馬鹿ばっか


 01

 翌日。
 既に制服に着替え終えている岩片に起こされ目を覚ました俺は、寝惚け眼のまま支度をする。

 登校初日。
 食堂で朝食を済ませた俺たちは、そのまま校舎へ移動した。
 相変わらず閑散とした校舎内にて。岩片とともに職員室へやってきた俺は、教室の場所を聞くために新しいクラスの担任になるらしい教師を探すことにした。が、案外早く見つかる。

「おー転校生か」

 職員室の奥。
 扉から顔を出す俺に気が付いたその男は、持っていた煙草を灰皿で潰しながら椅子から立ち上がる。
 だらしなく着崩したスーツに、どこぞのホストのような染めた髪。
 入る場所を間違えたのだろうかと心配になるほどの場違いなその男は、「こっち来い」と軽く顎でしゃくった。なんだか物凄く行きたくない。

「はぁーい!」

 そんな俺を他所に、きゃぴきゃぴとはしゃぐ岩片はそのまま職員室に入った。
 こいつさっきまで「職員室とかまじだるい」とか「お前一人で挨拶しろよ俺待ってるから」とか言ってたくせにイケメン見つけた途端これか。
 相変わらず節操がない岩片に頭痛を覚えながら、俺は後を追うように職員室に入る。

 校舎内、職員室。
 煙草の煙が充満したそこに居心地の悪さを覚えながら、俺は岩片が待つホスト教師の元へ向かう。

「岩片と尾張だな。俺はお前らの担任になる宮藤雅己だ」
「へぇーマサミちゃん!よろしくな!」
「ああ、よろしく。せめて雅己先生な」
「よろしく雅己ちゃん」
「お前もか」

 悪ノリする俺たちに笑みを引きつらせるホスト教師、宮藤雅己はすぐに頬を綻ばせ「まあ、よろしくな」と笑った。
 派手な容姿とは裏腹に意外とフレンドリーな教師のようだ。少し安心する。

「じゃあ、早速だけど教室に行くか。教材なんかはまだ用意できてないからクラスのやつらに適当に貸してもらえよ」

 まあ、いきなりの転校だったしな。そうなるわな。
 宮藤の問い掛けに対し「りょーかい!」と元気よく答える岩片は早速宮藤になついているようだ。
 見境ねえななんて思いながら、俺たちは宮藤とともに職員室を出る。


「そう言えばさっきから生徒見かけないんだけど、もしかしてなんかイベントでもやってんの?」

 教室へ向かう途中の廊下にて。
 岩片にまとわり付かれ、それを引き摺りながら歩く宮藤に先程から気になっていたことを尋ねれば、宮藤は「ん?」とこちらに目を向ける。

「ああ、この時間はいつもこうなんだよ。まあ、真面目組はとっくに教室入りしてるだろうしな」
「へー、じゃあ俺らちょーまじめじゃん」
「そうだな、お前らは遅刻寝坊無断欠勤早退しないようないい子のままで居てくれよ」

 そう笑いながら言う宮藤に、岩片は「マサミちゃんに頼まれたら断れるわけねーじゃん、俺頑張っちゃう」とぶりぶりしながら宮藤に抱き着く。
 あからさまな岩片のスキンシップに対し、宮藤は「おー頑張れ頑張れ」と他人事のように笑った。
 どうやら同性からのスキンシップに慣れているようだ。
 顔色一つ変わらない宮藤に尊敬しつつ、岩片が調子に乗り出す前に俺は宮藤から岩片を引き剥がす。
 歩きながら宮藤から学校のことについて簡易な説明を受けること暫く。宮藤は一つの教室の前に止まった。

『2ーA』
 扉の上のプレートにはそう記入されている。
 先程、宮藤からクラス分けについて家柄や能力やらで分けられていると説明を受けたがよく聞いてなかったので忘れた。
 どうやら二番目にいいらしく、もう一つ上に『Sクラス』と言うのがあるらしい。
 岩片は最初Sクラスに振り分け予定だったらしいが、駄々を捏ねAクラスに落としてもらったようだ。
 俺としては是非Sクラスに行ってもらいたいところだったが、こうなったらしょうがない。

「呼んだら入ってこいよ」

 そう言い残し、宮藤は教室の扉を開く。
 そして「うおっ」と小さく声を上げた。

「なんでお前ら朝から全員揃ってんだよ」

「いつも昼まで来ねーくせに」こえーよ、と言いながら宮藤は教室に入っていく。
 Aクラス前。教室では宮藤がなにやら話していた。
 廊下に残された俺は、アクビをしながら教室の扉に目を向ける。

