天国か地獄


 03※

 質素な玄関口。
 咄嗟に受け身を取り、なんとか顔面を床に打ち付けることにはならずに済んだ。
 助けを求めたはいいがまさか本当に栫井が助けてくれるとは思ってもいなくて、扉の前を通り過ぎていく壱畝遥香らしきその足音を聞きながら俺は目の前の栫井を見上げる。
 壱畝遥香の足音がだんだんと遠くなっていき、それが完全に聞こえなくなるまで暫く、その場に沈黙が続いた。そして、辺りに静けさが戻ったときだ。
 ふと相変わらず不機嫌そうな顔をした栫井がその場から動けずにいる俺を見下ろす。

「いつまでいるつもりなんだよ。さっさと出ていけ」

 冷めた目、冷めた声。無理もない。元から栫井相手に優しさを求めていない。しかし、栫井の言葉に素直に従うことが出来なかった。
 否、栫井よりももっと恐ろしいものが俺を探して寮内をうろついているとわかっている今、嫌でも足が動かなくて。

「おい」

 栫井の言葉を無視し、その場から動こうとしない俺に益々不快そうな顔をした栫井は俺の腕を掴んでくる。
 ぐっと肩口に絡み付く指に先ほどの壱畝とのやり取りが脳裏に蘇り、びくっと全身を緊張させた俺は咄嗟にそれを振り払ってしまった。
 栫井の手を叩けばパンと乾いた音が響く。

「あ、ご……ごめんなさ……っ」
「つぅ……ッ」

 自分の取った行動に青ざめた俺が慌てて謝ろうとすれば、手を引っ込めた栫井は自らの手のひらを押さえ小さく呻く。そんなに痛くしたつもりなんかなかっただけに苦しそうな相手の反応に異変を覚えた俺は慌てて栫井に駆け寄る。

「あの、傷もしかしてまだ……」

 言いながら相手の手に目を向ければ、制服の裾から覗く手の甲に白いガーゼが貼られていることに気付いた。
 どうやら俺は相手が怪我している箇所を叩いてしまったようだ。はっとして栫井を見上げれば、俺の視線に気付いたらしい栫井は咄嗟に手の甲のガーゼを裾で隠した。

「お前には関係ないだろ」

 そしてそう一言。溜め息混じり、面倒臭そうに一蹴する栫井。
「ごめんなさい」と謝れば、「謝るくらいならさっさと出ていけよ」と睨み返された。
 出ていきたくない。そう本能が叫んでいる。

「おい」
「っ」

 聞こえないフリしてやり過ごそうかと俯いたとき、再度栫井に肩を掴まれた。
 やはり、栫井相手に無言でやり過ごすなんて真似は通用しないようだ。
 無理矢理正面を向かされた俺は恐る恐る栫井を見上げる。怪訝そうな栫井の眼差しが突き刺さるように痛い。それを真っ正面から受け止めることが出来ず、視線を泳がせた俺は小さく唇を開いた。

「お願い、もう少しだけでいいから……俺を匿ってください」

 懇願するこちらをじっと見据えてくる栫井。暫くその場に沈黙が流れる。やがて沈黙の末、先に痺れを切らした栫井は小さく息を吐いた。

「包帯変えるから手伝え」

 そしてそう一言。あくまでも命令口調で栫井は続けた。

「お……俺が?」
「出来ないなら今すぐ出ていけ」
「手伝う、手伝うから……怒らないで」
「……」

 まさか栫井の方からこんなこと頼んでくるなんて思ってなくて、内心戸惑いながらも俺はやつに従うことにした。
 一先ずは俺を部屋に置いといてくれるということなのだろうか。
 栫井の真意は見えなかったが、下手に逆らって追い出されるような真似だけはしたくない。
 さっさと部屋へ上がる栫井を追い掛け、俺は部屋の中に入った。

