馬鹿ばっか


 12※

 政岡が好きという言葉を口にする度に、その言葉がまるで自分の知らないもののように聞こえるのだ。

「っ、ん、ぐ、ぅ……ッ」
「ッ、尾張……なあ、お前はどうやったら信じてくれるんだ……尾張……ッ!」

「俺はお前のこと本気で好きなんだ、お前がなんて言おうと俺は、お前のことが」好きなんだ、と繰り返し呪文のようにぶつけられる言葉に、熱に、目眩がした。
 好きなやつに、こんなことするのか普通。しない。絶対、少なくとも俺は、こんな真似。

「っ、はな、せ……誰が、お前なんか……っ」
「……っ、尾張」
「さわ、るな……っ!退け、この……ッ」

 突き飛ばそうと伸ばした腕ごと引き寄せられ、唇を重ねられる。視界が陰る。唇が、触れる粘膜が熱くて、顔を逸らそうとすればそのまま頬から耳へと唇を押し付けられ血の気が引いた。

「っ、ぁ、や……めろ……ッ」
「っ、やめねえ」
「……この……ッ」
「……ッここまできて、引き下がれると思ってんのかよ」

 濡れた唇に、吹きかかる吐息は熱い。
 恐らくそれが、やつの本音なのだろう。死なばもろとも、なんて言葉が頭を過る。
 自暴自棄になった野郎の聞き分けのなさは身を持って知っていた。演技だとしても、あのときの呆れるほどお節介なこの男を変えたのは俺だ。その罰が当たったとでもいうのか。
 腰へ回された太い筋肉質な腕に抱き寄せられれば厭でも逃れることができなかった。「政岡」と呼び止めようとするが、再度噛み付くように唇を塞がれ、言葉ごと飲み込まれる。

「っ、ん……っ、ぅ゛っ、んん……ッ!」
「っ、は、尾張……っ」

 今度は頭を動かせないように顎を掴まれ、角度を変えて執拗に唇を舐められる。絶対に、口を開けない。そう硬く唇を結ぶが、政岡は構わず俺の唇を薄皮ごとしゃぶるのだ。唇の上を丹念に舌の這う感触が、熱さが、不愉快で、それ以上に一方的なくせにまるで宝物でも愛でるようなその目、身勝手な動きが余計厭だった。

「っ、は……ッんん……ッ」

 クソ馬鹿力の筋肉野郎の拘束は硬い。何度も胸板を押し返そうとするが、手首ごと摂られて更に唇をべろべろと舐められたら妙な気分になってくる。こんなことして、何が楽しいんだ。ああ、クソ、勝手にしろ。腕まで拘束されれば逃れられない。とにかく油断しきったときこいつを突き飛ばそうと思うのに、政岡は俺の拘束を一ミリも緩めるどころか一層固くし、そして、どれくらい経ったのだろうか。
 薄暗い玄関口に響く濡れた音、ふやけた唇に、酸欠状態の頭の中は靄がかったように何も考えられなくて、気付けば抵抗することを忘れて政岡に好きに口の中を蹂躙されていた。太い舌先が潜っては何かを探すように咥内を蠢いていく。それだけでもどうにかなりそうなのに、骨太なその手のひらに臀部を揉まれる。それだけで思い出したくないことまで想起させられるのだ。

「っ、ん、ぅ……っ、んん……っ!」
「っ尾張、……はっ、お前、口の中弱いのか?」

「唾液、すげえな」と躊躇なく人の口から溢れる唾液を舐め取る政岡に血の気が引く。やめろ、と唇を隠そうとしたとき、股の間、差し込まれる膝の頭に無理矢理足を開かされるような体制になってしまう。

「っ、や、めろ……!」

 咄嗟に足を閉じようと腰を引こうとするが、背後の壁にそれを邪魔される。硬い壁と政岡の板挟みという逃げ場のない状況下、政岡は俺の下腹部へと視線を落とし、そして、僅かに目を細めた。それは、安堵したような目。

