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包丁?
唐突に出てきたその単語に嫌な予感がし、背筋に冷や汗が滲む。
堪らず岩片に目線を送ってみるが、あいつは五条の方を見たまま薄い笑みを浮かべるばかりで。
何を企んでいるんだ、こいつは。
「……顎で使うんじゃねえ」
ようやく開放され、立ち上がった五十嵐は相変わらず仏頂面で、先程よりもいくらか眉間の皺が深くなっているのを俺は見逃さなかった。
そのままその場を離れ、数分もしないうちに出刃包丁を持ってくる五十嵐。
どこから持ってきたのだろうか。
料理と無縁な俺達の部屋に包丁なんてものなかったはずだ。
五十嵐から剥き出しになった包丁を受け取った岩片はその刃を撫でる。
そして、笑った。
「好きな部位を言え。切り取ってくれてやる」
「や、ちょ、何言ってんの?!」
「信用と信頼は買えるものじゃないからな、俺はこれくらいしか誠意の示し方を知らない。部位だけじゃ不服か?」
なるほど、そういうことか。
真っ青になる五条の横、俺は呆れ果てる。
やつの行動は前々日、いきなり岩片が借りてきた任侠映画で演じられていたものと全く同じだった。
こいつ、こんなものも観るんだなぁと一緒に眺めていたが、まさかあれは予習だったのか。
参考にするにはたちが悪すぎる。
しかし、五条相手にはそれで十分だったようだ。
「いやっ、いやいやいや!そんな勿体無いことしちゃダメだってば!」
「だけど、」
「信用する、信用するから!」
泣きそうな顔をして岩片の包丁を取り上げる五条に、岩片の口元がにやぁと不気味に歪むのを見て俺は背筋が薄ら寒くなる。
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