15
「付き合うって……そんな風に見えるのか?俺と岩片が?ないない」
「……そうなのか?でも、この間……」
「あれは、自分の思い通りにいかなかったらあいつああなんのよ、いっつも。だから、そういう付き合うとかそんなんじゃねてってこと。所有欲つえーからな、あいつは」
笑って誤魔化す。政岡は安堵したように息を吐いた。「そうか」「ならよかった」なんて言うかのように。
何をそんなに安堵する必要があるのか。俺がフリーの方が動きやすいからか?勘繰ってしまうのは最早癖だろう。
「確かに、あいつは男に関して節操ねーけど、気にしないでくれよ。まじ、そんなんじゃねーから」
俺も、俺だ。ほっとしている政岡見て、つられてほっとする自分が可笑しくて、なんだか調子が狂う。
言ってて、情けなくなる反面、口にするとどんどんモヤモヤしていた自分の気持ちが浮き彫りになっていく、そんな気がした。
「……なら安心した」
「安心?なんで?」
「なんでっつーか……まじでそういう関係だってなら色々カタ付けなきゃいけねーだろ」
何を、と聞くことはできなかった。
丁度目の前に差し掛かった横断歩道が青に変わる。
政岡は、「こっちだ」と嬉しそうに俺を誘導した。
さっきみたいに変に遠慮されるよりかはましだ。先程よりも生き生きとし始めた政岡についていくまま、俺は、前に進んだ。
それからは、政岡は岩片について触れることはなかった。
通るその道の付近の店を案内しながら、政岡と夜の街を歩く。目的地はそう遠くない。政岡はそう言っていた。
政岡の言う通り、そこへつくのにはそれほど時間は掛からなかった。
表通り、たくさんの人間が行き交う中。
その店から薫るいい匂いに不覚にも腹が鳴る。
「ここだよ、ここ。俺のオススメ。ステーキ丼がまじで美味いんだよ」
「……やっべぇ……腹減ってきた……」
「はは、そうだな、入るか!」
笑う政岡に背中を押され、俺達は入店する。
店内は普通の洋食屋と変わらない感じだったが、たくさんの客で賑わっているそこは至るところからする肉の匂いに涎が垂れそうだった。
ウェイターに案内され、奥のボックス席へと案内される。
他の席とは一枚の衝立で仕切られてるくらいだが、完全な密室よりも気が楽だ。俺と政岡は向かい合って腰を下ろした。
「こちらがメニューになります」と差し出されたそれを受け取り、目を開く。メニューを埋め尽くすのは肉の断面図。
ロース、カルビ、牛タン、ハラミ、ホルモン。サーロインステーキ、肉寿司、しゃぶしゃぶ、焼肉……。
「尾張、口開いてるぞ」
「……やべえ、肉しかねえ……」
「言っただろ、肉料理専門店だって」
本当は、変な店に連れて行かれるんじゃないかとも思っていた自分自身が恥ずかしい。政岡はこちらを見て、「そんな喜ばれるとは思わなかった」もやっぱり嬉しそうに笑う。
「俺、これがいい、これ、サーロインステーキ。ミディアム」
「飲み物は?」
「じゃあ、コーラ」
「ああ、了解」
政岡は俺が置いたメニューを手に取り、軽く目を向ければそのままウェイターを呼び出した。
俺の代わりに注文してくれる政岡。ウェイターが下がった後、貰ったお冷を俺に渡してくる。
なんか、変な感じだ。
早速お冷に口を付ける。向かい側には政岡が座っていて、じっと見ていると少し恥ずかしそうな顔をした政岡が「なんだよ」って変な顔をした。
「……なんか、なんつーか……こうして政岡と向かい合って座ってんのって変な感じがしてさ……」
「……はぁ?」
「なんかデートみたいじゃん」
「ゴブッ」
丁度お冷に口をつけていた政岡があろうことか噴き出した。
「何やってんだよ」と慌ててナプキンを政岡に渡せば、ゴホゴホと噎せながらやつはそれで口元を拭う。
「お、お前……い、いきなりそういう……そういうのはなぁ……!」
そんな変なこと言ったつもりはなかったが、ここまで露骨に反応されると逸そ清々しいのかもしれない。
「ごめんなさい……?」と謝れば、政岡は珍妙な顔をしたまま座り直す。そして、気まずさを振り払うかのように咳払いをした。
「……俺は……」
「ん?」
「一応、その……………………つもりだけど」
「……ん?」
「だから…………でッ、デートのつもりだって言ってんだよ……!」
「…………………………」
そんな、大の男が真っ赤になりながらそんなことを言ってきたとき、どういう風に返せばいいなんて答え、俺は知らない。
不意打ち、ではない。予兆はあったはずだ。けれど、いざ、こんな顔をしてそんなことを言われてみろ。頭が真っ白になって、言葉が出てこなくなる。
それどころか。
「……そ、そうか……」
「そ、そーだよ……」
なんだ、なんだこの空気。耐えられない。
釣られてじわじわ顔に熱が集まっていく。岩片なら、きっと上手いこと言ってのらりくらり躱してきたのだろう。けれど、不意打ちに右ストレート食らった俺はなんかもう、だめだった。上手く言葉が出ない時点で、ああ、と思った。真に受けてはだけだと思うのに。
「……尾張?」
伸びてきた手に、俺は、咄嗟に立ち上がった。
驚いたような顔をした政岡が、こちらを見上げる。
「っ、お、俺……便所行ってくる!」
奥義、取り敢えず逃げる。
このままこの場にいてはだめだ、なんかダメだ。取り繕ってきたもの全てを剥ぎ取られてしまいそうな恐怖から逃げるように、俺はボックス席から離れ、店内の客用便所に駆け込んだ。
政岡の真っ直ぐな目に見詰められると、調子が狂う。
トクトクと脈打つ心音が痛いくらいだった。岩片がいないからだ。俺は、自分がどんな風に振る舞っていたのか忘れそうになっていた。
……怖い。この前から、政岡といると俺でいなくなるような気がして、怖かった。
いつもの俺だったら、どんな風に言っていたのだろうか。「へー、なら俺彼女らしくしないとな?」なんて、笑って躱していたのかもしれない。
「……クソ……ッ」
気を紛らわすために洗面台で顔を洗う。
滴る水をハンカチで拭った。けれど、冷水では頬の熱までは取れなかった。どんな顔して戻れっつーんだよ、この場合。
あんまり便所に篭ってても変な風に思われるかもしれないし、と考えたとき。ケツポケットに突っ込んでいた携帯端末が震えてることに気づく。慌てて取り出せば、そこに表示された名前に息を飲んだ。
岩片から、電話だ。
……なんだよ、こんなタイミングに。無視してやろうかとも思ったが、気がつけば、手は勝手にそれに出ていた。
「……なんだよ」
『ハジメ君、今どこ?』
「……外」
『ふーん、一人?』
俺が聞いても答えないくせに、俺には何から何まで聞き出そうとする。答えないと行けないと思う反面、政岡との時間を邪魔されたくないという気持ちが芽生えていることに気付き、自分で動揺する。
けれど、政岡と居ると言えば、岩片は間違いなく俺に戻ってこいと言うだろう。
だから、俺は。
「…………一人、だけど」
初めて、俺は岩片に嘘を吐いた。
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