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イカ臭い部屋を換気するため、五条を部屋から引っ張り出した俺は居間のソファーに腰を下ろし、五条と向かい合っていた。
「取り敢えずさ、俺はこれからどうすりゃいいわけ?部屋に戻っていいのか?」
「ああ、そうだな……」
問い掛けられ、考え込む。
そういえばそんなこと考えてもいなかった。
……何か、五条祭から目を離さなくて済むようないい方法はないだろうか。
「そういえばあんた、盗撮盗聴が趣味だったな」
「おわっ、人聞きわりいな。新聞部のネタのための調査だっての、あと取材」
「本人に無断でな」
「なに?尾張俺のこと責めて楽しい?詰って楽しい?俺もすげー楽しいよ」
「部屋になんか取材に必要な道具とかあるのか?」
「はい無視いただきましたー!相手するのも面倒くさいと語りかけてくる冷めた眼差しあざーっす!!」
「五条、あとで遊んでやるから質問に答えろ」
「んー……まーそうだな、半々だな。最低限必要なのは部室に置いてるし」
変わり身はええな。
俺の一言で一気に平静を取り戻す五条にそれはそれでどうなんだ男としてと内心引きつつ、「なるほどなー」と適当に相槌を打つ。
「それがどうかしたのかよ。もしかして、尾張、俺のことが……?」
はわわと口を手で覆う五条に「どういう飛び方だよ」と突っ込みつつ、俺は「ならさ」と軽く手を上げた。
「お前、これからもここで過ごせよ」
「へ?」
「一緒にいたほうが都合いいだろ。色々」
考え抜いた結果、ここに置いておくのが一番都合がいいと落ち着いた。
拘束具なら岩片が無駄に揃えているし、ここなら目を離すこともない。
我ながらいい案だ。
「部屋、なんか大切なもんあるならこっちまで一緒に運ぶの手伝うけど」
なんて、早速引越しさせようと立ち上がったとき。
血相を変えた五条に引き止められる。ちょっとビックリした。
「ちょっ、ちょちょちょ、タンマ!……それ、まじで言ってんの?冗談抜きで?」
青褪めた五条の拒否っぷりは尋常ではなく、だらだらと冷や汗を滲ませる五条にはっとした。
……そういやこいつ、岩片が嫌で逃げ出したんだっけ。
ならば、やはり別の方法を考えるしかないか……。
そう脳味噌をもう一働きさせ、すぐに打開策を閃いた。
「それか、五条の部屋に俺が行くか」
「え?」
……なんだそのリアクションは。
目を丸くし、意外そうにこちらを見つめてくる五条の反応があまり面白くなくて、そんなに変なこと言ったっけと小首かしげた時、俺は自分が置かれた状況を思い出す。
「あ?……って、あ……」
自分の言葉を思い出し、かあっと全身の血液が顔面に集まった。
……これじゃ、どうぞ好きにしてくださいって言ってるみたいなものじゃないか。
「やっぱ、今の無しな」
今更堪らなく恥ずかしくなって、慌てて逃げるように訂正する。
しかし、すぐに手首を掴まれ五条に引き止められた。
「いや、それちょーいい。それでいこう」
「いや、いやいやいやいや!いいってば、まじ、俺が悪かったから」
「男に二言はないんだろ?」
「……そういうときも稀にある」
「いやない!」
「ある!」
「なあああい!!」
「あるっつってんだろうが!!」
お互いに一歩も引こうとしない俺達は、結論の見えない言い争うに無言で睨み合う。
しつこさなら五条の圧勝だろうが、俺だって譲れないものがあるわけで。
「……尾張ぃ、お前さっきの王道君との約束忘れたんじゃないだろうな」
「はあ?なんのこと?」
「あーっ!あーっ!あーっ!すっげーしらばっくれてる!サイテーだこいつ、無かったことにしようとしてる!」
くそ、やはりなんとかやり過ごすという方法はこいつには効かないか。
岩片との約束を持ち出されると、圧倒的に俺の立場が弱くなるのは一目瞭然なわけで。
「うるせえな、わかってるよ」
喚く五条に嫌々頷き返せば、落ち着きを取り戻した五条は眼鏡のレンズをきらーんと光らせる。
「なら、俺のお願い聞いてくれるよな?」
「なんだよ、お願いって」
「俺の部屋においでよ」
あまりにもど直球な五条の誘いは、俺が上手く避ける隙すら与えてくれなかった。
だけど、往生際の悪さだけが長所の俺はこのままはいはいと引き下がる訳にはいかない。
「……っあのなあ」
「お互い一緒にいたほうが好都合なんだろ?なら、いいじゃねえの、それくらい」
五条の言い分はよくわかった。
ややこしいことを抜きにして、確かにそれがいい。
でも、岩片が。
ルームメイト兼暴君のご主人様の存在はやはり俺の中では大きすぎて。
「わかってると思うけど、お前に拒否権ないらしいから」
どうしたもんか、と悩んでいるところに釘を刺され、俺は深く息を吐き出す。
わかってるよ、それくらい。
今、岩片と一緒にいてねちねちと悩むよりも五条と一緒にいて貞操の危機を感じている方が自分にとっていい気分転換になるということもわかってる。
一応、岩片にメールだけ入れとくか。
見るかわかんねーけど。
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