55
学生寮、自室前。
カードキーを使い、扉を解錠したまではよかった。
開きっぱなしになった扉の前、部屋のその酷い有り様に俺はただ呆然と立ち尽くしていた。
ひっくり返った机に床の上に散乱する食べ残し諸々
元々どちらもずぼらなので部屋自体綺麗な方ではなかったが、それでもこの散らかり方は可笑しい。
開いた窓から吹き込む風が酷く冷たくて。
つーかなんで開きっぱなしになってんだよ。
不穏なものを感じ取りざわざわと騒ぎ始める心臓を必死に落ち着かせ、俺はその部屋の中へ入った。
荒れた部屋の中、岩片の姿はなかった。
俺のスペースまでやって来れば、目的である充電器はすぐに見付かった。
携帯端末を充電しているその間、追い付いた岡部とともに部屋を調べることにした。
「あの、尾張君、これ」
セミか何かのように綺麗に脱いだまま散らかった岩片の服を馬鹿丁寧に一枚一枚拾っては洗濯カゴにぶち込んでいると、岡部が何かを見つけたようだ。
名前を呼ばれ、岡部の手元を覗き込めばそこには封筒が握られていて。
「これってなんなんですかね、そこの棚の上に置かれていたんですけど」
「日木し…じ、じょう…?」
「あの、多分果たし状なんじゃないですか?」
「果たし状っ?……字下手過ぎだろ……」
筆で書かれたその果たし状を受け取った俺は早速その封筒を破って開ける。
その中には一枚、白い紙には封筒の文字同様字を覚えたての小学生のような字が踊っていた。
「えっと……『もじゃもじゃをあずかった。もじゃもじゃを返して欲しければ4かいラウンジのVIPルームまで来るように。注い、一人で』……なんだこりゃ」
「多分あの、脅迫文じゃないんですか?」
「すげー頭の悪そうな脅迫文だな……」
というか早速もうこの果たし状書いたやつがわかってしまったんだけれども。
ああ、嫌な予感しかしないと思えば案の定。会長の次はあいつか。というかこの日本語力は男子高校生として大丈夫なのだろうか。そっちの方が心配になってきた。
「尾張君、どうするんですか?」
果たし状を手にしたまま押し黙る俺から何か感じたのだろう。
不安そうにこちらを見上げてくる岡部。
「どうするもなにも、行くしかねえだろ」
「一人でですか?」
「まあ、そう書いてあるしな」
「でも……」
「大丈夫だって、心配しなくていいから」
どちらにせよ、この果たし状の送り主が岩片のことを嫌っているのは知っている。
そんなやつに岩片が連れて行かれたというならば、逸早く助けるしかない。でなければこの送り主が危ない。私怨に走った岩片はそこら辺の飢えた野良犬より凶暴だ。
被害が拡大するために止めなければ。
一人決意を固める俺はその決意が和らいでしまう前に、と足を踏み出す。
その時だ。
「尾張君、あの、待って下さい!」
「ん?」
「これを……なにかあったときの為に」
そう言いながら、たどたどしい動きで制服から何かを取り出した岡部。
それは手のひらサイズの筒状のスプレーのようで。
「あの、これ、俺が作った唐辛子スプレーです。相手の顔を吹き掛けると目を潰すことが出来るのでぜひ使って下さい!」
こえーよ。
こんなもの作ってるお前がこえーよ。
「あ、ありがとな。……御守にする」
願わくばこのスプレーを使用せずに済むように。
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