「マサミちゃん、イケメンだよな」
「お前本当そればっかだな」
「なんだよ、妬いてんの?かわいいなあハジメは」

 そうにやにやと口許を弛ませる岩片に、どっからそんな発想が出てきたんだと呆れる俺。
「お前が男にちょっかいかける度に妬いてたら身ぃ持たねーっての」そう苦笑を浮かべれば、岩片は「それもそうだな」と可笑しそうに肩を揺らした。

「二人とも入ってこい」

 不意に、教室の方から宮藤の声が聞こえてくる。
 岩片に目を向ければ、既に岩片は教室の中へ入っていた。
 どんだけ張り切ってるんだ、あいつは。
 緊張感を微塵も感じさせない岩片に、なんだかこっちが緊張しそうになりながらも俺は教室に入る。
 途端、全身に突き刺さる教室中の視線と小さなざわめき。
 視線自体慣れているのであまり気にならなかったが、問題は岩片だ。
 見た目だけでもあれなこいつがいつ何仕出かすかがただ心配で、俺はなんだか気が気でなかった。
 教卓の前。

「今日からこのクラスの一員になる岩片と尾張だ。お前ら、仲良くしろよ」

 俺の側に立つ宮藤は、そう教室全体に声をかける。
 そして「ほら」と視線を向けてくる宮藤。どうやら自己紹介をしろと言っているようだ。あまり気は進まなかったが、俺は渋々頷き返す。

「××学園から転校してきた尾張元って言います。どーぞよろしく」

『××学園』と名前を出した途端、教室が騒がしくなるのがわかった。
 まあ、有名っちゃ有名だし田舎では珍しいのだろう。
 俺的最高の笑みを浮かべながら言えば、前列のやけに中性的な童顔の男子生徒が顔を赤くするのがわかった。別に男に頬染められるのも珍しいことではないのでいちいち気にしない。

「同じく××学園から転校してきた岩片凪沙。よろしくな!」

 そして、隣の岩片は相変わらずのテンションのまま続ける。
 先程とはまた違ったざわめきが教室に起きた。
「ヲタク?」「コスプレ?」「濃っ」そう各々好き勝手口にするクラスメート。
 まあ無理もない。俺だってこいつを初めて見たときはビビったし。
 岩片がそんな人の反応を見て楽しんでいるとわかっている今、なんとも言えないわけだけど。

「じゃあ、二人は奥の空いてる席に座れ。側のやつは教科書を見せてやるように」

 そう宮藤に促され、俺は教室の奥に目を向ける。そこには確かに二つ空いた席が並んでいた。
 岩片に目配せをした俺は、先に席へと向かう。
 途中「元くーん」と茶化すように声をかけられ、笑いながら軽く手を振り返したり色々ありながらも席がある場所へと辿りつく。左隣には岩片、右隣にはお洒落眼鏡をかけた生徒が座っていた。

「よろしくな」

 なにやら携帯電話を弄っていたその眼鏡の男子生徒に声をかければその男子生徒は少し目を丸くし、咄嗟に「ああ、よろしく」と人懐っこそうな笑みを浮かべる。
 よかった、まともそうだ。
 昨日知り合ったメンツがメンツだっただけに、比較的一般的なその男子生徒に内心安心する。

 隣の席のやつと軽く会話を交わし、HRが再開される。
 岩片と言えばちゃんと大人しく宮藤の言葉を……聞いてなかった。普通に隣のやつにちょっかいかけてた。
 どうやら隣の席の生徒は携帯ゲーム機を持参していたらしく岩片は「なあなあなにやってんのお前、ゲーム?ちょっと貸せよ。俺転校生だからそーいうの憧れてたんだよな」と笑顔でカツアゲをしている。転校生も糞もないだろ。
 岩片の隣のやつがあまりにもいたたまれなかったので、俺は止める代わりに岩片の机を軽く爪先で蹴る。
 ちらりとこちらを一瞥した岩片は、「なあなあ!」と再び隣のやつに絡み始めた。
 無視だと、こいつ。

「尾張、だっけ。名前」

 不意に、俺の隣の席のお洒落眼鏡がそう尋ねてくる。
 一瞬なんのことやらと思ったが、どうやら名前を聞かれているようだ。

「ん?ああ、そうだけど」
「もしかしてさ、尾張って王道く……」
「王道く?」
「や、違う!間違えた!今の無しね!……その、岩片君と仲良かったりすんの?」
「仲良いっつーか、まあ腐れ縁みたいな」
「腐れ縁!腐れ縁ね、なるほど。腐れ縁かあ、いいよな、腐れ縁!まじで甘酸っぱいよな!」

