02
というわけでクロウを連れてやってきたのは静間の家。
相変わらずデカイ。いつ見ても高い天井に取り付けられた天窓からは明るい陽射しが差し込んで温かい。俺の家もまあまあデカイ方だと自負していただけに、初めてこいつの家に招待されたときは軽くカルチャーショックを受けたのもいい思い出だ。
そんな清潔感漂う洗練された一軒家の二階、静間の部屋にて。
壁中貼り付けられたアイドルグループのポスターに、そのポスターの中のアイドルと同じ衣装を身に着けたマネキンが立ち並ぶ室内は耐性のない人間からしてみたら顎が外れそうになるものだろう。
打って変わってどこをどう間違えたのかアイドルに関する衣装や写真集でごった煮返したその空間は先程の清潔な家屋の一部かと疑いたくなるようなもので。
静間の部屋の奥、更なるプライベート空間へ繋がる扉にクロウと静間は入っていったわけだが……。
「ミチザネっ、助けてっ!」
「あっ、ちょっと!駄目だよまだ終わってないんだから!」
バンッと勢い良く扉が開いたと思えば、部屋から飛び出してくるクロウと静間。
クロウはというと服が乱れ最早半裸状態だ。何があったのかは大体想像つく。
「なんつー格好を……」
それでも事情を知らない人間がうっかり居合わせたら普通に勘違いしてしまいそうなクロウの姿に、呆れたとき。そんなことを露ほど気にしていないであろう静間はふふんと開き直った。
「いやだって一目見た時から理想的な体型だったんだけど、まさかここまでとはね。流石道真君、僕の理想通りのモデル連れてきてくれるんだから!」
「も、モデル?ミチザネ、お前、俺のことを売ったのか?」
「人聞き悪いこと言うなよ」
確かに間違いではないが、クロウがいうと色々語弊を感じるのだ。
面倒なので色々伝わずじまいだったが、やはりこのままクロウが暴れだしてもあれだ。
「こいつはな、コスプレ好きの女装狂なんだよ」
個人的に手っ取り早い言葉を選んで説明したが、我ながらなかなか酷いことになっていると思う。だけど静間の場合この説明が一番しっくり来るのだ。
静間が好きなのはアニメの女の子でもアイドルでもなく、その女キャラが着ているフリフリのごってごてな服だ。顔が女みたいなのでよく女の格好をさせられていた結果女の服を着ては女のフリして楽しむという拗れた性癖の持ち主となっていたわけだ。最近は背が伸びてきたから女物以外も嗜むようになっているようだが俺からしてみればアイドルの衣装着てポーズ決める静間になんだかもう世界は広いとしか思えない。
案の定俺の言葉を理解してないクロウは「女装?コスプレ?」とクエスチョンマーク飛ばしまくっている。
「楽しいよ。クロウ君も一緒にしようよ」
そう笑う静間の笑顔ほど邪悪なものはあるだろうか。
前々からネット上で女子高生のフリしては男引っ掛けてウェブマネー巻き上げてる静間が「最近はホモごっこしたら女子が沸くから知名度上げるには手っ取り早いんだよね、道真君ちょっと脱いでみて?」と笑顔で末恐ろしいこと口にしていたのを聞いていただけに、余計。
「じゃあなんでハサミ持ってるんだよ!」
そんな静間の笑顔の裏のドス黒いそれに気付いたのだろうか。青褪めたクロウは俺を盾にしながら吠える。
「あれ、道真君からなにも聞いていないの?」
「君の髪を切れって言われてんだけど」ときょとんとした顔で応える静間は俺を見る。
ああ、もしかしてこいつ何も言わずにハサミ向けたのか。
それにしてもやっぱり脱がせる必要はなかったかのように思えたが、これに関して俺にも非があるだろう。
「えっ」と驚くクロウに向き直れば、混乱しまくって何がなんだかわからないといったクロウと目があった。
「大体お前のそのボサボサ、目立つんだよ。……またあの変な白衣連中から見つからない為には見た目を変えた方がいいんじゃないのか?」
「え、え」
「道真君はね、君と長く一緒にいるため見た目を変えて欲しいって泣き付いてきてさ」
「ミチザネ、お前そんなに俺と一緒にいたかったのか……!」
「ち、ちげーし!おい静間!虚実織り交ぜんな!いつ誰が泣きついたかよ!」
「あれ?おかしいな、電話ではすごい涙声だったんだけど……あいたたた。わかった、ごめんって、もっと強くして!」
「というわけで、君の髪を切らせてもらおうと思うんだけどいいかな。僕としてはどっちでもいいんだけどね、モデルになってくれるなら」