「……っ、良かった、萎えてねえみたいだな」

 その言葉に、全身の血液が一気に沸騰するように熱くなった。汗が流れる。違う、そんなわけがない。そう思うのに、股の間、潜り込んできた政岡の指に硬く凝り始めていたそこを撫でられ、喉の奥が震えた。
 なんで、俺。体中の血液が一気に政岡の手のひらの下、下腹部へと集中するのがわかり、益々混乱する。気持ちいいなんて思ってないはずなのに、頭と体が噛み合わない。
 手のひらで優しく潰すようにゆるゆると揉まれれば、それだけで腰から力が抜けそうだった。腰を引き、「やめろ」と首を横に振る俺を無視して、政岡はスラックスの上から更に強弱をつけて揉み続けるのだ。

「っ、や、め、政岡……っ、待て、おい……ッ!」

 頭の奥がじわりと熱くなり、溢れ出した熱は体中へと広がっていく。継続的に与えられるもどかしい刺激が余計性欲を刺激する。弱いところを触られれば誰だって反応してしまう、これは生理現象だ、だから、仕方ない。何もおかしくない。そう言い聞かせるが、わかってた。こんな状況で、こんな男に無理矢理触られて反応してること自体が異常だと。腰が小刻みに震え、咄嗟に漏れ出しそうな声を唇を紡いで押し殺そうとする。
 熱い。もどかしい。早く終わらせたいのに、じれったい快感ばかりが募っていき、呼吸が浅くなる。反応してしまうが、射精にまでは至らないもどかしさがただ不快だった。

「っ、く、ぅ……んん……っ」

 薄い布切れ一枚、それが邪魔をする。気付けば、直接触られればすぐに達するのではないかと思うほど張り詰めていた。滲む汗。宝物みたいに大事にするつもりなのか、人をレイプしてるくせにまだ優しさの残った手で触れる政岡が余計腹立たしかった。
 こんなに自分が甲斐性のない人間だと思わなかった。知りたくも、なかった。もどかしさに耐えられず、自分で触れそうになった瞬間、血の気が引いた。
 ――俺は今、何をしようとした?
 伸ばしかけた手に気付いたときには遅かった、政岡の手に重ねるように伸ばしかけた手を慌てて引っ込めようとし、掴まれる。

「……尾張」

 やつの切れ長な目が、こちらを捕らえる。逃げ出したいのに、隠れたいのに、それすらもできない。
 見られた、そう思った瞬間、足元が崩れていくようだった。違う、そんなつもりではなかった。俺は、そんな端ないやつではない。お前らなんかと違う、そう言いたいのに、声も出ない。唇を塞がれてるから、文字通り返す言葉もないのかすらわからない。

 ―ー岩片。
 全部、あいつのせいだ。あいつに抱かれたせいで、自分の体が自分のものじゃないみたいで。
 岩片に抱かれて喜ぶような野郎どもとは違う、そう思うのに、体と頭はまるでちぐはぐで俺の言うことすら聞かない。
 下着ごと脱がされ、勃起したものを素手で掴まれる。求めていた直接的な刺激にどうにかなりそうだった。怖くなって、逃げようとする体を抑え込まれ、玩具かなにかのように擦られる。体を捻り、壁にしがみつこうとするが、指先にはまるで力が入らない。いつの間にかに性器から溢れていた先走りごと絡め取られ、根本から先端部、裏スジまでも刺激するように硬い手のひらで締め付けられればそれだけでどうにかなりそうで。
 ぐちゃぐちゃと響く濡れた音がひたすらうるさくて、四肢から力が抜け落ちる。政岡の膝に跨るように蹲る体、それでも、政岡は手を止めなかった。我慢の糸は呆気なく断ち切られる。

「……っ、く、ぅ……ッ!」

 痙攣する下腹部に広がる熱。政岡の手のひらで受け止められるそれは性器へと広がり、自分が射精したと気付いたときにはあまりの屈辱で耳まで熱くなるのがわかった。

「っ、尾張……っ」
「み、るな……ッ!」

 情けない。馬鹿みたいだ。こんなことされて、気持ちよくなって。結局、自分が誰でもいいやつだと知らされているようで悔しくて、政岡の顔をまともに見ることができなかった。
 そんな状況でも再び頭を擡げようとする自身に吐き気すら覚えた。制服の下、やつからはもう丸見えなのだろう。隠す手段もなかった。

