13
写真部部室前。
「岩片さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫、ハジメが持ってくれるって言ってるし」
「全然大丈夫じゃないから手伝ってくれ」
岩片に言われ、手足拘束した五条を背中に抱え部室を出た俺だったが普通に重い。
すりすりと人の腰に下半身押し付けてくる五条を落とせば、能義は「仕方ないですね」と笑いながら五条の足首を掴んだ。
「お、ありがとな能義」
「お礼は一フェラで構いませんよ」
「やっぱ俺一人でいいわ」
「なんなら一素股でもいいですよ」
いやなに性行為を単位みたいに使ってんだよ。
しかもグレードアップしてんじゃねーか。
いやどっちもどっちだけど。
敢えて聞かなかったことにすれば、やれやれと肩を竦める能義は「我儘な方ですね」と苦笑を浮かべ五条から手を引いた。
まるで俺が間違っているような言い方はやめてほしい。
「尾張君、やっぱ一人はキツいですって。俺、足持ちますよ」
結局俺だけになりやだなぁと五条を見下ろしていると、見兼ねた岡部は言いながら五条の足首を掴んだ。
なんでどいつもこいつも上半身を抱えたがらないんだというか他に持ち方あるだろうと思いつつも手伝ってくれるだけ有り難い。
「悪いな、助かるよ岡部」
言いながら五条の上半身を両手で抱える。
五条と目が合って、俺はそっと顔を反らした。
「もう面倒だから転がせよ」
そのまま移動しようとしたとき、何もせずこちらの作業を見守っていた岩片はそう面倒臭そうに続ける。
相変わらずひっでーやつだな。
「あっ台車なら確か部室にありましたよ、俺取ってきますね」
流石にいくら五条が苦手だからって死体みたいな扱いしないぞ俺は。
そう思った矢先、岩片の言葉に閃いたような顔をする岡部は言いながらぱっと五条から手を離す。
本格的に死体扱いである。
というかこいつ岡部の先輩じゃないのか。
そそくさと部室に入る岡部を見送り、どうしようもなかったのでそのまま五条の上半身を抱えなんだかこいつ可哀想だななんて思いながら哀れみの眼差しを向けていると鼻息荒くした五条が胸元に顔を埋めて鼻先を擦り付けてきたので俺は無言で床に捨てた。
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そして、岡部の持ってきて荷台を押し五条を学生寮の自室まで運んだ。俺が。
五条と一緒に荷台に乗って遊ぶ岩片と能義のせいで中々時間がかかった岡部の応援のお陰でなんとか運び終えることができる。
途中一般生徒と顔を合わせたりもしたが能義がいたからだろうか。見てみぬフリでなんとかやり過ごすことが出来た。
そして能義と岡部と別れ、岩片の命令で俺は渋々自室へと五条を上げる。
そのことが間違いだった。
▼
「ハジメ、こっちの部屋借りるぞ」
そう言って五条を引き摺る岩片が入っていったそこは元々ついていた物置部屋で、まだ手入れしてないはずだったが問答無用で五条を連れ込む岩片のあまりの気迫に止めることは出来なかった。
そして、その日から岩片による岩片のための五条調教が始まった。
それから数分も経たないうちに艶めかしい声どころか「ギャアアア」だとか「ヒイイッ」とかどこぞのスプラッター映画のような悲鳴が漏れてくる物置部屋に耐えれず、俺は岩片たちを残したまま自室を後にする。
なにやってるんだあいつらは。
気になって仕方がなかったが恐ろしくて覗く気にもなれない。
五条は岩片に任せておこう。
と言うことで、俺は残りの授業を受けるために再び校舎へ戻ることにした。
校舎内、廊下にて。
「おいっそこの貴様!なんだその頭は!」
教室へ向かって歩いていると後方から聞き覚えのある怒声が聞こえてきた。
大きな声とともにずかずかと近付いてくる大きな足音に何事かと振り返り、そして俺はやってきた生徒を見て思わず「うわっ」と声を上げる。
乱れ一つない制服にそめたことのないような黒髪、細いフレームの眼鏡が似合う釣り目がちなそいつには見覚えがあった。
野辺鴻志。
出た、風紀委員。
「黒以外の髪の色は校則で違反されてるはずだぞ」