「いつも変なカツラ切ってるから腕だけはいいし、任せても大丈夫だと思う」
正直、まあ、クロウが嫌がるなら別に強制するつもりはなかった。
あくまでもクロウを静間に紹介したのは髪を切らせることが目的ではないからだ。
「ミチザネは切って欲しいのか?」
そんな俺の本心に気付いているのか、敢えて俺の目を見てそんなこと尋ねてくるクロウ。
自覚ないのか否か、わざわざ俺の口から聞き出そうとするクロウの性格はあまり好きではない。
「……その方がお前のためにもいいんじゃねーの、とは思うけどな」
お望み通り俺の口から聞きたかったであろうその言葉を口にしてやれば、「わかった」とクロウは頷いた。そして、
「シズマ、頼む」
静間に向き直るクロウは何かを決意したかのようで。そんなクロウに、静間は満足そうに目を細めた。
「わかったよ」
こちらを向き直り、静間は「安心して、悪いようにはしないから」と笑いかけてきた。
なんで俺に言うんだ。
というわけで、改めて部屋の奥へと引っ込んだクロウと静間を待つこと数十分。
『おおおお!やめろ!やめろおおお!!』
『大丈夫大丈夫、すぐ生えてくるから』
『ちょっと、おいシズマ、ここ変じゃないか?なあ?』
『大丈夫大丈夫、今流行ってるから!』
「……」
時折聞こえてくる断末魔のような声に今更不安になったが、俺が入ったら余計あれなことになりそうだ。中の様子が気になるのを抑えながら更に数分待っていると、ようやく、部屋の扉が開いた。そして。
「っうわ、おい、押すなって」
まず、聞こえてきたのはクロウの声だった。釣られるように顔を上げた俺は、そのまま反応することを忘れてしまう。
「道真君ー!見て見て、どう?これ!僕なりに自信作なんだけど!」
「……」
「……っ!やっぱり変だったじゃねえか!」
俺の無反応を悪いように受け取ったらしく、真っ赤になったクロウは背後の静間に噛み付く。
そんなクロウを宥めるためではないが、咄嗟に俺は「いや」と口を開いた。が、肝心のその後の言葉を考えていなかった。
「……いいんじゃねえの?」
取り敢えず、素直な感想を口にしてみるものの。
「なんで俺の目を見てくれないの?!」
「格好よくて直視出来ないんだってよ、よかったね!」
別に、クロウの頭はなにもおかしくない。それよりも以前の伸び放題だった髪に比べ、短髪までとは行かずともすっきりと短くなった頭髪は10人中8人は「爽やかでいい感じ」と口を揃えてくれるはずだろう。相変わらず静間の腕前はよく、いつもカラフルなカツラばっかハサミで切りまくってるだけある。
「髪切っただけでも大分変わるんだな」
「頭が軽くて落ち着かないんだけど」
言いながら、自分の前髪を引っ張ってなんとか顔を隠そうとするクロウ。その黒い髪に何気なく触れる。柔らかくもない、硬過ぎもしないその感触は人間のものと同じで。
「似合ってる」
そう、思ったことを口にしてみれば、いつもは前髪の影に隠れていた赤い目が僅かに見開かれた。
「……」
「なんだよその目」
「いや、……ちょっとビックリして」
そういって、微妙そうな顔をするクロウは俺から目を逸らす。
もっと喜ぶかと思っていただけに、なんだその反応。何度も褒めてる俺が馬鹿みたいじゃないか。
じわじわと熱くなる頬を抑えながら、俺は「お世辞に決まってんだろ」とやつから手を離した。暫く顔面のこの火照りは取れそうにない。
「ニュークロウ君との対面で感動してるところ悪いけど、僕との約束まだ果たしてないんだよね?」
一頻り、俺達が話し終えたタイミングを狙ったのか、ニコニコと笑みを浮かべた静間が間に入ってくる。
「約束?……あっ」
そうだ、忘れていた。
俺は静間に一日モデルを紹介してやるという交換条件を出し、クロウを見繕ってもらうように頼んだのだった。モデルというよりも、暇と熱意を持て余した静間が誠心誠意作ったアニメやらなんやらのきらびやかな衣装のマネキンと言ったほうが適切かもしれないが。
「ってことでお借りしますー」
「うおっ!ちょ、おい、待って、ミチザネ、ミチザネ!」
捕まったと思えば、そのままずるずると引きずられていくクロウにとりあえず俺は黙祷を捧げることにした。
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