 栫井の部屋はどちらかと言えば質素だった。部屋というよりは物置か作業場。
 それほど散らかっていない代わりに生活感はなく、家具もあまりない。
 机には参考書や書類が積まれ、その側にはパソコン。そして他にはベッドがあるくらいで、学業を主にしている学生としては十分な部屋だが生活していくには必要な色々なものがなかった。
 冷蔵庫からオーディオ、パソコンに大画面テレビと最新型家電で溢れ返っている阿佐美の部屋に比べたら一目瞭然だ。まるでここは寝泊まりをするだけの場所のような、そんなイメージを持たずにはいられない。
 ベッドの上。市販で購入したらしい傷薬と包帯を手渡された俺は目の前の栫井の背中を前に動けなくなっていた。背中に浮かぶ無数の傷跡は生々しく、以前に見たときよりもいくらか傷は薄くなっていたがやはり痛々しさは変わらない。
 会長がつけた傷、だと阿賀松たちはいった。栫井も否定しなかった。
 どれだけの力を加えればこんなにくっきりとした傷跡を残すことが出来るのだろうか。想像しただけで、ぞっとする。

「寒いんだけど」


 上半身裸の栫井はいつまで経ってもなにもしない俺が気になったようだ。
 そう不機嫌そうに唸る栫井にびくっと跳ねた俺は「あ、ごめんなさい」と慌てて謝る。
 そして、手にした包帯を伸ばしそのまま栫井の腕を軽く掴んだ。
 授業で習った応急処置の方法なんてまともに覚えていない俺はただがむしゃらに既に貼られたガーゼを覆うように包帯を巻いていく。
 なんだろうか。心臓が騒がしい。目の前の傷だらけの皮膚に全身が熱を持ち始め、酷く高揚した。
 なるべく傷を直視しないよう心掛けながら栫井の二の腕にぐるぐると包帯を巻く。

「あの、キツくない?」
「痛い」
「あっ、ご、ごめん。すぐ緩めるから……」

 やはり力んでしまっていたようだ。言いながら慌てて栫井の正面へと回り、包帯を解こうとすれば不意に伸びてきた栫井の手に手首を掴まれる。
 顔を上げればそこには呆れたような顔をした栫井が冷めた目でこちらを見下ろしていて、次の瞬間近付いてきた相手にそのまま唇を塞がれた。

「っ、ん、ぅ……ッ」

 逃げる暇もなく、手首を引っ張られそのまま深く唇を貪られた。
 目を見開いた俺は青ざめ、咄嗟に相手の胸を押し返し引き離そうとすれば徐に唇を吸われ、ちゅっと音を立てあっさり唇は離れる。軽いキスだがダメージを与えるには十分なもので。

「か、栫井……っ」

 唇を拭うことも忘れ、目を丸くし唖然とする俺に腰を下ろしたままの栫井は無表情でこちらを見上げ、ぐっと俺の腕を引っ張る。
 その強い力にぐらりとバランスを崩した俺はそのまま「うわっ」とかそんな感じの情けない悲鳴を上げながら栫井に引き寄せられた。
 顔を上げればすぐそばには栫井の顔があって、自分がやつの膝に座らされていることに気づくのに然程時間はかからなかった。

「ちょ、待っ……」
「あんた本当馬鹿だろ。学習能力ないわけ?」

「匿ってやるお礼、勿論払うんだろうな」慌てて腰を浮かし栫井の上から退こうとすればそのまま腰に回された腕に押さえ付けられ、再び座らせられる。

「お礼って……」

 過る嫌な予感に顔を強張らせれば、腰を掴む骨張った手に衣類の上から尻を掴まれ俺はびくりと震えた。
 そして、そのまま硬直する俺の耳元に唇を寄せた栫井は呟く。

「騒いだら服ひん剥いてここから放り出す」

 そう一言。体温を感じさせない無高揚な淡々とした声が鼓膜から静かに浸透し、全身から血の気が引くのがわかった。

「……っ」
「俺にはわざわざお前を匿ってやるメリットも義務もない」

 好きな方を選べ、そう確かに唇に笑みを浮かべた栫井はそのまま優しく耳朶を唇でなぞる。そのこそばゆさにぞくりと背筋は震えた。
 交換条件。まあ、栫井とは無条件で助けてくれるような間柄ではないとは重々承知していたし妥当とは思う。
 利害が一致すれば万事解決。いくら出された条件がろくなものではないだろうとわかっていてもそれに従う以外の選択肢なんて俺には残されていない。小さく唇を噛んだ俺は栫井の肩を掴んでいた指先をゆっくりと外した。