「尾張……っ、……俺の手で気持ちよくなってくれたんだな」

 嬉しい、なんて口にするやつではなかったが、それでも、熱に浮かされたその目に、蕩けたような笑顔に、つられて全身が熱くなる。「違う」と言いたいのに、実際射精した今、何を言っても去勢でしかない。

「っ、尾張……」
「っ、はぁ……っ、この……クソ、やろ……っ」
「尾張……っ」
「んっ、ふ、ぅ……っ!……ぅ、やめ、触るな、やッ、め……んん……ッ!」

 甘勃ちし始めたそこを再び擦られれば、それだけであっという間に完勃ちする性器に政岡は嬉しそうに目を細めた。違う、違う、これは、生理現象だ。だから。

「……っ、く、そ……っ」

 射精寸前で離れる手。あと少しでイケそうだったのに、と一瞬でも名残惜しさを感じてしまった自分に吐き気がした。そして、支えがなくとも臍にくっつきそうなくらい反り返ったそこが視界に入り、血の気が引く。

「っ、ま、さおか……っ」
「すぐイキそうなんだろ、お前。……ケツの穴すげえヒクついてる」
「っ、な……ッ」

 何言ってんだ、と言い返すよりも先に、両方の臀たぶを左右に開かれ、震えた。触れる外気に、厭でも神経が集中する最奥、政岡の無骨な指先にそっと撫でられればそれだけで腹の奥にきゅっと力が入ってしまうのだ。

「は、なせ……ッ」
「……なあ、それも演技なのか?」
「なに、言って……ッ」

 皺の数でも確認するかのように這わされていた指先が押し当てられた瞬間、つぷりと埋まる指先に、思わず口から声が漏れそうになる。咄嗟に口を手で抑えるが、政岡にそれを邪魔される。

「っ、や、めろ、っ、ぬけ、ゆび、やめ……っ!」
「クソ……まじで可愛い……なんだよ、本当……お前……なんでそんな風に俺を……っ」
「っ、いみ、わかん……っ、ねえ……っくそ、やめろ、抜けって……ッく、ぅ……ッ!」

 精液を塗り込まれ、それを潤滑油代わりにでもするかのようにぬるぬると入ってくる太い指。それが中を擦る度に声帯が震え、情けない声が漏れそうになる。やめろ、と腰を浮かそうとするが、力が入らない。俺の意思に逆らって第一関節まで入ってくるそれに、息を飲む。前にも、こんなことがあった。こいつに襲われそうになって、それで思いっきり股間蹴り上げて逃げたんだった。
 霞む視界の中、顔を上げればやつと目があった。あのときとはまるで状況が違う。

「っ、ぅ、……っ、ん……ッ!」

 視線が絡み、何を勘違いしたのかキスをされる。唇はすぐに離れたが、指は動きを進める。閉じたそこをこじ開けるように侵入してくる指に、じわじわと追い詰められるのだ。息が漏れる。苦しいとは思わなかった。それよりも、内壁、性器の裏側辺りを指の腹で揉まれればそれだけで目眩がしそうになる。どろりとした熱が腹の奥で溢れるようだった。得体のしれない何かに蝕まれるように、抵抗できなかった。

「っ、は、ぁ……っなに、や、め……っ、待っ……ぁ……ッ!」
「……っ、尾張……ここが好きなのか、お前」
「っ、ちが、ぁ……っ、そ、んなんじゃね……ぇ……っ」

 平静を保ちたいのに、コリコリと潰されるように刺激されるだけで出したくもない声が漏れ、逃げようと浮かす腰を捕らえられ更に執拗に愛撫されれば引っ張られるように宙を向いた性器から止めどなく透明の液体が溢れてくる。

「っ、ぅ、ふ……ッ!ぅ、んんぅ……ッ!」

 熱い、溶けてしまいそうなほど、頭の奥を直接愛撫されてるみたいにジンジンと甘く痺れ、腰が揺れる。駄目だと思うのに、止まらない。自己嫌悪に濡れた思考ごと塗り替えられるのだ。

