04
「詩織って、結構食べるよね」
「そうかな?」
「そうだよ」
「俺からしたら、ゆうき君が食べなさすぎるだけのような気がするんだけど……」
それにしてもだ、阿佐美の食べってぷりは健康男児とかそんな理由のように思えないのだが。
もしかしたらだから大きいのだろうか。改めて頭一個分程上にある阿佐美を見上げる。
売店で買ってきたらしいたこ焼きを食べていた阿佐美は、「??」と不思議そうにこちらを見下ろした。
「あっ、もしかして……ゆうき君も食べたいの?」
「ち、違うよ。……あの、詩織って背ぇ高いなぁって思って……」
中学のときに比べれば俺も大分伸びた方だと思うが、阿佐美のそれは成長期だからというようには思えない。こういうのってやっぱり、遺伝とかも関係するのだろうか。
そう言えば生徒会副会長……五味や、あの阿賀松という男も阿佐美と同じくらいあるんじゃないだろうか。まじまじと観察してると、阿佐美は気恥ずかしそうに俯く。
「ゆ、ゆうき君……見過ぎだよ……」
「あっ、ご、ごめん……」
「……やっぱり、そんなに変かな……」
「変っていうか、その、目立つし……」
と、言い掛けてハッとする。しまった、フォローのつもりが全然フォロー出来ていない。表情は分かりにくいが、阿佐美がショックを受けてるのは明白だ。
ど、どうしよう。俺は慌ててない知識をフル動員させ、阿佐美へのフォローを考える。
『足が長くてスタイルもよくて羨ましい』?そんなお世辞丸出しみたいなこと言えない。
『便利でいいよな』?余計嫌われる。ど、どうしよう……思いつかない。
「本当は、嫌なんだけどね、目立つの……」
「う、うん……」
「けど、まあ、仕方ないよね。削るわけにもいかないし」
「うん……」
フォローするつもりが、見兼ねた阿佐美の方から俺をフォローしてくれる。申し訳ないの二乗だ。
「でも、俺、詩織みたいに身長大きいの、羨ましいけどな」
「……そう?」
「だって、その……ほら、上手く言えないけど……視野が広くなって、よく見えるし」
「……」
いいフォローが見つかったと思って発言したつもりだが、しまった。全然フォローになってなかったか?
阿佐美の沈黙が怖くて、汗がだらだらと流れてくる。慣れないことするもんじゃない、余計なこと言うもんじゃない。自分を強く戒めてると、不意に、阿佐美に「あの」と肩を掴まれる。
「ゆうき君、たこ焼き食べる?」
「へっ?」
「……あ、ごめん……なんか、あげたくなったから……」
俺はふれあいコーナーの動物か何かだろうか。
突拍子もない阿佐美の言葉にも驚いたが、驚きすぎてさっきまでウンウン悩んでたのもどうでもよくなった。半ばヤケクソになった俺は、「食べる」と阿佐美に頷き返した。
「そう、ならよかった。……これ美味しかったから、ゆうき君も好きになってくれると嬉しいな」
「じゃあ、あーん」と、串に刺したたこ焼きを一玉持ち上げる阿佐美。
まさか食べさせてくれるとは思ってなくて、俺は狼狽えながらも言われるがまま阿佐美に向って口を開く。
大きめのたこ焼きを零さないために、大きく口を開く。阿佐美から見れば喉の奥まで見えてるかもしれないと思うと恥ずかしいが、口の周りを汚すよりはましだろう。そう思ったのだが、ゆっくりと近付いてくるたこ焼きに無意識に舌が窄まる。
そして、ソースの匂いが一層濃くなったとき、舌に何かが触れた。たこ焼きだ。
熱くはないが、やはり大きさがあるので少し、食べるのに手こずってしまう。
「美味しい?」
「……美味しい」
「そっか、よかった。ね、もう一個あるよ?」
「い、いいよ……もう、詩織の分がなくなっちゃうよ」
思った以上に、男にあーんされると堪えるものがあった。恥ずかしさで阿佐美の顔が直視できないまま俺は、逃げるように部屋の壁掛け時計に目を向けた。そろそろ、志摩も待っている頃だろう。俺は阿佐美に「ちょっと出掛けてくる」とだけ告げ、部屋を後にした。
待ち合わせ場所であるラウンジに志摩の姿はなかった。
もしかして早すぎたのだろうか。まあ、それでもここで待ってたら間違いはないか。
自販機でお茶を買い、志摩を待つこと数十分。辺りは部活終わりの生徒の姿が多くなる。が、どこにも志摩の姿はなかった。
結局その日、辺りが暗くなっても志摩はやってこなかった。
◆ ◆ ◆
「……」
「ゆっ佑樹君、お風呂行こうよ」
「……」
「……佑樹君?」
俺は部屋に取り付けられた大画面のテレビを眺めたまま、黙り込む。
タオルに洗面器を手にした阿佐美は、心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「テレビ、面白い?」
「……うん」
正直、そんなに面白くない。阿佐美は寂しそうに「そっか」と呟き、部屋を出ていく。一人だけの部屋に、静粛が訪れた。
