初ただの数字かと思ってたそれは『2』から『1』に減った。
それなのに、敵機は初期位置から動かない。
「っ、なんだ……バグか?……けど、こりゃラッキーだな!楽勝じゃねえか!」
「待て、宰!」
「ッ!」
名前を呼び捨てにされ、驚きのあまり思わず俺はコントローラーを動かしてしまう。さっさと仕留めるつもりで撃った攻撃はなにもないところへと飛んでいってしまう。
「なんだよ、いきなり……」
「相手の挙動がおかしい、撃つな」
「はあ?何言って……」
「これはただのバグじゃないかもしれない、と言ってるんだ」
そう、馬鹿みてえに真剣な顔して言われるものだから俺も思わず画面を凝視した。
バグじゃない?どういう意味だ?
そう、思ったとき、敵機が動き出した。咄嗟に相手の軌道を避けるようにコントローラーを操作したが、敵機は俺を狙い撃ちにくるわけでもなく、鈍い動きで何もない方へと動く。そして、そのまま壁の隅に引っ掛かってる敵機に、俺と陣屋は目配せをした。
「……通話だ、さっきの煩い男に繋げろ」
煩い男?……陽太のことか?
返事するのも惜しくて、俺はコントローラーから手を離さないようにしながら『No.3』の文字に触れる。
そして。
『っ、宰、様?』
暫くして、陽太から応答があった。
もし進藤のように応答なかったらどうしようかと思ったが、ほっとすることもできなかった。
明らかに通話の向こう側の陽太の様子がおかしいからだ。
「陽太、どうだ、そっちは」
『……大丈夫です、と言いたいところですが……少し、厄介なことになりまして……』
「どうした?」
『っ、宰様が心配してくれるなんて、僕、本当に死んじゃうのかな……』
「いいからさっさと答えろ!どうしたって聞いてるんだよ!」
『っ、はひ、す、すみません、僕、さっき敵にやられちゃって……あと残機が一つしかないんですけど……やられたせいでなんか椅子に縛られてしまって、それで、片腕しか今使えなくて……利き腕使えないんで、多分、僕もう無理です……』
今にも死にそうな憔悴しきったその陽太の声に、俺と陣屋は目を合わせた。
まさか、まさか、……いや、嘘だと言ってくれ。
一抹の恐ろしい可能性が頭を過る。
残機数残り1。
片手で、しかも利き腕が使えない。
そんな状態で下手に戦えるわけがない。
そして、それは今俺の向かい側にいるであろう敵機に共通していた。
「……やはり、そういうことか」
「っ、まさか……じゃあ、俺が今撃とうとしてる相手って……」
「No.3だと考えるのが妥当だな」
「コンピューターかと思わせておいてPVPか、いい趣味してやがるな」そう、声を殺すように陣屋は笑う。
――俺は、笑えなかった。
繋がらない進藤との通話が過る。
これがPVP……プレイヤー同士のバトルモードだとして、じゃあさっき陣屋が倒した相手は誰だったのか。
バクバクと爆発しそうなほど脈打つ心臓。
……俺は、コントローラーから手を離した。
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