肩を掴まれ、無理矢理顔を覗き込んでくる野辺。
やばい。
また厄介なやつに絡まれた。
顔を見られそうになり、咄嗟に野辺を振り払おうとするが遅かった。
「……ん?よく見たらお前昨日のやつじゃないか、まだ染めてなかったのか!二度目はないぞ、氏名学年クラス洗い浚い吐け!」
ギリギリと指を食い込ませてくる野辺はそうヒステリックに怒鳴る。
思いっきり制服の襟を引っ張られ、喉奥から「ぐぇ」と潰れたカエルのような声が漏れた。
「いや、ちょ、引っ張んなって」
ひん剥く勢いで力任せに制服を引っ張ってくる野辺に顔を青くした俺は「暴力は法律で規制されてるだろ!」と声を上げた。
「校則では規制されていない」
こいつの脳みそはお花畑か妖精さん的ななにかが暮らしてるのだろうか。
転校してきたばかりなのでここの校則がどういうものかわからなかったが恐らく野辺が馬鹿なだけだろう。
とにかく、このままではまた俺の下半身が危ない。
今すぐ殴り倒したかったが、岩片の命令がある今それは出来ない。
取り敢えず、ここはこいつから逃げるしかないだろう。
「だからっやめろってば」
そう冷静に判断した俺が肩を掴んでくる野辺の腕を振り払おうとしたときだった。
「なにをしてる」
不意に、前方から聞き覚えのある冷たい声が聞こえてくる。
五十嵐だ。
丁度良いタイミングでとある部屋から出てきた五十嵐は、書類を手にしたまま揉めている俺たちを睨むように見た。
「五十嵐」
思いもよらない五十嵐の登場に動きを止めた俺はそのまま目を丸くさせる。
どうやらそれは俺だけではなかったようだ。
名前を呼ぼうとすれば、忌々しそうに舌打ちをする野辺と声が重なった。
「そいつから手を離せ」
「また貴様か、指導の邪魔をするのはやめていただこうか。こっちは今馬鹿どもを野放しにしている貴様等の尻拭いで忙しいところだ」
「邪魔をするなら貴様も取り締まるぞ、五十嵐彩乃!」仲裁に入る五十嵐に対しそう『ズビシィッ!』と効果音を立てる勢いで人差し指を突き付ける野辺。
相変わらずのテンションだ。
その内「ふーはっはっはっ!!」とか言い出しそうで怖い。
そんな野辺に対し、フルネームで呼ばれた五十嵐は僅かに不快そうな顔をする。
が、それも束の間。
「そいつの髪なら地毛だ。前の学校で水泳をやっていたせいで色素が抜け落ちてる」
相変わらずポーカーフェイスな五十嵐はそう冷めた口調で続ける。
その口から出た言葉に俺は目を丸くさせた。
いつから俺は水泳部になったんだ。
なんでもないように続ける五十嵐に目を向ければ、五十嵐と視線が合う。
『黙ってろ』そうこちらに目配せさせてくる五十嵐。
どうやらその場しのぎのハッタリのようだ。
口の中で「なるほどな」と呟き、俺は五十嵐に小さく頷き返す。
「水泳だと?そんな報せ風紀委員には届いていない」
「だろうな、だから今こうして報せにきた」
もちろん野辺が無条件に五十嵐を信じるはずかなく、そう眉間に皺を寄せる野辺に対しそう静かに続ける五十嵐は言いながら手に持っていた書類を相手に差し出した。
所々靴の跡がついたその書類にはどうやら俺の個人情報が書かれているようだ。
靴の跡については敢えて触れないでおく。
「校則で禁止しているのは髪を染めることだろう。好きで染めた訳ではないこいつよりも他に指導する相手がいるはずだ」五十嵐の手から書類を奪うように取り上げた野辺に対し、そう冷めた口調で重々しく続ける五十嵐。
記載されたデータに目を走らせる野辺の眉間の皺は益々深くなり、やがて、書類から顔を離した野辺は小さく舌打ちをした。
「……っ五十嵐彩乃!貴様、俺に恥をかかせたな!」
「勘違いするな、別にお前に恥を掻かせたつもりも争うつもりも毛頭ない」
「当たるなら転校生の書類を届け忘れていた政岡に当たれ」怒りで顔を赤くした野辺を見据えたまま、五十嵐はそう呟いた。
そんな五十嵐の言葉に相変わらず不快そうな顔をした野辺はふん、と鼻を鳴らし「言われなくてもそうするつもりだ」と唸るように吐き捨てる。
政岡どんまいと言いたいところだが自業自得なので俺は敢えてなにも言わないでおく。
