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以前、神楽にラウンジ奥の個室へと連れて来られたことがある。
あの時のあのクーラーガンガンの個室がVIPルームかと思っていたがどうやら違うようだ。
「ようこそハジメ君、俺のVIPルームへ!」
俺の?妙な言い方をする神楽に引っ掛かったが、今俺にとってそんなことどうでもいい。
広い室内。赤いカラーライトに照らされたその部屋に踏み入れた瞬間、鼻腔に染み付いてくる甘ったるい匂い。
アロマだかなんだかだろうか、部屋には消臭剤を常に置いている俺からしてみれば臭くて堪らない。
先程までと違う空間だからか、異常なまでの赤い部屋はいるだけで気分が悪くなった。
視覚的なものは勿論、匂いもだ。
「……おい、岩片はどこだよ」
さっさと終わらせて早くここから出たい。
けれど、部屋の中にはL字に沿って並べられた革ソファーとローテーブル、その他雑貨でごちゃついてるばかりで、あの目障りなくらいのもじゃもじゃ野郎の姿は見当たらない。
部屋の中までついてきた厳つい男二名をバックに、神楽は「えー」と不満そうに唸る。
「お部屋の感想はないの〜?」
「感想って言われてもな……目が痛いな」
「……本当にそれだけ?」
そう、にやりと神楽の口元が緩むのが見えた。
どういう意味かわからず、「は?」と聞き返そうとした時だった。
ドクン、と鼓動がやけに大きく響く。
「……別に、それだけだけど?」
汗が滲む。やけに落ち着かない。どこに目を向けてもちらつく赤の色が目障りで、呼吸をして落ち着かせようとしても体内に流れ込んでくる甘い薫りに吐き気が込み上げてくる。
対する神楽はいつもと変わらない様子で。
「ふーん、ふんふん、なるほどねぇ〜。ありがと、参考になったよー」
言いながら、制服から携帯を取り出す神楽は目の前でそれを弄り始める。
自分がこいつのペースに飲まれそうになっているのが悔しくて、「ちょっと待てよ」とやつの携帯を取りあげた。
「あっ、もーハジメ君返してよ〜」
「岩片はどこにいるんだよ」
「はぁ?もじゃ〜?まだハジメ君そんなこと言ってたんだ?うけるー」
楽しそうに笑う神楽。対する俺はなんかもうブチ切れる寸前だった。
結論から言えば、岩片はここにはいない。
それが全てを物語っているわけで。
騙された。
……いやでも待てよ、だったらなんだあのメールは。しかも、部屋も荒らされてたわけだし。
「もじゃもじゃならここにはいないよぉ?どこにいるかは気が向いたら教えてあげる〜」
「なんだよそれ……」
「ああ、もーそんな顔しないでよー。別に教えないっては言ってないんだからさぁ〜」
「ただ、ハジメ君がその気にさせてくれたらねって話でしょ〜?」ほら、簡単でしょ。そうにこっと笑う神楽の笑顔が酷く気味悪く見えたのはこの室内の照明のせいだろうか。
背後でガチャリと鍵が掛けられる音がして、額から流れ出した汗が頬を伝い顎へと落ちる。
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