「脱げよ」
「……っはぁ?」

 俺から手を離し、立ち上がった栫井が発したその言葉の意味がわからずつい俺は素っ頓狂な声を洩らす。
 そんな俺を離れた位置から一瞥した栫井は「服」と小さく唇を動かした。

「まさか一人じゃ脱衣も出来ないとか言わないよな」
「そんなこと、ないけど」
「なら早くしろ」

 でなければ、追い出す。
 そう冷めた目で詰るように見据えてくる栫井に俺はぐっと言葉を飲み込んだ。

「……っ」

 今さらになって栫井を頼ってしまったことに後悔するが、もうすでに後の祭りだ。
 それに、なにがなんでも今壱畝がいるであろう外に放り出されてしまっては堪ったものではない。
 栫井に背中を向けた俺はなるべく意識しないように服の裾を持ち上げ、そのまま上を脱いだ。
 冷房が利いているのかあまり外気の差は気にならなかったが、やはり、背中に突き刺さる視線を無視することは出来なくて。
 どこまで脱げばいいのだろうか。やっぱり、下も脱ぐのか。いやでも先走って気合い入ってるやつって言われても嫌だし。どうしたらいいんだろうか。
 悩めば悩む程思考回路がぐちゃぐちゃになって、頭がパンクしそうになった。

「早くしろ」

 上を脱いだままもじもじとする俺にそう吐き捨てる栫井。
 びくっと肩を跳ねさせた俺は「はっ、はい!」と慌てて下に手をつけた。
 ガチャガチャとベルトのバックルを外し弛んだウエストごとズボンを脱いだ俺は取り敢えず下着だけ残すことにした。

「……あの、脱いだけど」

 そして栫井の方を振り返ればこちらをみた栫井は「あっそ」とだけ呟いた。相変わらず無関心な態度。

「あっそって」

 自分から脱げとかいったくせに。
 一人だけ無防備な姿になりじわじわ顔が熱くなるのを感じながらそう眉を寄せたとき、ふいに栫井はこちらに向かってなにかを投げてきた。
 それは手のひらに握り込めるサイズのボトルのようだった。
 間一髪で受け取ったそれをまじまじと見詰める。中にはとろみがかった透明の液体が入っており、目を丸くした俺は栫井を見た。

「っ、なにこれ」
「それ使って自分で慣らせよ、ケツ」
「そっ、そんなこと……」
「自分からベッドに来といて白々しいんだよ」

「さっさとしろ」そう、冷たい声で急かしてくる栫井。
 やはり、もしかしなくてもこれはローションのようだ。
 ボトルを手にしたまま固まる俺をじとりと睨む栫井は「待たされるのは嫌いなんだけど」と相変わらずの調子で続ける。

「……っ」

 このままではまずい。なるべく栫井の機嫌を損ねたくなかった俺は再度栫井から隠れるように背中を向れば、近付いてきた栫井に腕を引っ張られる。

「ちょ、待っ」
「隠れんなよ。どうせ全部見るんだから」

 いいながら、俺を引っ張る栫井はそのまま俺の体をベッドの上に放った。そう、放ったのだ。
 まともに受け身がとれず、質素なそのベッドの上に落ちればスプリングが小さく軋む。
 慌てて起き上がろうとすれば足を掴まれる、無理矢理栫井の方を向かされた。

「もっと足開け」
「や……っ」
「嫌なら止めるか?」

 強引に向き直され、足を引っ張られた俺が足をバタつかせれば栫井は目を細め、俺から手を退いた。

「後から痛い痛い喚くのはお前だからな」

 そして、挑発的な言葉。その言葉の意味をよく身をもって知らされている俺はびくりと動きを止める。
 全身が緊張して、嫌な汗が背筋に滲んだ。

「わかったよ、わかったから……っ。したら、いいんだろ」

 栫井から視線を逸らし、呻くように呟けば俺を眺めていた栫井はふんと鼻を鳴らして皮肉げに笑う。
 なぜ、こんなことをしなければならないのか。それは間違いなく俺がこいつを頼ったからだろう。
 下らない自問自答を繰り返し、現実から目を背けるように目を細める。
 唯一身に付けていた下着をずらし、ベッドの上に仰向けになるように転がり開脚をした俺は自らの手に絡み付くどろりとした液体を露出させた肛門に絡ませた。くちゅりと濡れた音を立て皮膚を滑るぬるぬるとした感触に堪らず「んっ」と小さな声が漏れる。

