馬鹿ばっか


 25

生理的なものには逆らえない、なんて当たり前のことを今更ながら実感した。
軽い脳震盪に目眩を覚え、ようやくはっきりとした意識を取り戻したとき俺はあることに気がついた。
むしろ、違和感を感じたといってもいいだろうか。
項に吹きかかる荒い鼻息に、シャツの下、胸元をまさぐる他人の手。
背後から抱き竦めるような形で拘束されていた俺は、さり気なく人の太腿を撫で回してくるもう片方の手の感触に顔の筋肉が引きつる。


「っ、ひ」


慌てて立ち上がろうと体をよじらせた時、手首の拘束に気がついた。
何かに縛りれてるようだ。
まるで目が覚める思いだった。


「あ、やべ、起きた?」


そして、すぐ耳元で囁かれるその声に全身が凍り付く。


「てめぇ、五条……っ」


最早優しく問いかけるほどの余裕なんてなかった。
一体何をしてるんだお前はこの。
今すぐ脳天踵落としを食らわせたかったが、手首の拘束が、背後の五条がそれを許さない。


「あー、ちょっと待った、あんま大きな声出すなよ、今いいところだから」


言いながら、太ももを撫でていた手が離れる。
そのことに安堵した矢先、口をふさがれた。
思いっきり顔を逸らし手のひらから逃げようとして、俺は五条の言葉に疑問を抱いた。
いいところ?
そこまで考えて、この部屋の外に岩片たちがいることを思い出す。


「……っ」


そうだ、あの野郎。
元はといえば岩片の野郎にここにぶち込まれたせいでこんな目にあってるんだ。
何がしたいんだあのコスプレ野郎は。
項を舐められつい反射で五条の顔面に後頭部をのめり込ませた俺はふと思案する。
まさか、岩片の奴、なにか企んでいるのではないだろうか。
五条の手が離れ、「目がァ!目がァ!」と喚いている五条を一瞥する。
どうやら眼鏡ごとぶち壊してしまったらしい。すまん、眼鏡。
アイデンティティを失った変態元眼鏡を見下ろし、俺は足だけで立ち上がった。
薄暗い室内。
立ち込めるのは嫌な匂い。
そして目の前には弱った(いや、弱らせたといったほうが適切なのかもしれない)変態野郎。
なんとなくだが、岩片の作戦がわかった。


「っハハ、お前、割と脚力あるんだな」


足も縛っとけばよかったとでも言いたそうな引きつった笑みを浮かべる五条に、まだ不安定な足取りのまま一歩、また一歩とゆっくり近寄った。


「俺が足腰強いって、この前教えたばっかだろ?」


忘れんなよ、ととびっきりの笑顔を浮かべ、俺は五条の頭を鷲掴んだ。

岩片の作戦。
それはおそらく、俺が、俺達が自ら囮になりこいつを釣れということなのだろう。

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