「………っ、岩片の野郎にも、触らせたのか」

「ここ」と、円を描くようにぐるりと腹の裏側を撫でられ、大きく体が仰け反る。ちがう、と頭を振るが、政岡の目は熱く、冷たいままで。

「……っ、本当のこと、言えよ。……俺が全部塗り替えてやる。あいつよりもうんと優しくしてやって、うんと気持ちよくさせてやる」

 あいつのこと、忘れるくらい。なんて、そんなわけねえだろ。無理だ。アホかって頭では思うのに、その反面、強い恐怖を覚えた。なんでかはわからない。忘れるのが嫌だったとかそんなことでもない、けれどこいつの目が本気だったから。肌で感じるほどの気迫に圧され、文字通りねじ伏せられる。

「っ、ん、ぅ……ッ!」
「っ、は、柔らかいな、俺の指、すげえ吸い付いてくる……なあ、何回あいつと寝た?一回じゃねえんだろ、この肛門の柔らかさ。……昨日もやったのか?」

 息を飲む。能義と五十嵐の顔が浮かび、すぐに首を横に振ったが、政岡にはそれが嘘だと見破られたのだろう。
 大きく曲がる指先にえぐられ、声にならない声が漏れそうになった。政岡の肩を噛み、咄嗟に殺したがくぐもった声まではどうすることもできなかった。

「言えよ、尾張。……ここに何回野郎のブツ咥え込んだ?」

 腹の底から冷えるようなその低音に、無意識に体が震えた。あくまで口調は優しいが、その目は笑っていない。政岡のこんな表情、俺は知らない。当たり前だ、俺は、こいつのことを知ろうとしたことなど一度でもあっただろうか。
 それが、仇となった。

「なあ、尾張」
「っ、おまえに、かんけいな……っぁ、……っ、い……っ」
「……そうだな、一回だろうが二回だろうがお前には大差ねえもんな。俺みてーな有象無象に何されたって痛くも痒くもねえんだろうな、お前は」
「っああ、そうだよ、わかってんなら……っ」

 さっさとこんな不毛な真似やめてしまえ。そう言おうとして、その先は続かなかった。追加される指に、中で左右に広げられると開く感覚に顔が熱くなる。やめろ、とジタバタする暇もなかった。ガチャガチャとベルトを緩める政岡に気付いたからだ。

「……ッ!待、待て……政岡……ッ!」
「……待たねえ」
「っ、な……」
「さっさと終わらせたいって言ったのはお前だろ」

 制服の上からでもわかるほどのデカさに血の気が引いた。派手な下着の下、くっきりと浮かび上がったそれは既に勃起していて、ウエストをずらして性器を取り出した政岡に、俺は、思わず目を見張った。
 見たくもないのに、視線が逸らせない。ここまでくればグロテスクでしかない。限界まで怒張したそれを目先に突き付けられ、息を飲む。欲に濡れた目で見下ろす政岡は凍り付く俺の顔をぎこちなく撫でるのだ。

「……終わらせてくれ、尾張」

 乱れた呼吸に、汗ばじんだ手のひらに、乾いた唇。
 隙など、いくらでもあった。のかもしれない。けれど、押し潰されそうな煮詰まった空気の中、見えない鎖に雁字搦めにでもされたかのように体は動かなかった。

 俺が、俺が悪いのか。全部。
 押しつぶされそうになりながら、赤茶髪の後頭部を見上げ、そんなことを考える。突き飛ばして逃げようとして、捕まえられて、壁に押し付けられてそのままバックで犯される。声なんて出なかった。けれど、後頭部を掴むやつの手が震えてることに気付いた。気付いたからなんということはない。ないが、ただ、気になった。

「っ、ぅ、あ……っ、く、ぅ……っひ……ッ!」 

 甘い会話なんてない。気の利いた言葉も、優しい言葉も、あるわけねえ。聞こえるのは濡れた肉が潰れるような音と、内臓を押し潰される都度肺に溜まった空気が喉から溢れるとき出る声くらいだ。少なくとも、俺に聞こえるのはそれだけで。