「っ、く、ふぅ……ッ」

 ひんやりとした液体をすぼみへと誘導するかのように肛門に指を沈めた俺はそのままぐっと指先に力を入れる。息苦しさに喉が詰まる。
 顔が熱くなり、一層ローションのもつ冷たさが鋭く火照った体へ染み渡った。

「……ぅ、んん……っ」

 くちゅくちゅと下腹部から響くその音に耳を塞ぎたくなったが生憎悪趣味極まりない栫井の命令により開脚した足を掴むのとアナルにローションを塗りたくるので手一杯で。
 猫の手も借りたい、とは思わない。思わないが、こんなことでもしないと自分の身を守れない自分自身を殴り付けるのを手伝ってもらえたら、とは思う。

「は……っ」

 短く息を吐く。全身の力は抜けず、自分の指を硬く締め付ける肛門は相変わらず異物の侵入を拒むばかりで。
 ベッドの手前。背凭れを正面にし椅子に座る栫井の冷ややかな視線の中、俺は緊張を解すためただがむしゃらに内壁を擦るように中をかき混ぜる。雑な愛撫に溢れるローションを指に絡めて肛門に塗り込む。
 そんな作業を繰り返していたときだった。
 椅子から立ち上がり、ベッドの上に落ちていたローションのボトルを拾い上げた栫井はそのまま俺に近付く。そしてなにを思ったのか眼下に晒したその下腹部へとたっぷり中のローションを滴らせた。

「っんぅ……ッ!」

 ひんやりとしたそれが下腹部を濡らし、皮膚を伝う。何事かと目を見開き、びくりと震えた俺は栫井を見上げた。

「そんなんじゃすぐ乾くだろ」

 そう、栫井は仏頂面のまま続ける。ローションというものの性質を理解していない俺は取り敢えずやつが気遣ってくれたのだろうかと希望的観測をしてみた。

「……っ、ありがと」

 そう、羞恥に声を上擦らせれば呆れたような目で栫井は俺を見た。

「バカだろ、お前」

 そして、そう一言。鼻で笑う栫井に『ああ、やっぱり善意でもなんでもなかったか』と俺は悟る。ショックはない。
 真に受けた自分を恥じる暇もなく俺の腰を掴んだ栫井はそのままローション濡れした臀部に指を這わせ滴るそれを指先で拭った。

「ぁっ、ちょっ、待っ、栫井っ!」
「手伝ってやるよ」
「いいっ、いいよ、そんな……っ!」
「お前に任せるとベッドがどろどろになる」
「っぁ、や、やめ……ッ」

 いいながら、既に己の指を飲み込んだ肛門を指でなぞる栫井は俺の言葉を待たずにそのまま指を挿入してきた。

「っく、ぅッ」

 慣らしたとはいえあくまで自分に負担にならないよう生易しい動作で解したそこは強引に捩じ込まれるその指に硬直し、目を見開いた俺はとっさに栫井の手首を掴み制止しようとするがそんな俺の意思とは裏腹に栫井の指は容赦なく体内をかき混ぜ、抉る。
 ぬるぬると滑るようにして侵入してきたその異物はくの字に折れ、ローションを纏った内壁を引っ掛かれたその刺激に俺はベッドの上で胸を仰け反らせた。

「っは、ぁっ、うそ、やだ、栫井、栫井っ」
「いつも色んなもん突っ込まれてるくせに指くらいで騒ぐなよ」
「ちがっ、俺、俺……っ」

 あまりにも心ないその言葉に自尊心を傷つけられ泣きそうになったときだった。
 無言で俺を見据えていた栫井はなにを言うわけでもなくそのまま体内からぬぷりと指を引き抜く。

