馬鹿ばっか


 44※

いっそのこと、誰か俺を殺してくれ。
これ以上やつの前で醜態を晒すぐらいなら、まだ死んだ方がましだ。
じゅるっと音を立て、溢れる己の唾液を啜る能義に青褪める。やつは濡れた口に弧を描き、微笑んだ。


「……本当、いい顔をしますね……っ、一人のものだけにしておくのは勿体無い」


何を言い返す気にもなれなかった。
ただ、思考が追いつかなくて、鈍る。肩で呼吸を繰り返すことしかできない俺に、能義はまるで恋人にするかのように口付けをしてくるのだ。
そこで、現実に引き戻される。


「ん゛ッ、ふ……ッ……ぅ……ッ」

「っ、は……尾張さん……っ、ん……駄目ですよ、ちゃんと、息しないと……っ」

「っ、……ッ!」


誰のせいだと、という恨み言は能義に唇を塞がれることで遮られる。
唇を深く貪られ、ねっとりと舌で咥内を舐め回された。
不快感の伴うそれに抵抗する術もなく、執拗な口づけを受け入れることしかできなかった。

能義は、俺から唇を離そうともせず、器用に片手でベルトを緩める。
視界に、嫌でも嫌なアングルで嫌なものが入り込み、血の気が引いた。逃げるにも、背後と正面の厄介な連中に抑え込まれた体はちょっとやそっとじゃ動けない。
目があって、能義は笑う。普段からの涼しげな上品な顔から想像できないほどの、蕩けきったその顔に覗き込まれた瞬間全身が反応する。

このままでは、本当に洒落にならない。
足をバタつかせようものにも、がっちりと股の間に腰を突っ込んでるやつに余計食い込むだけだった。
そして、やつは「そんなに急かさなくてもちゃんと最後までしますので」なんてアホみたいな顔でアホみたいなことを口にするのだ。

慣れた手付きで片手でバックルを外す能義。
五十嵐が待てとか言ったが、こいつは本当に助ける気があるのか。最早こいつの助けを待つこと自体が余計虚しくなる気がしてならない。
辺りを見渡す。心臓が煩い。焼けるように体が熱い。
それでも、ここでやつの好きになるつもりはなかった。


「こ、の……っ!」


ヤケクソだった。能義を押し退けようと思いっきりやつをぶん殴ってやろうと思うのに、振り上げた拳は届かない。それどころか、容易く受け流した能義は一層笑みを深くするばかりで。


「……いけませんよ、そんなはしたない格好をしては」


「それとも、誘ってるんですか?」足首を掴まれ、能義は人の足を肩に担ぐ。強制的に足を開かされるような、それもかなりの際どい体勢に、青褪めた。
筋肉に引っ張られ、無理矢理露出させられるそこに能義はなんの迷いもなく指を這わせ、濡れそぼった排泄器官でしか無いはずそこをねっとりと撫であげる。
その感触に、嫌でも反応してしまうのが悔しくて、息を殺す。唇を噛み締め、堪えた。


「っ、ゃ、め……」


声が、震える。
派手な下着の下、能義は隠そうともしないその膨らみからはち切れんばかりに勃起性器を取り出した。見るにも耐えれない。
他人のものを見たいとは思わないし、おまけにえげつないし、それをこれからこいつは挿入しようと思ってるのだと考えると恐ろしくて、到底受け入れることはできなくて。


息を飲む。体が震える。
それでもまだ、逃げ道を探してる。まな板の上のマグロだろうが、包丁で身を断たれるそのときまで諦めたくなかった。


「これから私が貴方の二番目の男です。……今、どういう気持ちですか?」


「……っ、クソ野郎……」


「おやおやおや、随分と情熱的ですねえ……いいですよ、やはり貴方はそうではなくては」でないと、犯し甲斐がない。そう、薄く形の整った唇は歪に歪んだ。

充てがわれる亀頭に、腰が震える。
昨夜の情景がフラッシュバックされ、無意識に身が竦んだ。能義は、俺の腰を高く持ち上げ、そして俺を見下ろして笑うのだ。
「目を反らすな」と、そういうかのように。

……クソ、クソ、クソ、クソ……ッ!!
嫌だ、こんなくだらないことで、俺は、また……っ。
そう、考えただけでも悔しくて、歯痒くて、せめての抵抗代わりに目を瞑った。

その時だった。

携帯の着信音が響いた。
聞き覚えのあるそれは俺のだ。
そしてその瞬間、確かに能義の動きが止まった。

今だ、と頭の中で声が響く。
考えるよりも先に体が動いた。
思いっきり能義の型に掛けた両足をやつの背でクロスさせるように、その細い首元を思いっきり腿で挟み込む。


「ぐ……ッ!」


流石の二人もこれは予想していなかったらしい。自分から他人の顔に密着するような真似、死んでもしたくない。けれど、今、この体勢で抵抗できることなど限られてる。


「っ、おい、尾張」

「随分と……積極的ではありませんか……!」


力いっぱい締め上げるほど、呼吸困難に陥るはずだ。
青く染まる能義の顔が、歪む。そして、楽しそうに笑い、躊躇なくやつは俺の腿を掴んだ。
そして、


「っ、ふ、ぅ……ッ!」


指が食い込むほど強い力で腿を掴まれ、能義は眼前の人の性器を掴んだ。その感触に、堪らずぎょっとする。苦しいはずのくせに、額に青筋を浮かべた能義はそのまま乱暴に性器を指で潰し、その強い痛みに似たそれに堪らず飛び上がりそうになる。
駄目だ、ここで拘束を緩めては。
そう思うのに、べろりと玉ごと舐められた瞬間、思考が飛びそうになった。


「やっ、く、ぅ……あ、ぁ……ッ!」


皮を吸われ、擽られ、腫れ上がった先端を指で潰され、逃げる腰を捕まえて執拗に嬲られる。
最も弱い場所を責め立てられ、声を殺すこともできなかった。


「ぁ゛ッ、ぐ、ひ……ッぃ……ッ!!」


先程までの丁寧なそれとは違う。食い込む歯に突き刺さる指。
唇で、舌で、指で乱暴に弄ばれ、自分のものとは思えない声が出た。
擦られ、尿道口を潰され、溢れるそれを潤滑油代わりに先端に塗り込み、更にグチャグチャに扱かれれば脳天から爪先に電流が走る。
馬鹿みたいに腰が痙攣し、射精することなく自分が絶頂を迎えたのはわかった。

緩めては駄目だ。やつの好きにさせては、いけない。
そう思うのに、四肢から力が抜け落ちる。


「……っ、は……ぁ……あ……ッ」


喉が、ひりついた。呼吸する度に閉じることもできぬ口から声が漏れ、汗が流れる。
何も考えられなかった。口を閉じることすら忘れ、激しい愛撫に耐えれず、早漏よろしくの絶頂の波に全て持ってかれて、文字通り放心する。
腿の締付けが緩んだ瞬間、能義は俺の腿に唇を寄せ、そしてビクビクと震えるそこに愛しそうに舌を這わせるのだ。


「……これくらいで、私が怯むとでも?」


見開かれた目に、額に浮かぶ血管、そして微かに滲む汗。怯むどころか、萎えるなんて言葉を知らないかのようにやつの性器はさっき以上に勃起していて。
血の気が引く。
「お前はこいつの喜ばせ方が上手いな」と五十嵐が呆れていたが、正直、笑えない。

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