15※
「っくそ……」
酷い目に遭った。
相手が神楽だから大事もなく済んだものの、無害だと思い込んでノコノコついていった自分も情けない。
まさか薬を使うとは思ってもいなかった。
しかし神楽が自ら薬を使ってくれたお陰で敏感になり痛み三割増しで早く気絶してくれたのも事実だ。
自滅、なんて言葉が過る。
まあ、らしいっちゃらしいが。
学生寮、廊下。
現在進行形で薬が全身に回っている俺は岩片と自分の分の弁当を抱え、自室を目指していた。
歩く度に布が擦れ至るところがじんじんと疼き出す。
ああ、せめて神楽に薬の効能を切らす方法を聞いとけばよかった。
恐らく使用時間が決まっているはずだが、神楽の言った通りこの薬の効き目はなかなか強い。
さっさと部屋に帰って薬が切れるまで大人しくしてるか。
そう思いながら勃起しかけるそれを買い物袋で隠しながら歩いているときだった。
たまたま前を通りかかった扉が開き、人影が飛び出してきた。
「だからっ、俺は君のそういうところが我慢出来ないっていつも言ってるじゃないですか!」
聞こえてくる細い怒鳴り声。
その声の主は前を通りかかった俺に気付いていないようだ。
反応に遅れた俺。
慌てて人影を避けようとするが、間に合わなかった。
瞬間、人影と接触し体に衝撃が走る。
「ッ」
加えられた刺激にゾクリと背筋が震え、襲い掛かってくる快感に堪えれずバランスを崩した俺はその場に尻餅をつく。
持っていた弁当が落ち、嫌な音を立てる。
「あっ、ご……っごめんなさい!」
そこで、ようやく俺に気付いたその人影は座り込む俺に慌てて声をかけてきた。
聞き覚えのある声。
つられて顔を上げれば、そこには見慣れた塩顔の男子生徒がいて。
「って、あれ、尾張くん……?」
目が合い、そいつも俺に気付いたようだ。
人影、もとい岡部直人は俺の顔を覗き込み、さらに驚いたような顔をさせる。
「だ、大丈夫ですか?」
「っ!」
言いながら、驚いたような顔をした岡部が慌てて腕を掴んでくる。
布越しに、二の腕に触れる岡部の指の感触にぞわりと全身が粟立ち緊張した。
モヤシみたいな見た目に反して力強いその手に酷く胸が昂り、岡部相手にすら変な気を起こしそうになる自分を必死に堪えるため咄嗟にその手を振り払う。
「っ大丈夫。……大丈夫だからあんま触んなって」
慌ててなにもないように取り繕うが、どうやら岡部は振り払われたことがショックだったようだ。
申し訳なさそうな顔をした岡部はしゅんと眉を下げ、立ち上がる俺から退きながら「す、すみません」と頭を下げる。
相変わらずの腰の低さだ。
なんだか悪いことをしたようで申し訳なかったが仕方がない。
転んだ拍子に手から離れた買い物袋を拾い上げ、手っ取り早くこの場を立ち去ろうとしたときだった。
「おい待てって!岡部!」
岡部が飛び出してきたその扉が開き見覚えのある銀髪が勢いよく出てきた。
昼間俺の制服を直してくれたお節介な不良だ。
確か、名前は安治。
「ってうわっ!居た!」
どうやら岡部を探していたらしい安治は、扉の前にいた岡部を見付けるなり目を丸くする。
それに対し、ばつが悪そうな顔をした岡部は「馬喰(ばくろ)君……っ」と眉を寄せた。
馬喰。
どうやらそれがやつの名字のようだ。
「お前、話の途中でいつも出ていくなって……」
そんな岡部にお構い無しに噛み付いていく馬喰安治はそう顔を強張らせ、岡部に掴みかかる。
どうやら二人は知り合いのようだ。
全く接点は見えなかったが、まあ、世の中は広いということなのだろう。
なんだか面倒臭いことになりそうだ。
そう悟った俺はこっそりその場を立ち去ろうとしたが、どうやら一足遅かったらしい。
「あっお前、昼間の」
瞬間、ふと動きを見せた俺に気付いた安治は呆れたような顔をし、岡部から手を離した。
なんでこういう一人になりたいときに限って次から次へと沸いてくるんだ。生徒会の連中じゃないだけましだろうが。
無視するのも悪かったので、慌てて笑みを浮かべた俺は「よう」と短く返した。
「え?あの……二人ともお知り合いなんですか?」
そして、そんな俺たちが不思議だったようだ。
安治に掴まれた箇所をパンパンと払いながらそう意外そうに尋ねてくる岡部に、苦笑を浮かべた俺は「あー知り合いっていうかまあ、助けてもらったっつーか」となんとも歯切れの悪い返事をする。
改めて考えれば非常に形容し難い関係だ。
そんな俺の言葉にこくこくと頷く安治は俺に目を向けてくる。
「っていうかどうしたんだよお前、すっげー顔色だぞ」
そして、訝しむように顔をしかめた安治は「具合でも悪いのか?」と言いながら近付いてきた。
「いや、別に……」そんなに酷いことになっているのだろうか。
咄嗟に後退りながら、俺は自分の額に手を当ててみる。
言われてみれば、顔が熱い。あと耳が。
いきなり風邪引いたわけではないだろうし、恐らくというか間違いなく原因は神楽の盛った薬だろう。
「無理すんなよ」
不意に、そう言って伸びてきた安治の手に首を触られる。
ひやりとした無骨なそれにビックリして緊張した喉奥から「っひ」と間抜けな声が漏れた。
「うっわ、なんだこの熱……っ」