「っ、ぅ、抜けッ、抜け、まさおか、ぁ」
「ッ、……ッ……」
「ぁ、っう、くひ……ッ!」

 無視かよ、なんて、突っ込む気にもなれない。凶器みてえなあのブツが今自分の中に入ってるというだけでも悍ましいのに、そんな鋭利なそれで腹の奥を何度も執拗に突き上げられる度に臍の裏側を掠め、体が痺れるように何も感じなくなるのだ。垂れ流すような射精がおかしいと気付いたときには何もかも遅くて、奥をぐちゃぐちゃに潰され、項を噛まれ、耳の裏を舐め回され、胸を揉まれる。尾張、尾張と、時折うわ言のように口にする政岡の声が聞こえたがすぐに聞こえなくなった。
 熱い、腹ン中、パイプで掻き混ぜられてるみたいだ。パイプなんて突っ込まれたことねえのに、おかしな話だと思った。

「はぁっ、クソ、尾張……なんでお前はそんなに……ッ」
「っ、ん、っふ……っ!んん……っ!ん、ぅ……っ、ふ……ッ、んん……ッ!」

 戯れに唇を重ねられ、そのまま腿を掴むようにして更に腰を叩きつけられれば更に奥へと入り込んでくるそれに今度こそ意識が飛びそうだった。セックスとか、そんなもんじゃない。もっと粗暴で、もっと露悪で、醜悪で、悍ましい、幼稚なそれ。感情をぶつけられる。それを受け止めるほどの度量などない俺にはそれは耐えられるものではなかった。それだけの話だ。それだけなのに。

「っ、ぅ、んんっ!フーッ、ぅ、んぅうっ!」

 何度目かの絶頂を迎え、床に散らばる精液を確認することもできなかった。ぶれる視界。啄むように唇を噛まれ、何度も何度も腫れるほど唇ごと愛撫される。その間も抉るようなピストンは止まらなくて、受け止められずにガクガクと痙攣する下腹部を捕らえたまま政岡は無我夢中で更に腰を動かすのだ。その内皮膚が溶けて混ざり合って本当に繋がってしまうのではないのか、そう思うほどの熱に、もう理性など残ってはいなかった。そこにいるのは交尾に耽る動物だけだ。

「っ、ふ、クソ、クソ……っ、なんで、そんなに……っん、ぅ、お前……可愛いんだよ……お前俺にレイプされてんのに、そんな……ッ、なあ、尾張……っ、それも、それも演技なのか……っ?」
「……っ、ぁ、ひ、っ、や、うご、くな……っ、中、ぁ……っ!」
「あいつにも、こんな風に縋ったのかよ……なあ、尾張……っ!」
「っ、ぁ、っ、ちが、あ、く、ぅ……っ!」

 殺される、こいつに。全身を食い潰され、骨の髄まで、貪り食われる。逃げないと。そう思うのに、ガッチリと抱き締められた腰は固定されたまま動かない。それどころか、根本まで咥えさせられれば膝から力が抜けそうになる。
 壁に縋り付くが、すぐに抱き締められ、更に密着する体に押し潰されそうになった。体内奥深く。腹の奥に埋まった限界まで膨張していたそれが痙攣し、次の瞬間ぶちまけられる熱に思わず声が漏れた。

「ハ……ッ、ぁ、ふ……ッ」

 どく、どく、と。流れ込むのは鼓動と夥しいほどの熱量。受け止められないほどの精液は、それでも栓されたせいで腹の中で行き場を無くしてはぐるぐると巡る。気持ち悪いはずなのに、全身がその熱に宛てられ痺れるようだった。けれど、射精したにも関わらず肝心の政岡のものは萎えるどころか勃起したままで。

「――っ、へ」

 そのまま、再び腰を動かし始める政岡。
 僅かな隙間を縫って溢れ出した精液が腿を濡らす。更にそれを潤滑油代わりにぬるぬると内壁全体へと塗り付けるように腰を動かす政岡に全身が凍り付いた。

「まっ、ぬ、抜け、っぬ、けってば……ッ!」
「……っ、今度は、ゆっくり、優しく、するからな……っ、尾張……」
「ぁ、やめ、動くな……ッ!」

 腹の中で波立つ精液の感触に全身が粟立つ。嫌なのに、先程以上にスムーズに動くそれは緩急つけて的確に俺のいいところを擦るのだ。その都度体が否応なしに反応してしまい、それに気付いた政岡に執拗に先端で嬲られる。