 甘酸っぱい?甘酸っぱいってなんだ。
 俺の言葉を聞いてやけにテンションが高くなるお洒落眼鏡。
 岩片とはまた違うハイテンションぶりに内心戸惑いつつ、「そこまでねーよ」と小さく笑う。

「いや、あるって。腐れ縁ほど強い絆はないから。もしかして幼馴染みだったりすんの?家が近所で昔から家族ぐるみの付き合いとかさ、あんじゃんよく」
「き……絆?んや、たまたま同じ学校に引っ越してきたのが岩片で、知り合って余裕で一年も経ってねーってくらいの赤の他人。そんな大袈裟なものじゃないから」

 饒舌なお洒落眼鏡に気圧されながら、負けじと俺は厄介な勘違いをされないよう先に釘を刺すことにした。
 すると、俺の言葉にお洒落眼鏡のテンションがやや下がる。すごく分かりやすい。

「つか、なに?尋問みたいな?」
「あ、そうだまだ名前言ってなかったっけ。俺、五条祭(ごじょうまつり)って言うんだけど、新聞部と写真部掛け持ちしてんの。んで、今のはちょっとしたインタビュー?」

 そう笑うお喋りな眼鏡もとい五条祭は、「後で写真撮らせてよ」と付け足す。
 なるほど、通りで先程からやたらしつこいと思ったら。
 せめて最初から名乗ってくれたら少しは気の利いた返答をするのに、と思ったがこれが五条なりの遣り方なのかもしれない。まあ別に不味いことは言ってないのでどっちでもいいのだけれど。

「写真くらいなら別に構わねーけど、金貰うからな」
「いくら?」
「一枚三万」
「流石元お坊ちゃん学園生徒……!俺の財布に厳しい……!」

 そうぐぐぐと歯を食い縛る五条に、俺は「冗談に決まってんだろ」と肩を揺らし笑った。

「俺写り悪いからしっかりしてくれよ」
「大丈夫大丈夫!写真部のゴーストと呼ばれた俺に任せろよ!」

 ゴーストって幽霊部員って意味じゃないのか大丈夫なのかそれは。
 満面の笑みで返してくる五条。ジョークなのかただの馬鹿なのかわからなくなってくる。

「なにそれすげー強そうじゃん。んじゃ、後で好きなだけ撮れよ。フィルムの無駄になってもしらねーから」
「いやいや、尾張写ってるだけでいいんだって。がっぽり稼げるし」
「え?」
「え?」
「いや、今がっぽり……なに?」
「ん?んーんー。あ、HR終わった。次移動教室だっけ面倒臭ぇー、尾張場所わかる?」
「いやいやがっぽりなに?」
「わかんねーなら一緒行こうぜ。なんなら教科書貸すし、昨日ジュース溢したから少し匂うけど」

 溢すなよ。じゃなくて、なんで無視するんだこいつ。
 あからさまに自分の失言をなかったことにしようとする五条は、椅子から立ち上がりながらそうしらを切る。
 どうやらHRが終わったのは本当のようだ。五条とくっちゃべっていた間に教卓前の宮藤の姿はなくなり、何人かが机の周りを囲んできた。
「元くんってさー彼女いんの?」「教室一緒行こうよ」「後で校舎案内するし」「知り合いに可愛い子とかいないの?紹介してよ紹介」などなど、俺と五条の間に割り込むよう話しかけてくるクラスメート数人。最後のやつに至ってはこっちが紹介してもらいたいぐらいだ。

「お前らこっちが話してるときに割り込んでくんじゃねーよ。今お取り込み中!」

 そう五条はきゃんきゃん吠える。先程まで話逸らそうとしてたくせになんて思いつつ、こういった転校生イベントは寧ろ嬉しいので俺はなにも言わない。

「んだよお前イケメンに食い付きすぎなんだよ」
「自分のクラス戻れよ」
「このハイエナ野郎」

 そうぷりぷりと怒り出すクラスメイトたちの言葉に、俺は「えっ」と目を丸くした。
 今自分のクラスっつったよな。

「くそっネタばらし早えーんだよ、空気読めよモブ共が」

 驚いた俺はそのまま五条に目を向ける。イラついたように舌打ちをする五条は、ぼりぼりと頭を掻く。そして、呆れる俺を見て可笑しそうに笑った。

「っつーことで、三年E組五条祭。新聞部部長やってます!よろしくね、爽やか君」

 初めて教室で仲良くなった好青年は、全く関係ない一個上の先輩でした。

「三年って、え?なんでここいんの?」
「もちろん噂のイケメン転校生を見にきたに決まってんじゃん」

 自覚してるがそこまでハッキリ言われるとやっぱり照れるな。
「っていうのは冗談だけど」冗談かよ畜生。

「さっき言ったじゃん、写真写真」
「ああ、あれね。じゃあさっさと撮って早く教室戻ったら?怒られるだろ」
「大丈夫大丈夫!いつものことだから!」

 全くもって大丈夫じゃない。
 あまりのルーズさに呆れる俺を他所に、五条は「んじゃ、外野邪魔だし場所移動しよっか」といいながら立ち上がる。

「は?移動ってなに」
「ん?写真だって、写真」
「そんだけでわざわざ移動すんの?そんなに本格的な感じなわけ?」
「や、尾張が移動したがるだろうなーって思ったんだけど、めんどい?そんならここでもいいけど」

