馬鹿ばっか


 69

「岩片……っ」


まさか、こんな早く来るとは思っていなかっただけに驚いた。
そして、早くにやってきた岩片に少しだけ残念に思っている自分自身にも。


「へぇ、随分と早かったじゃねえかよ。もじゃもじゃやろ……」


政岡が言い終わるよりも先に、ズカズカと目の前までやってきた岩片に腕を掴まれた。
そのまま、皮膚に食い込む程の強い力に引っ張られ、無理矢理立たされそうになる。


「って、無視してんじゃねえよ!」


けれど、間に入った政岡によってそれを制される。
力づくで岩片を引き離した政岡に、レンズ越し、岩片の目が目の前のそいつを通り過ぎ、俺の方を向いた。


「随分と飼い慣らしたようじゃねえの、ハジメ」

「……」

「はあ?……俺のこと言ってんのか?」


「お姫様ごっこは楽しかったか?」


政岡を無視して続ける岩片の言葉に、何故だろうか、グサリとナイフか何かが突き刺さるようなものを感じずにいられなかった。

お姫様と揶揄する岩片に怒りを覚えたのも確かだが、それ以上に、突き放すような笑みに、言葉に、焦燥する。


「岩片……っ」

「せっかくそいつと仲良しこよししてるところ水を差して悪かったな」


冷ややかな笑みを残し、そのまま踵を返す岩片。
置いていかれる。
そう考えたらいても立ってもいられなくて、


「岩片っ!」


咄嗟に、立ち上がった俺は岩片の腕を掴んだ。
岩片の目はこちらを向かない。けれど、振り払われないことが唯一の救いだった。


「悪……かった、勝手に行動して」


なんで俺が謝らないといけないんだ。元はと言えばこいつが神楽に捕まったと思って助けに行ってやったのに。
頭では納得行かなかったが、それ以上に、岩片から見捨てられることが酷く、恐ろしかった。

頭を下げれば、微かに岩片の口元が緩む。


「ハジメ」


名前を呼ばれ、顔をあげた時。
後頭部を鷲掴まれる。
そして、


「え……っ」


ぬるりとした舌の感触が唇に触れたと思った瞬間、間抜けに開いた唇を割って滑り込んでくるそれは間違いなく、というかどう考えても岩片の舌で。
視界にいっぱいに入る岩片の変な眼鏡に頭が真っ白になって、次に何されてるのか分かった瞬間、顔面に熱が集まった。


「な、な……っ」


呆れたような政岡の声が聞こえてくる。
そうだ、政岡が居る前で、こんな。
そう思うのに、根本深く挿入される舌は喉まで滑り込んでくる。


「っ、ふ、ぅ、う……っ」


岩片にキスをされたのは、二回目だ。
一回目は、五条を利用するため。
だとしたら今度は、政岡に見せつけるためか。
分からなかったけど、それでも、岩片を突き飛ばそうとした時、手首を掴まれ、封じ込まれる。


「ん、ぅ……っ」


岩片が何を考えてるのかなんて、ずっと分からないし恐らく一生理解する日なんてこないだろう。
けれど、なんとなく、岩片が何を求めているのか分かって、俺は拳に込めていた力を抜き、抵抗を止める。
瞬間、微かに岩片の目が細められた。


「……っふ」


笑った、と思った時、舌は引き抜かれる。
慌てて唾液を拭おうとした時、岩片に唇ごと唾液を舐め取られた。


「帰るぞ、ハジメ」


呆気に取られる政岡を最後まで無視し、岩片はさっさと歩き出した。
政岡にちゃんと挨拶したかったけど、こんな状態であいつの顔を見ることが出来なくて、俺は逃げるように岩片の後を追い掛けた。
とにかく、顔が熱い。
これならまだ殴られた方がましだ。
今、俺にとって後ろを振り向かないでいるのが精一杯だった。

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