数分後。
見事五十嵐の口車に乗せられた野辺は「次もこう上手くいくと思うなよ」だかなんだ悪役染みた捨て台詞を吐きながらその場を後にした。
「あー……ビビった」
校舎内廊下にて。
野辺がいなくなったのを確認し、五十嵐の背中に隠れていた俺はそう肩を竦めながら五十嵐から離れる。
「ありがとな、あや……五十嵐」丁度いいタイミングで現れ助けてくれた五十嵐にそう感謝すれば、五十嵐は眉を潜め「あのくらい自分で追い払えなくてどうするんだ」と吐き捨てるように続けた。
相変わらず愛想は宜しくないが、こうして五十嵐に何度も助けられているのも事実だ。
だけどやはりこの愛想のなさと嫌味っぽさはカチンとくる。
「岩片からあいつに絡むなって命令来てんだから仕方ないだろ」
むっとして、本気出したらあんなやつくらい余裕であしらえますよと遠回しにアピールしてみれば、五十嵐は「手を出さずともあいつを追い払う方法は幾らでもある」と冷静に反論してきた。
「今度からまた髪のことで風紀になにか言われるようなことがあればさっき俺が言ったことを言え」
そして畳み掛けるように続ける五十嵐に、俺は先ほどの五十嵐と野辺のやり取りを思い出す。
「さっきのって……水泳ってやつか」確かに、地毛と押しきる方法もあっただろうがあの状況で野辺が俺を信じるとは思えない。
どちらにせよ、五十嵐がいなかったらまたややこしくなっていたということだ。
助けられたことには変わりないだろう。
「そーだ、あれどういう意味なんだよ」
「どうもこうもそのままだ」
「お前は一から十まで説明しなきゃわからないのか」そして、書類のことを尋ねようとすれば相変わらず小馬鹿にするような冷たい目で五十嵐は俺を見下げる。
「生徒会に届いていたお前のデータを少し改竄した。とは言っても水泳部のことだけだけどな」
「いずれバレるだろうが少しの間目眩ましにはなるだろ」そして、そうなんでもないように言葉を並べる五十嵐はそこまで言って小さく息を吐いた。
「これから風紀室に届けるつもりだったが、間に合ってよかったな」そう言いながらこちらに目を向けてくる五十嵐。
どうやら本当にたまたま通り掛かっただけのようだ。
まるで感謝しろとでも言いたげな視線はあまり気持ち良くなかったが、それのお陰でもう風紀に絡まれる必要がなくなると思えばかなり有り難い。
「……すげ、生徒会ってそんなことまで出来んだ」
それよりも、俺は書類の改竄の方が驚きだった。
そう素直に感心するように口にすれば、五十嵐は「書類に書き足すぐらい誰だって出来る」と相変わらずの仏頂面で即答する。
そんなものなのだろうか。
俄信じがたいが、五十嵐がそう言っているのだからそうなのかもしれない。
「そう言えばあいつは一緒じゃないのか」
そんなことを考えていると、なにか気になったのか首を傾けそう辺りを見回す五十嵐はそんなこと尋ねてくる。
「あいつ?」一瞬五十嵐が誰のことを言っているのかわからなくてそう首を傾げた俺は、いつも一緒にいるもじゃもじゃのことを思い出す。
「って、あー岩片のこと?」
そう聞き返せば、五十嵐はこくりと静かに頷いた。
「岩片なら五条祭を調教中だってよ。んで、俺は避難してんの」
「五条だと?」
そうかなりおおまかに五十嵐に伝えれば、俺の口から出た名前に目を丸くさせる。
五十嵐が五条と多少面識あることは知っているので今さら驚かない。
「そうそう、新聞部の」そう俺が頷き答えようとしたときだった。
ふと廊下の奥の方から人の気配を感じ、言葉を止める。
「……場所変えた方がよくね?」
そして、こちらへとやってくる遅刻組らしき連中の影を見つけた俺はそう声を潜め五十嵐に尋ねる。
その問い掛けに対し、どうやら五十嵐も同感のようだ。
「そうだな」そう静かに続ける五十嵐は周りに目を向け、そして「ついてこい」と言い残せば人影とは真逆の廊下を歩き出す。
俺としても五十嵐と二人きりで密会染みたことをしている場面を見られてややこしいことになるなんてことは避けたかったので大人しく後についていった。
五十嵐に連れられ俺はとある部屋へとやって来ていた。