 そう言いながら五条は制服からカメラを取り出す。
 おおっなんか写真部っぽい。
 笑いながらそれを顔の前に翳す五条は「じゃ、リクエストとかしちゃってもいいかなあ」と尋ねてくる。

「リクエスト?俺に?」
「うん、恥い?」
「結構……。つかなに、リクエストって」
「ううん、まあ取り敢えず服脱いで」
「ああ、服。なるほど。全部?」
「あ、いや着たままで。ちょっとこっちに背中向けたまま机の上に腕乗せて、そうそう、そんでケツを突き出す感じでこっち見てよ。あ、下は膝上まで脱がす感じで「いやちょっと待ってなにこれなんの撮影?」

 岩片のセクハラのせいで色々感覚が鈍っていた俺はつい五条の口車に乗せられそうになり、クラスメイトたちの目の前でベルトに手を掛けたところで踏み止まる。よくやった理性。

「いやだから写真だって」
「いやいやいや、なんの写真だよ。しかも注文が多いんだよ」
「だってリクエストだから仕方ないじゃん!我が儘言うなよ被写体のくせに」

 畜生被写体様を見下しやがってこいつ。
「誰だよリクエストしたの」そう顔を引きつらせながら問い質せば、五条ははわわと慌てて口許を手で塞ぐ。すごく萌えなかった。

「なあ、誰が写真部にそんなリクエストしたんだよ」
「そんなイケメンスマイルで迫っても言わないからな!なんたってうちの部は匿名主義だからな!言わないからな!」

 なにが匿名主義だ。面倒だから言わないだけだろ。
 そうわざとらしく語気を強める五条に、俺はカメラを持つその手を掴み「なあってば」と指先に力を込める。

「……の、能義様ですぅ」

 素晴らしいくらいの弱さだった。

「能義?能義って生徒会の?」

 予想だにしてなかったまさかの名前に俺は素で驚いた。まさかここで副会長の名前を聞くハメになるとは。
 こくこくと弱々しく頷く匿名主義者は、「能義有人だよ。二年E組生徒会副会長で去年会長との喧嘩が原因で留年した能義様だよ。校内で1を争う実力を持っていると噂だけど喧嘩している姿は一度も見られたことない有人様だよ。因みに趣味は後輩嬲りだよ」とベラベラ個人情報を口にする。
 聞いてもないことまで口にする五条に、情報を持っていることが確かなことと五条の意思が豆腐より柔らかいことだけ理解できた。

「なんで能義が……っていうか、そんなリクエストまで受けてんのかよ写真部は」
「いや、受けたのは俺個人。うちの部はまじ健全だよ!ちゃんとモザイク入れるし」

 ちゃんと修正はするんだな。そりゃ確かに健全だわってバカか。
 あまりにも頭が痛くなる五条の発言についノリ突っ込みまでしてしまう。
 わざとボケているのかなと思っていたが、どうやらこいつはまじのようだ。

「じゃあ断ってこいよ。そんなやらしいやつならお断りだから。清純派で売ってくつもりだから俺」
「ええ、ダメダメダメ!尾張に拒否権とかないから!」

 さらりと渾身のボケを流されつつ、五条はないないと首を横に振る。
 あまりの拒否っぷりにこっちがビビった。そして顔が腹立つ。
 ……取り敢えず話を聞いてみた方がいいかもしれない。そう判断した俺は、「なんでだよ」と五条に聞き返す。

「なんでって、そりゃあ……」
「私に弱味を握られている、からでしょうかね。フレーズ的に」

 不意に、聞き覚えのある艶かしい声が背後から五条の台詞を遮るように聞こえてきた。
 出た、また背後だ。咄嗟に身構えた俺は、慌てて後ろを振り返る。

「どうですか?新しいお友だちはできましたか、元さん」

 いつの間にか俺の背後に立っていた能義は、そう笑いながら尋ねてきた。
「能義」「ふ、副会長ぉ」不意に俺の声と五条の情けない声が重なる。
 相変わらず神出鬼没な能義に、俺はじんわりと背中が寒くなるのを感じた。

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