馬鹿ばっか


 14

 朝っぱらから掃除をする羽目になり、その間能義は勝手に岩片の拷問部屋から持ってきた拷問椅子に五条を座らせていた。そして、本題。

「あそこで何をしていたのか簡潔に述べてください。ああ、少しでも誤魔化したり嘘付けば貴方の肋を一本ずつ折っていきますので口には気をつけてくださいね」
「あ、は、はひ……能義様……どうかご慈悲をッ!」
「それは貴方の態度次第ですよ、ねえ、尾張さん」
「……お前はそういう役がよく似合うな」
「お褒めに預かり恐悦至極。貴方のためならば鬼にでも天使にでもなれる私です」

 お前が一度たりとも天使だったときがあっただろうか。この男の盲言に異議を唱え出したらきりがない。
 それで、と、革ベルトで手足腕腹を固定された五条に視線を向けた能義はゆっくりと目を開く。

「もう一度言いますよ。私は気が長い方ではありません、簡潔に、三行以内に纏めてくださいね」

 面白いほど青褪める五条に、関係のない俺まで冷たい汗が流れるのを感じた。

「わ、わかりました、言います、言います!」
「……」
「ええとですね、その、会長に頼まれて……尾張の様子を見ててくれと言われて……」
「それだけですか?」
「は、はひ!ほら、なんなら身体検査してもいいですよ!カメラも盗聴器も全部会長に取り上げられてるんで!」

 そうぶるぶると震えながら何度も頷く五条。
 その発言に、思考が停止する。早鐘打つ心臓。

「待てよ、それって……いつから……」
「ええと、いつだったかな。確か昨日――」
「……ッ!!」

 全身に電流が走ったみたいに、思わず俺は五条の胸倉を掴んでいた。頭に、血が登る。頭だけじゃない、顔から火が出そうなくらい熱くなって、汗が滲んだ。

「っ、まさか、見てたのか……?」

 絞り出した声は酷く震えた。「へ?」と目を丸くする五条、レンズ越し、狼狽えるようにこちらを見上げるその目に真正面から見詰められ、呼吸が詰まりそうになった。

「見てたって、なにが……?」
「っ、見て、たんじゃないのか……?」
「いや、えーと、確かに会長には昨夜頼まれてたんだけど俺、寝落ちちゃってさっき起きたばっかなんだよな。……あ、これ会長には秘密にしててくれよな」

 なんてすっとぼけたような顔をして笑う五条に、全身から力が抜け落ちそうになる。胸倉を掴んでいた手がずるりと落ちる。
 ――何も、見てなかったのか?……本当に?
 けど、本当に見ていたとすればこのド変態のことだ、喜んで恰好の餌にするはずだ。そう考えれば、あまりにも五条の反応は『普通』過ぎたのだ。

「……なんだよ、それ」
「どうしたんですか、尾張さん。まるで、何か見られてはまずいことでもあったんですか」
「……っ」

 するりと回された手に肩を抱かれそうになり、全身が反応する。咄嗟にその手を振り払えば、能義は「痛いじゃないですか」とやはり笑うのだ。あの腹立つまでに整った笑顔で。

「しかしまあ、会長もどういうつもりなのでしょうね。この男を使ってまで貴方を見張っていたとは」
「……知るかよ、本人に聞けばいいだろ」
「おや、尾張さんどちらへ」
「後はそっちで勝手にしてくれ。……俺は、この天井と扉の鍵をどうにかしてもらう。またでかいネズミに入られたら困るからな」

 どうせ盗まれて都合が悪いものなどない。それに、もう能義が鍵を持ってるという時点でセキュリティもクソもない。
 部屋を出て、寮の一階の管理人室へと向かう。何かしら職員がいるはずだ。
 今はただ、あの空間にいたくなかった。
 能義、あの男は恐らく何か知ってるのだろう。それとも勘がいいだけなのか、一緒にいればいるだけ隠したいものまで暴かれそうで怖かった。
 ようするに、逃げることを選んだのだ。俺は。

 それと目的は他にもあった。
 政岡の顔が浮かぶ。……能義にも言ったとおりだ、聞きたいことは本人に問いただせばいい。
 見たくねえ顔だが、それが何よりも早いということは俺は知っていた。

「はあ?天井ぶっ壊れてついでに扉の鍵を変えてほしい?お前なあ、どうやんちゃしたらそんなことになるんだよ」
「それは俺のせいじゃねーよ。能義が……」
「能義?能義ってあの能義か?」

 こくりと頷き返せば、ホスト崩れもとい担任の雅己ちゃんは「あー……」と納得したのか面倒臭そうな顔をして、そして「仕方ねえなあ」とぼりぼりと髪を掻く。
 学生寮一階、丁度売店で栄養ドリンク数本と一本で満足するタイプのシリアルバーを買おうとしていた宮藤雅己と出会ったのでそのまま事情を説明したらこれだ。
 なんで俺が能義の尻拭いしてるんだ……という理不尽な気持ちになったがもう諦めよう。

「いきなり工事ってのも難しいだろうし、それでも流石にそれは不用心すぎるしな。……一応空き部屋いくつかあったはずだ、上に聞いて今日中に移れないか確認してみるよ」
「流石雅己ちゃん、助かるわ」
「はいはい、そりゃどうもな」

 夜勤明けですみたいな疲れた顔に笑みが浮かぶ。
 能義の胡散臭いやつではなく、くしゃっとした幼い笑み。

「まあ、詳しく決まればまた言うから。……一応放課後いつでも移れるように大切な荷物とかはまとめとけよ」
「はーい」

 というわけで、要件一個目はあっさりと済んだ。
 面倒なことは宮藤がやってくれるらしい、今はただそれがありがたい。
 ふと、部屋移動になったときのことを考える。……宮藤のことだ、岩片にもなにかしら言ってくれるだろう。どうせあいつ帰ってこねえんだしいいや、俺からいちいち言う必要もないだろう。
 思考を振り払う。もうあいつの世話をする必要はないのに嫌でも片隅に顔を出してくるあいつがただムカついて、それ以上に頭に来るのはもう一人。

「……っ、政岡」

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