色付きの電球に、原色のドぎついソファー。
香水やらなんやらなんかもう色々混ざったかのような悪臭を放つその部屋は悪趣味極まりない雑貨で溢れ返り、ポスターで埋め尽くされた壁には塗り潰すような『生徒会最強』の文字。
そう、生徒会室もといゴミ屋敷だ。
ってここかよ。
あまりにもナチュラルに敵戦地へと連れてこられ、思わずノリ突っ込みしてしまう俺。
「おい、ここって……」
「不満か」
「いやだって生徒会室だろ?他のやつらが来たら……」
「大丈夫だ。扉には鍵を掛けておいた」
本当に大丈夫なのだろうか。
自信満々になって言い切る五十嵐に不安しか覚えないのはやはり俺が心配性なだけだからだろうか。
そんな俺の心配を知ってか知らずか、部屋の中央に並べられたソファーに腰をかける五十嵐は「さっさとさっきの続きを言え」と俺を急かしてきた。
まあ、心配しても仕方がない。
今のところ隠すようなこともないし。
「はいはい」
そう自己完結させた俺は言いながら五十嵐の向かい側に置かれたソファーに移動した。
相変わらずの座り心地の悪さ。
軋むスプリングを無視し、先ほどの出来事を頭で整理した俺は一先ず大雑把に事情を説明すことにした。
▼
「なるほど、情報網の独占か」
五条捕獲までの経緯について軽く説明すれば、そうぽつりと呟く五十嵐は言いながら長い足を組んだ。
そんな大袈裟なことではないような気がするがこいつが言うと無駄に決まっててムカつく。
「まあ、俺は一時的に五条を服従させたところで絶対服従になるとは思えないんだけどな」
先日の能義と五十嵐のやり取りを思い出す俺はそう続ける。
力と状況と餌によってあっさりと手のひら返す五条を知っているだけに岩片の行動を無駄と思わずにはいられなかった。
そんな俺に対し、逆に五十嵐は「一時だけでも混乱させることが出来れば充分だろ」と岩片をフォローしてくる。
「あとは、寝返らせることがないよう優勢と餌の補給を忘れないことだな」
「餌の補給?」
「まあ、手っ取り早く言えば満足させるということだ」
「とは言っても餌をやり過ぎれば立場が無くなる。だからと言って力で制したところで反発心を生むだけだ」つまり、飴と鞭の使い方次第というわけか。
あくまで淡々とした調子で言葉を並べる五十嵐に俺は納得したように小さく頷きかけ、動きを止める。
いやでも五条の場合鞭すら飴になるわけだから結局ご褒美になってしまわないだろうか。
そう考え込む俺からなにか察したようだ。
「一応俺もあいつのことは知っている。やつを完全に支配するのは難しいだろう」
そう小さくため息を溢す五十嵐。
どうやら同じことを考えていたようだ。
無理もない。
五条を知っている人間なら誰でもそう考えるだろう。
「なにか嫌いなものとかあれば良いんだろうけどな」
中々不安感が拭えなくて、そうわしゃわしゃと髪を掻きながら言えば五十嵐は「……五条祭の嫌いなものか」と神妙な口調で呟いた。
「因みに心当たりは?」考え込む五十嵐に対しそう尋ねてみれば、相変わらずの仏頂面の五十嵐は「ない」と首を横に振る。
とにかく五条に対して鞭になるものがないか考えてみるが、なかなか思い浮かばない。
「あいつと仲がいい友達とかいないのか」
そう背凭れに寄り掛かる俺は五十嵐に目を向けた。
ステッカーやプリクラの貼られ、所々塗装が剥がれボロボロになったテーブルのその向かい側。
五十嵐と目が合う。
「いると思うか」
……いないのか。
軽はずみの質問から悲しい事実を知らされ、なんとも言い表せない気持ちになったが本人の性格が性格なだけに同情するにできない。
「あー、うーん、他に五条の嫌いなもの知ってるやつがいたらどうにかなるんだろうけどな」
「……そうだな」
なかなか頭が働かず、気を紛らすようにその場でぐぐっと大きく伸びをし嘆くように声を上げれば、相変わらずクールな五十嵐はそう言って黙り込んだ。
そして、ハッと顔をあげる。
「一人いるじゃないか」
「え?」
「五条祭の弱点を知っている人間が」
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