「ッハ、ぁ、あッ、く、ぅ、んん……ッ!」
「っ、尾張、すげえ……可愛い……っ、なあ、もっと声聞かせろよ……っ、なあ……」
「っ、ん、ぅ、う……ッく、ひ……ッ!」
「っ、尾張……ッ!」

 肌同士がぶつかる音と腹ン中でチャプチャプ波立つ音。わけわかんねえ。わかりたくもねえ。一番わかりたくねえのは、一向に萎えない自分のブツだ。
 政岡のもので奥をグリグリされるだけで思考が飛びそうになり、何も考えられなくなる。いっそのこと、全部わけわかんなくなってしまえばどれほど楽だろうか。この地獄のような時間の中、恐ろしいほどの快楽に何度絶頂したのかもわからない。空っぽの精巣は何をひり出そうとしてんだろうか、ずっと勃起していたそこは最早痛くすらあった。
 目が合えば当たり前のように唇を重ねられ、何度も角度を変えて唇を吸われた。酸素どころか唾液ごと吸われ、もうなにななんだかわからないまま政岡は二度目の射精を俺の腹の中で迎えた。

 それからまた萎えるどころか更に勃起したやつに今度はソファーに押し倒されて正常位で抱かれた。正面から唇を吸われ、何度も噛まれ、手を繋ぐかのように掴まれたまま犯される。滑稽だと思った。恋人でもねえのに恋人繋ぎ。笑えねえ。

 四度目かは記憶が定かではない。もう夜は更けていた。最初は岩片が帰ってきてくれないかなんて思っていたが既にそんな思考はなかった。ここがどこなのか思い出したのは岩片のベッドに押し倒されてからだ。
 岩片に犯された、あのベッドに。

「ん゛っ、ぅ、んぐ、ふッ、ぅ!んんぅうっ!」
「っ、腰、止まんね……クソエロい……っ、なんだよ、なんなんだよ、お前、まじで……ッ」
「っ、な、にひ、ッてぇ……ッんんぅっ!」

 諦めきっていた俺は、動揺した。岩片の匂い、政岡の熱、あべこべの現実に頭が追いつかなかった。もしこんなところを岩片に見られたら、気付かれたら、知られたら。
 もうあいつとは何でもないとわかってるはずなのに、そんなことを考えた途端心が乱される。何度も中出しされ、疲弊しきって何も感じないと思っていた頭に、動揺が蘇る。それを自覚した瞬間、快感は恐ろしいほど膨れ上がった。

「ぁ゛、くひっ、ぃ、やめ、奥ッ、や、いやだ、や、め」
「ッ、可愛い……可愛い……まじ、ああ、くそ、なんだよお前……わざとだろ、それ……ッ!じゃなかったら、お前は……っ」
「も、や……っ助け……っ、いわか、た……っ」

 瞬間、腰を掴んでいた政岡の手が震えた。一瞬、自分が何を口走ったのかもわからなかった。ただ、凍り付いた政岡の顔に、見開かれた目に、自分がとんでもないことを言ったのだというのを理解した。

「……今、なんつった?」

 底冷えするほどの冷たい怒りを孕んだ声だった。見たことも聞いたこともない政岡の様子に、その空気に、全身が震える。瞬間、膝裏を掴まれたまま大きく足を折られた。そして、叩きつけるようなピストンに、その勢いに思考が飛ぶ。声もでなかった。先程までの、荒々しいものの優しさのあるそれとは違う、それは力任せの暴力だった。

「……っ、クソ……尾張、そりゃ、ねえだろ……なぁ、尾張……ッ!」
「っく、ひ、ぎ……っ!」
「っ、まだ足りねえんだろ?なあ、そうだろ、そういうことだよなぁ……っ!」

「……っ、奇遇だな、俺もだ」耳朶を噛まれ、鼓膜へと直接流し込まれるその呪詛のような言葉に、全身が震えた。しまった、と思ったときにはもう遅い。いやもう、なにもかもが手遅れだった。

