馬鹿ばっか


 48

最悪なんてものではない。
なんでこいつが、とかそんなツッコミをしてる場合ではない。
二人に挟まれたこの体勢をよりによってこの拗らせ潔癖野郎に見られた。
その事実に、目の前が真っ暗になっていく。


「き、き、貴様ら何をしている?!」


声が思いっきり裏返っている。野辺も野辺でまさか現在進行形で不純行為が行われてるなんて思いもよらなかったらしい。
それは俺だって同じだ。誰がこんなことになるなんて予想できただろうか。


「チッ……うるせえやつがきた」

「まったく……彩乃がきちんと鍵を掛けておかないからですよ。……あ、萎えました」


「っ、いいから、退けッ!」


何を人に突っ込んだまま呑気に話し合ってるんだ。一秒でも早くこの状況から逃げ出したいのにも関わらず俺から手を離そうとしない二人にいい加減痺れを切らし、能義を蹴ろうとする。が、まるで力が入らない。
それどころか。


「……っ、むがッ」

自分の肩口へと顔を押し付けるように、能義に抱きしめられる。野辺から顔が見えないようにしてくれているのかと思ったが、まさかこいつにそんな配慮があるとも思いづらい。


「おや風紀委員長……ノックもなしに勝手に入るなんて不躾ではありませんか?」

「そんなことはどうでもいい、この神聖なる学園のッ!中でも最も崇高なる生徒会室でそのような下劣な……というか何をしてる?!二人がかりなどとは悍ましい……ッケダモノか貴様ら?!」

「……おい要件をさっさと言え、会長ならここにはいねーぞ」

「そうか、なら無駄足だったようだな。……って、貴様そう言えば俺が見逃すと思ってるのか?!今までは大人しくしていたから黙っていたが裏ではやってることはあの猿野郎どもと同じ、否、それ以上に悪質ではないか!!」


いつもならば過剰反応すぎやしないか?と呆れていた野辺の言葉だが今この状況では同意せざるを得なかった。というかこいつの反応が正常のようにすら思えるのは俺がこの生徒会の裏の顔(というか元々隠されてもいなかったが)を見てしまったからだろうか。
野辺がまともに見えて仕方ない。


「何をそう騒いでると思えば……貴方の心配するような事実は何もありませんよ。寧ろこれも慈善活動の一端のようなもの。……この子がこういった行為に慣れないというので私達は手伝ってあげていたんですよ」


「ねえ?」と囁きかけられ、ドサクサに紛れて人の腰をぐっと寄せる能義に堪らず飛び上がりそうになる。声を聞かれてはまずい、そう我慢してるのを知っててだ。
ぶん殴ってやりたいが、この場をどう収めるべきかを考えても考えてもわからない。野辺なら、助けてくれるのではないか。もうこの際野辺でいい。助けてくれ。
そう血迷った思考を働かせそうになる俺だが、既のところで思い留まる。
いや、野辺は危険だ。こいつは岩片との繋がりがあるし、もしこんなこと岩片の耳に入ったらと思うとゾッとしない。
万が一こんなこと岩片に知られたらと思うと……恐ろしすぎて考えたくもない。

非常に癪ではあるが、とにかく、この場はやり過ごすのが懸命ではないだろうかと思うが本当にその選択肢があってるのか俺には判断つかない。
俺が黙りこくっていると、能義に臀部を鷲掴みにされ、その食い込む指の感触に堪らず震えた。


「……それとも、助けでも求めてみますか?この男に。……もしかしたら私達よりは優しくしてくれるかもしれませんよ」


こ、この野郎……。
状況が状況なだけにこいつ人の足元見てきやがる。
俺が強く言えないとわかってての言葉だろう。そんなことできないと分かってて試すような真似をしてくる能義にムカついて、俺は、能義の胸倉を掴む。


「……っ、嫌だ……」

「はい?」

「……こいつに、助けられるのは……嫌だ」


声が、震える。ちゃんと言葉になってるのかも分からないが、萎えたと言っていた能義のそれは萎えるどころか腹の中で更に硬度を増すのを感じ、顔が熱くなる。能義を見ることはできなかった。借りを作りたくないが、それでもここでバレるわけにはいかない。


「……貴方に縋られるのは悪くありませんね」


この変態が。さっさとどうにかしろ、とやつの服を掴む手に力を込めた矢先のことだった。

勢いよく扉が開く。
それだけでも血の気が引いたのに、そこから現れたやつを見て更に俺は絶望する。


「ふくかいちょー大変大変ー!かいちょーがさぁ、なんと…………って、げぇーっ!なんで童貞眼鏡いんのぉ?!」


扉の前にいた童貞眼鏡もとい野辺に気付いたそいつもとい生徒会会計・神楽麻都佳は大袈裟に飛び退いた。

次から次へなんだ今日は厄日か?というか今思えば昨日からだ、ろくなことがないのは。そもそもこの学園に来たときからまともな日なんてなかったも同然なのだが、それでもだ。


「大変なのは貴様ら生徒会連中の節操のなさだ、いかがわしい……ッ!しかもまた髪の色を抜いたな貴様!!」

「うげげーっ!委員長クソ声うるさー!俺今きたばっかだし今回なにもしてな……」


いし、と言い掛けた神楽はそこでようやく野辺がキレてる原因に気付いたらしい。こちらを見た神楽がピタリと動きを止める。
ほんの一瞬のことだった、やつと目が合ってしまったのだ。


「……元君、何やってんのぉ?」


空気が凍り付くとはこのことだ。悪気があるのかないのか恐らくこの男の場合は、前者か。
笑いながらそう尋ねてくる神楽だがその目は笑っていない。

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