「はっ、ぁ……っ」

 まさか本当に抜いてくれるとは思わず、乱れた呼吸を整えるために息を吐いた俺は恐る恐る栫井の顔を見上げる。その矢先だった。

「おい、なに休んでんだよ」

 冷たい声が飛んできたと思えば、次の瞬間股を掴まれ腹にくっつくくらい膝を折られた。
 あまりにも乱暴な手つきに関節が悲鳴を上げ、堪らず俺は「痛ッ」と声を洩らす。

「切り落とされたくなかったら自分で足掴んどけよ」

 滲む涙を拭うことすら出来ず、怯んだ俺の上に覆い被さるようベッドの上に膝立ちになった栫井はそう相変わらずどこか無関心な目でこちらの顔を覗き込むが俺と目があうなりにやりと口許に嫌な笑みを浮かべた。
 その笑みに自嘲的なものが含まれているということに気付くほど俺は聡くはなかった。
 ベッドが軋み、背中がベッドに埋もれる。

「っ、待っ」
「待たない」

 目を見開き、覆い被さってくる相手の胸を押し返そうとすればあっさりと手首をとられ、そのままベッドに押し付けられた。
 器用に片手でウエストを弛める栫井は下着から取り出し、間抜けに露出した肛門に宛がう。
 やばい。そう察した俺は咄嗟に顔の側にあったくるまったシーツに顔を埋めた。

「っん、ぐぅッ!」

 矢先、ぬちゅりと嫌な音を立て宛がわれたそれはローションを頼りに解されたそこに侵入してくる。
 下腹部が緊張し、挿入を拒もうとするが栫井は構わず腰を進めてきた。

「ふっ、ぅ、うぅ……ッ」

 本来ならば体の負担を軽減させるためにローションが作られたのだろうが、今はただ性交をよりスムーズにさせるローションの効能が疎ましくて仕方なかった。
 だからとはいえ、もっと痛い目に遭いたいというマゾヒスト染みた思想をしてるわけではない。ただ、同性相手とセックスをしたくないだけだ。
 そんな俺の意思とは裏腹に捩じ込まれるそれにいつものような苦痛は感じず、それがまた悔しくて堪らなくて。
 体内を這いずるように深く入り込んでくる他人の熱に中を摩擦される度に腰が疼き、堪えるように俺はシーツを噛んだ。

「ふっ、ぅ……っんん……っ」

 塞いだ口の代わりに鼻で息をする。
 ローションで濡れた性器を根本まで飲み込んだ結合部から目を逸らし、目眩を覚えるような圧迫感をぐっと堪えるように下腹部に力が加えた。

「……っなに声堪えてんの?」

 必死に堪える俺を見下ろす栫井は腰を抱き締めるようにぐっと下腹部を密着させるなりそうなんとなく面白くなさそうに眉を寄せた。そして、「生意気」と囁くなり栫井はシーツに隠れていた俺を無理矢理上を向かせ、固く閉じていた口に指をねじ込ませる。

「っん゙んっ!」

 骨っぽいその数本の指は俺の口の中へ入ってくるなりぐっと大きく開かせ、無理矢理開口させたまま栫井は再度ピストンを始めた。
 遮るものを失った口。ひどく腰を打ち付けられる度に振動で震える喉奥から「ぁっ、あっ」と舌足らずな声が洩れる。

「ぅ、ぁあっ、やらっ、かほい、ゆひっ、ゆひぃ……っ!」
「馬鹿みたい」
「っや、ぁあ……っ!」

 見下ろす栫井に「間抜けな声」と嘲笑され、その通り情けない自分の声に泣きそうになった。
 圧し殺すことも呑み込むこともできずピストンに合わせて洩れる声が遠くに聞こえ、開きっぱなしになった唇からは唾液が垂れる。
 それを拭うことが出来ず、ベッドの上で羞恥にもがく俺を見下ろした栫井は「お前、そっちの方が似合ってるよ」と笑った。
 なにと比べてそう褒めているのかわからなかったがどうせろくなことじゃないのだろう。
 思いながら、口の指を噛み千切る度胸すらない俺はただ喘ぎながら栫井がこの行為に飽きるのを待った。

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