馬鹿ばっか


 01

 あの神楽への宣戦布告のあと、自分がどうやって部屋に戻ってきたかわからない。
 岩片に引っ張らてたのは間違いないだろうが、その時俺はどんな顔をしていて何を考えていたのかまるで思い出せないのだ。
 唯一思い出せることといえば、焼けるように火照った顔と、時限爆弾か?ってレベルの鼓動を刻む心音。
 そして、腕を掴む岩片の手の感触。

『おい、他の馬鹿生徒会の連中に言っておけ。……コイツが誰かに惚れるわけがねえ。惚れさせねえ。……つーか、誰にも渡さねえから』

 ベッドの上、寝かされていた俺は頭の中で何度反芻したかもわからないそれをまた思い描いてしまっては枕に顔を埋めた。
 ……ずっとこんなことばかりを繰り返してる。
 考えないようにしようとしてもあのときの岩片の声が、目が、熱がこびりついて外れない。

 これが、あの男の恐ろしさということか。
 何人もの人間を夢中にし、堅物な相手すらもまるで別人かのように夢中にさせていた。傍から見てどんな脅迫をされたのかと思っていたが、今なら少しだけ分かる……ような気がした。

 あの後、部屋に俺を連れ帰った岩片は何を言うわけでもなく俺をベッドに寝かせた。
『熱が高い』そう言う岩片に言われるがまま体温を測れば確かに平熱以上の体温が表示される。
 なにが原因なのか考えたくもなかった。

「とにかく安静にしろ。今のお前に何言ったところで話にならなそうだからな」

 話はその後だ。そう、俺に解熱剤を飲ませた岩片はただ静かにそう口にした。
 分かっていた。なかったことになったわけではないと。
 許されたわけでもない。分かっていたけれど、それでも俺の体調を優先してくれる岩片には驚いた。

「いいか、今度勝手に出ていくような真似したら……あっちの部屋に縛り付けて寝かすからな」
「……分かったよ、大人しくしてる」

 岩片は最後まで信用してなさそうな顔をしていたが、前科のある俺からしてみると弁明の余地もない。
 その視線に居心地の悪さを感じながら、岩片の用意した氷枕の上に横たわっていた。
 岩片は「飯、用意してくる」とだけ言い残して部屋を出ていった。
 俺の鍵も携帯も全部岩片に取られた。おまけに部屋の外から施錠される。普段ならば冗談じゃないと思うのだろうが、本調子ではない今岩片がいなくなったことだけでもだいぶ落ち着くことができた。

 そして、現在に至る。
 岩片がいなくなればゆっくり休めるだろうと思っていたが、そんなことはなかった。
 目を閉じれば岩片のあの言葉が蘇る。そして、体は休まるどころか反応してしまうのだ。
 神楽は、どうしてるだろうか。……岩片の耳にはどこまで入ってるのだろうか。俺が能義や五十嵐としたことも全部、政岡のことだって聞いてるかもしれない。そう思うと気が気でなかったが、もし聞いた上でこうして俺の世話を焼いてくれてるのだとしたらあいつは相当の変人だ。

 熱が上がってきたのか、それともようやく横になることが出来て体の緊張が解れたのか。徐々に上がってくる体温に充てられぼんやりとした意識の中、俺は天井を眺めていた。

 岩片は、どういうつもりなのか。あんなことを神楽に言って……あれも、ゲームを盛り上げるための舞台装置のための演技なのか。
 普通に考えてそれしかない、あの酔狂な男のことだ。俺への嫌がらせもあるのだろう。
 それとも俺の反応を見て楽しんでるか。……その両方か。

 あいつは強欲だが、モノ自体に固執することはない。
 手に入れるまでのその過程に興を覚えるタイプで、どんな孤高の花と呼ばれた美人相手でもあいつは実際に手に入ってしまえばすぐに飽きた。
 それまで一日中いた相手でも、すぐに別のターゲットを見つければ鞍替えする。
 どれだけ泣きつかれようが愛を謳われようがキレられようがあいつのその性根は変わらない。
 だから、あいつの敵は多かった。
 妬み僻みの類は勿論だが、その大半はあいつに遊ばれ捨てられた元恋人たちだ。
 それでもいいと犬に成り下がった人間もいるが、全員が全員そんな寛容な変態ではない。
 岩片の親衛隊長になってから、岩片へ愛憎をぶつけるそいつらを鎮めることも少なくはなかった。というか、最初はそれこそそればかりだった。

『どうしてお前が、なんなんだよお前、あいつに惚れてるのか?どうしてお前なんか、僕の方があの人のことを……』

 甲高い声でキャンキャン吠えられては似たような言葉をぶつけられる。捨てられた立場からして恋人でもなければセフレでもない俺という存在が邪魔で邪魔で仕方なかったのだろう。
 当時は『そんなわけないだろ』と笑って返していた。
 だってそうだ、俺があいつを好きになる?そんなわけがない。天と地がひっくり返っても俺は、あの男に惚れない。
 そう言い切ることができたのはやはり、岩片に捨てられてきた人間を間近で見てきたからか。
 けど、今はそれだけではないというのが分かった。
 岩片があの時親衛隊長に俺を選んだのは、俺が誰かを好きになることがないからと踏んでいたからだ。
 裏切られるくらいなら誰も信用しない方がましだ。
 そう決め込んだ俺だから、それを見抜いた岩片は俺を選んだ。

 岩片は無茶苦茶で、下半身と脳味噌が直結したような男でおまけにゲーム好きで周りを巻き込もうとする。
 唯我独尊を体現したような道楽男。
 けれど岩片と一緒に行動するようになって俺は、あいつの秘密に気付くことになった。
 他人が望むもの、地位も文武も容姿も生まれてきたときから全て持ち合わせていた岩片凪沙の秘密。

 ……あいつは、まともに恋をすることができない。

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