永久欠損ヒロイズム


 05

 取り敢えずパン食って腹を満たせた俺は、クロウを着替えさせるためにシャワーを貸すことにした。
 今日一晩、雨が止むまで俺の部屋で休ませる。
 赤の他人にここまで尽くす自分の甲斐甲斐しさにも呆れたが、ほっとけないのだ。それに、また泥棒にでも入ったらあれだしな。
 なんて言い訳じみた言葉を並べたところでなにも変わらないのも事実だが。

「ふぅ……」

 俺、間違ってないよな。間違ったこと、してないよな。

 何度も何度も胸の中で繰り返す自問。一向に答えは出てこない。だが、いまさら迷ったところで仕方ない。
 一息吐こうと、冷蔵庫から取り出した牛乳をグラスに注ぐ。そしてそのまま口付けようとしたときだ。風呂場の方から音がした。どうやらクロウが上がったようだ。そしてすぐ、バタバタと足音が近付いてきてリビングの扉が開いた。

「あー、風呂気持ちよかったー。あ、ミチザネ、今上がったぞ!」
「ああ、そ……ッブフォッ」

 随分と早かったな、と振り返った俺は口の中の牛乳を噴き出した。
 タオルを肩から掛けたクロウは右目の眼帯以外なにも着けておらず、というか早い話全裸だった。

「なんで全裸なんだよ!洗濯機のところ服置いてただろ!」
「あ、忘れてた」
「忘れてんじゃねーよ!さっさと着替えてこい!」
「分かった分かった、そんなに怒んなよ〜」

 本当に人の話を聞いているのか、ヘラヘラと笑いながら廊下へと引っ込んだクロウ。
 せっかく落ち着いたかと思った途端これだ。

「……ったく」

 あいつのせいで無駄になってしまった牛乳をもう一杯注ぎ直す。
 今度こそゆっくりしよう。そう思った矢先、またリビングの扉が開いた。

「ミチザネ〜、この服なんか変なんだけど……」
「あ?今度はなん……ってどこに頭突っ込んでんだよ?!」

 上下逆さまに服を着て裾から顔を出すという奇行に走ったクロウは「だってー」と嘆く。
 嘆きたいのはこっちだ。

「お前わざとやってんだろ?俺をイライラさせたくてやってんだろ?」
「だってこの服複雑なんだもん」
「もんってなんだよ、可愛く言えば許されると思ってんのか?あぁ?」

 そもそも体操着はちゃんと着ていたくせになんでそれは着れないんだよ。確かに首元開いているが、だからって。

「わっ、ちょ、待ってミチザネ、そんな強引に……」
「うるせえな……おい、じっとしろ!」

 逃げようとするクロウを捕まえ、俺はそのまま服に手を掛ける。
 どんだけ手が掛かるんだよ、こいつは。小さい頃の長政の方がもっと利口だったぞ。
 呆れながら、じたばたするやつを押さえ込んで脱がそうと服の裾を大きく持ち上げた、その時だった。

「ただいまー、今帰っ…………」

 扉が開き、長政がリビングへと入ってきた。
 そこまではよかった。いつも通りだった。
 だけどすぐに、俺は今の状況がいつも通りではないということを思い出す。
 目の前の男を脱がそうとする俺。……うん、最悪だ。

「…………」
「…………」
「…………」

 案の定隠す暇なんてなくて、リビングのど真ん中で揉み合いになってた俺たちに動きを止めた。
 沈黙の末、どさりと長政の手からカバンが落ちた。

「あ……いや、違うんだ、長政、これはその……」

 しどろもどろ、言葉を探す俺に長政はそのまま目を逸らす。
 そして。

「ご……ごゆっくりどうぞ」

 それは初めて見た長政の作り笑顔だった。
 わかりやすいくらい引き攣った笑みを残し、ばたんと扉が閉められる。

「長政ぁああッ!」
「なあ、今の誰っ?ミチザネのなんなんだよ!」
「もうお前は黙ってろ!」

 というか記憶喪失のくせにどこでそういうセリフ覚えるんだよ一々紛らわしいタイミングで口にしやがって!

「あぁ……もう……」

 やっぱり慣れないことをするべきではなかった。
「なあなあ」としつこく纏わりついてくる半裸のクロウに、なんだか俺は銃口を向けられたとき以上の疲労感を覚えずにはいられなかった。

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