 馬鹿で、アホみたいにお人好しで、おまけに単細胞。それでいてコーラが好きで、肉も好きで、少しのことで一喜一憂するような男だと思っていた。
 否、その認識は間違ってないのだろう。俺が、この男を豹変させたのだ。それが元々隠された本性だとしても、そうじゃないとしても。

 最早声にならなかった。
 下半身の感覚もなくて、ただ、痺れるような快感だけはしっかりと伝わってきていた。何回分の中出しされたものが掻き混ざり、ドロドロに汚れたシーツの上、政岡はそれでも萎えることなかった。けれど、ちっとも気持ち良さそうではないのだ。まるで親の仇でも見るみたいな顔で、俺を見下ろす。
 顎を捕まれ、正面を向かされる。
 キスされる、と思った矢先太い舌先に唇を割られ、喉奥まで挿入されるそれに上顎を嬲られる。

「ふ……ッ、ぅ、んん゛ッ、ん、ぅうう……ッ!」

 上と下同時に挿入され、掻き回される。舌に歯を立てて追い出してやろうと思うのに顎に力が入らなくて、甘噛み程度しかできないのが余計政岡に火を着けたらしい。掻きむしるように後頭部を掴まれ、何度も深く口付けされる。
 厚い舌に舌根ごと絡み取られればそれだけで腰が疼いた。条件反射。キスを愛撫だと叩き込むように教えられた頭はもうなんでも性交渉だと受け取るようになっていた。
 精液が泡立つほどのピストンに、下腹部腹の中で響く粘った音に、混ざる唾液、汗ばんだ肌。
 振り落とされないように、押しつぶされないように、必死に政岡の背中にしがみついた。爪を立て、強く、はずれないように。それでも政岡は痛がるわけでもなく、あまりの快感に掻き破る皮膚から血が滲もうと、ただ俺を犯すのだ。

「っ岩片の野郎にもンな可愛い顔したのかよ……ッ、なあ、そんな可愛い声で……ッ!クソッ!」
「っ、ぉ、かし、お前っ、あたま、まじ……ぃ、いかれてんじゃ、ねえの……ぉお……っ!」
「っは、今更かよ……っ、まともなやつがんなことするわけねえだろうが……ッ!」
「っ、く、ぅひ、ぁ、ぐうう……っ!」
「……っお前のせいだ、お前が、あまりにも可愛すぎるから、俺に優しくするから、太陽みてーに笑いかけてくるから……っ!」
「し、らね……え……そんなの……っ!」
「お前がそんなつもりじゃなくても、そうだったんだ」

「お前が、お前を見る度にどんどん好きになってく、お前のせいで……っ」俺は、と口にする政岡の語尾は震えていた。声だけではない、腿を掴む手のひらも。
 とうとう政岡の声が聞こえなくなったとき、ぽたりと、生温いなにかが頬に落ちた。目を開けば、そこには。

「っ、ま、さおか」
「く、そ……ッ!クソ、クソっ、クソ……っ、なんで、こんなに気持ちいいんだよ、なんで……ッ!」

 どうして、と子供のように繰り返す政岡は、濡れた頬を拭うこともせず、ただ、手探りで俺を抱く。本当に、馬鹿なやつだ。馬鹿だ。馬鹿みたいに不器用で、真っ直ぐで。
 俺にとっての太陽は、お前だった。
 岩片しかいなかった俺に他の道を教えてくれたのも、お前だった。照らして道を示してくれて、手を引っ張って連れ出してくれたのも――。

「尾張……っ、尾張、クソ……ッ!」

 ああ、本当に――なにやってんだろうな、俺。
 俺はこいつを泣かせたかったのか、傷つけて、全部嘘だって笑って、その結果がこれだ。俺も、こいつも、満身創痍。これこそ馬鹿じゃねえか。
 伸ばしかけた手、その肘から先は動かなかった。ぶつりと途切れ、闇へと飲み込まれる意識の中、あいつの頬を拭うことすらできなかった自分に後悔したことだけがやけに残ってた。そんな義理なんてないはずだと思う頭の奥底、罪悪感に胸が焦がれた。本当に、滑稽だ。

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