ぎょっと目を丸くした安治は言いながらペタペタと俺の首の付け根を触ってきた。
その安治の行動にぎょっとした俺はぞくぞくと震える背筋を堪え、慌てて安治の手首を掴み引き剥がそうとする。
が、離れない。
「ゃ、ちょっ、さっ触んなってば……っおい!」
皮膚から流れ込む他人の体温が心地好く、心臓が煩くなり、もっと触れていたくなる。
ああ、くそ神楽め。
まじで厄介なもの仕込みやがって。
思いながら、なけなしの自制心利かせた俺は言いながら乱暴に安治を振り払う。
その瞬間の接触すら疼くような快感に代わり、なんだかもうあまりにも節操がない自分の体が忌々しくて仕方がなかった。
「馬喰君、尾張君が嫌がってますのでそのそういう余計なお節介は……」
「お節介だと?」
平静を取り繕うのすらキツくなってきた俺から異変を察したようだ。
そう利かせてくる岡部だったがまた余計な一言がポロリと出てしまい、不愉快そうに顔を歪めた安治は「困った相手がいたら助けるのが常識だろうが!」と舌打ちをした。
なんだこのいいやつは。
見た目に反してまともな脳をしているようだが今の俺にとっては害悪でしかないことは代わりない。
「なあ、今から部屋に帰んのか?なんなら送るけど」
なんでこいつはそんなに優しいんだ。
優しさほど余計なものはないとよく言ったものだ。
本当、相手から悪意や下心が感じられない分質が悪い。
「いや、そこまでだからだいじょ……」
そう、丁重にお断りしようとした瞬間下半身の違和感を感じた。
というか先程から薄々感付いてはいたのだが、今ハッキリやばい段階まで来ているということを再確認する。
抱えるように前に持ってきた買い物袋のその下、制服の下のそれはやばいくらい張り詰めていてどうやらあろうことか俺は媚薬服用を隠して他人と接するというこの状況に興奮しているようだ。
このままでは自室に着く前に確実に下着が大変なことになる。
そう判断した俺は、お節介安治を撒くためにもある手に出ることにした。
「ここら辺で一番近いトイレってないか?」
そう必死に下半身を抑えながら言えば、反応したのは安治の隣にいた岡部だった。
「トイレですか?」そう小首を傾げる岡部は「ああそれなら部屋にありますよ。使いますか?」と控え目な笑みを浮かべる。
部屋?部屋って、自室ってことか。
安治を撒くという理由もあるが一発抜くためにわざわざ他人の部屋に上がり込むのはかなり迷ったが、背に腹は変えられないと諦めた俺は「悪い、ちょっと借りるわ」と岡部の好意に甘えることにした。
「おい一人で大丈夫か?」
大丈夫じゃないって言ったらついてくるつもりなのかこいつは。
真面目な顔をして微妙にずれた心配をしてくる安治に内心冷や汗を滲ませつつ、俺は「大丈夫、大丈夫だから」と笑いかける。
そして、そのまま岡部に案内されるがまま部屋に上げてもらった。
岡部に案内されたその部屋は昼間安治に連れてこられたあのアニメグッズと綺麗に片付けられたスペースで混沌としていた部屋で、詳しく聞いてみたらどうやら二人は同室のようだ。
つまりあの目を逸らしたくなるレベルの美少女アニメグッズは岡部の私物ということになるのだろうが慌てて岡部が本棚や壁を隠しているのを見ていたらなんだか触れちゃいけないような気がして、一先ず俺は持っていた弁当を適当な机の上に置き個室の便所へ飛び込んだ。
そして、まあやることと言ったら一つなわけで。
「っ、ふ、ぅ……ッ」
ズボンを下ろし下着から取り出した先走りで濡れたそれを両手を使って擦り上げる。
射精したばかりだというのに些細な刺激ですぐ勃起する自分の馬鹿下半身が情けない。
先程の射精で出た精液と先走りを全体に塗り込むように激しく擦り上げれば手の中のそれはドクドクと脈を打ち、膨張する。
「っ、はぁっ、んんッ」
そして、至って単調な作業のように摩擦し続ければ手の中で限界まで膨張したそれは呆気なく射精し、うっかり目の前の扉にぶっかけてしまう。
萎えたそれから手を離し、肩の力を抜いた。
なんとか衝動的な欲求不満を満たすことは出来たが、胸の奥底から込み上げてくるムラムラは止まらない。
別に性欲が強くないというわけではないが、短時間で何度も射精した今薬によって強制的に体をおかしくされた今心身が噛み合わず体の中で大きな戸惑いが生まれる。
強要される興奮はただの拷問だ。
「ぁー……っ」
トイレットペーパーで精液を拭き取り、水に流す。
その動作でさえビクビク反応してしまう身体が鬱陶しく堪らない。
射精のお陰でなんとか理性を取り止めることは出来たが、やはり身体の熱は治まらず。
どうにかしたいがいつまでも他人の部屋のトイレに引きこもってるわけにはいかない。
これくらいで大丈夫か。
便所を換気し、後処理を終えた俺は個室に付属した手洗い場で手を洗い、個室の扉を開いた。
瞬間、
「がッ」
ゴンッと鈍い音と共に扉の外から悲痛な声が聞こえてくる。
嫌な手応え。
何事かと慌てて扉から出れば、トイレの扉の前、頭を押さえて座り込むそいつがいた。
「あいたたた……っ」
「っ、岡部っ!」
いつからいたんだ。
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