俺は悩んでいた。志摩の部屋へいこうか、かなり悩んでいた。でも、さすがに図々しいかもしれない。志摩にも都合があるんだし。
つまらない番組を眺めながら、俺は悩み続けていた。かれこれ30分くらいは悩んでいる気がする。
「……」
よし、志摩の部屋へ行こう。
俺は、渋る自分を強引に納得させ立ち上がった。
たまたま通りがかった感じでいけば問題ないだろう、多分。
脳内で何度もシミュレーションをしながら、俺はテレビを消し鍵を片手に部屋を出る。
確か、303号室だったよな。
俺は部屋を出て、扉に鍵をかけた。
一応阿佐美は鍵を持っていっているはずだし、帰ってきても大丈夫だろう。
鍵をズボンの中に入れ、扉の前から立ち去り志摩の部屋である303号室を目指した。
◆ ◆ ◆
広い寮内で迷子になりながらも、ようやく俺は303号室へとたどり着くことができる。
扉の前に立ち、ノックしようとするが今さら緊張してきて、出しかけた手を思わず引っ込めた。
やっぱ、帰ろうかな……。
怖じ気付き、俺は踵を返し扉の前から立ち去ろうとする。
でも、せっかく来たんだからノックするだけでも……。
再び踵を返し、扉の前を何度も往復する俺はきっと気味が悪いだろう。
「よし……」
ようやく覚悟を決め、固唾を飲んだ俺は303号室の扉を叩いた。
暫く待ってみるが、反応がない。
やっぱり、出掛けているのだろうか。どこか俺はほっと安心し、扉に背中を向けたときだった。303号室の扉が開く。
「あれ?佑樹?」
「と、十勝君……?」
部屋から出てきたのは十勝だった。
なんで十勝が志摩の部屋に?と疑問に思ったが、今朝交わした会話を思いだし納得する。
部屋は異様に騒がしく、廊下にまで楽しそうな笑い声が漏れていた。
「あ、あの……志摩は?」
「志摩?……あーあいつなら、多分外にいってんじゃないかなあ。ごめん、わかんねえわ」
「いや、ありがとう」
「志摩になんか用事?」
「伝言あるなら伝えとこうか?」そういう十勝に、俺は首を横に振った。
正直、用事という用事もないし十勝にわざわざ気を使わせる必要もないだろう。十勝は「そうか」と呟き、小さく笑った。
「そうだ。いま中で五味さん達いるんだけど、佑樹もどう?これから暇?」
「……いや、俺はいいや」
誘ってくれる十勝を有り難く思いながら、俺は断った。
昨日今日この学校にきたばかりの俺が入ると、変に白けさせてしまうかもしれないし、なによりも俺は人見知りが激しい。
「遠慮しなくてもいいのに」
「ごめんね。また今度誘ってよ」
誘われたことが嬉しかったせいか、少しだけ声が上擦って一人恥ずかしくなる。
「ん、わかった!んじゃまた暇なとき誘ってやるよ」
「ありがとう。それじゃ、おやすみ」
十勝に別れを告げ、俺は303号室の扉を閉じた。
ちゃんと遊び慣れてる感じになってただろうか。もしかしたら不自然だったかもしれない。廊下に残った俺は、深く息をついた。ようやく、全身の緊張がほどける。
「……はぁ」
結局志摩には会えなかった。もし部屋に志摩がいたら、俺は結構傷ついていたかもしれない。そう考えると、志摩が部屋にいなくてよかったと思う。
俺は、部屋の前から立ち去ろうとすると、背後から視線を感じた。振り向くと、数人の生徒がこちらを睨むように見ているではないか。目があっても、向こうは未だにこちらを見ている。
段々気味が悪くなった俺はなにも見なかったように目を逸らし、慌ててそこを離れた。
よくわかんないけど、こ、怖かった……。
何度も背後を振り返り、先ほどの生徒が見えなくなったのを確かめた俺はそこで足を止める。
たまたま目が合うならわかるけど、あれじゃずっと見られていたみたいだ。そこまで考えて、授業中の志摩との会話を思い出す。
「親衛隊……」
いや、まさか。そんなばかな。男に男の親衛隊っていうのも珍しいのに、男が男に嫉妬するなんて。しかし、完全に否定はできない。だとしたら、かなり恐い。
俺は変な危機感を覚えながら、さっさと部屋に戻ろうと足を進めた。すると向かい側からきた、桃色の派手な髪をした生徒がこちらに手を振ってくる。
「……?」
思わず目を細め、相手の顔を確かめるがまったく知らない。
もしかしたら、同じクラスの人かもしれないと考えた俺は、控えめに手を振り返す。
よく考えたら、あんな派手な髪の生徒を忘れるわけがない。
「伊織さーん、いたっすよー」
やはり、俺の勘違いだったようだ。俺はさりげなく手を引っ込め、何事もなかったかのようにやり過ごそうとする。
その瞬間、背後から何者かに襟元を掴まれ強く引っ張られた。
「ちょ……っ?!」
「やっと見つけた。ユウキ君」
阿賀松伊織が、下品な笑みを浮かべそこに立っていた。
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