天国か地獄


 07

 本当にこの学園の一階には色々な店舗が揃っていた。
 服屋からコンビニ、雑貨屋に文具店。
 そのうちアミューズメントパークでも出来るんじゃないかと思ってしまうくらいの品揃えならぬ店揃えに内心呆れずにはいられない。
 その反面、その利便性に感動したのも事実だ。

「次どこいきたい?」

 服屋を出た俺と志摩。
 何気なく尋ねられ、俺は辺りを見渡した。
 そして、目についたその看板を口にする。

「……本屋」
「へえ、本?好きなの?」
「そういうわけじゃないんだけど……ちょっと気になって……」
「いいよ、なら行こうか」

 本屋へと足を踏み入れる俺たち。
 立ち並ぶ本棚には参考書から雑誌まで様々なものが揃えられていて、やはり学業に関するものが多いのはここがあくまで学園だからなのだろう。
 広い店内、生徒の姿は少なくはない。
 それにしても、すごい量の本だな。なんて、キョロキョロしていたときだった。

「あれ?佑樹じゃん!おーい、佑樹ー!佑樹佑樹ー!こっちこっちー!」

 遠くから名前を呼ばれ、まさか俺のことだろうかと思いながら振り返れば、そこには本屋とは場違いな程派手な生徒がいた。
 別れたばかりのそいつには見覚えがあった。
 生徒会書記、十勝だ。
 十勝の登場に、隣に居た志摩の表情が露骨に引き攣る。

「十勝……君?」
「そうそう、覚えててくれたんだ!嬉しいーな、これ!」
「ええと、まあ……」
「齋藤、なに?こいつと知り合いなわけ?」

 俺の手を取り、はしゃぐ十勝に更に表情を険しくした志摩はこちらを睨む。
 知り合い、というには知り合いなのだろうがまさか不正取引した仲だとは答えられるわけもなく。
「ええと」と口籠る俺に、「あ?」と十勝は志摩を睨む。

「って、うわ、なんでお前ここにいんの?」
「なんでって……俺の勝手だろ」
「本とか興味ね〜くせに……気持ち悪っ」
「はあ?」

 知り合いなのだろうかと思っ矢先、いきなり険悪になり始める2人。

「あ、あの、……志摩……十勝君と知り合いなの?」

 このままではまずい、そう察した俺は慌てて話題を変えようと志摩に問い掛けるもやっぱり志摩の表情は険しいままで。

「知り合いだなんて気持ち悪い言い方やめてよ」

 どうやら余計なことを言ってしまったようだ。
 ますます気を悪くする志摩に俺は「ごめんなさい」と一歩後退る。

「えっなに、佑樹って亮太と仲いいの?」
「ん、ええ、まあ……」
「すげー仲いいよ、お前よりはね」

 割り込むように返事をする志摩に、今度は十勝の表情が凍る番だった。

「佑樹さあ、まじ、友達はとか選んだ方がいいって。よりによって亮太とか……」
「十勝」

 わざとらしく声を潜める十勝に、とうとう痺れを切らしたのだろう。
 先程以上にトーンの低くなる志摩。
 その表情にさっきまでの笑顔はなくて。

「ねえ、生徒会の仕事はいいの?さっき、会長が十勝のこと探してたみたいだけど」
「っ、あー、そうだ、忘れてた」

「わり、また今度ゆっくり話そうぜ」怒ると怖いという芳川会長のことを思い出しているのだろうか。
 そう、俺の肩を叩き、そそくさと本屋を出ていく十勝。
 その後ろ姿に「今度はないよ」と志摩が吐き捨てるのを俺は聞き逃さなかった。
 阿佐美とはまた違う仲の悪さを見せつけられたようで、何とも言えない空気だけがその場に残る。
 あまりの居た堪れなさにその場から動けなくなっていると、不意に肩に手を回された。

「本屋、見て回る?」

 そう、先程までとは打って変わって満面の笑みを浮かべた志摩。
 その威圧感に、俺は慌てて首を横に振った。


 本屋を後にした俺たち。
 すると、向かい側の服屋が異様に騒がしいことに気付く。
 何かあったのだろうか、と視線を向けた俺はそこで凍り付いた。

「なあ江古田ーこれ似合う?てかまじで俺似合う」
「……櫻田くん、なにその格好……」
「会長がさぁ『元気のある活発な女の子が好き』っていうから買ってきちゃった!つーか冗談抜きで俺まじで可愛くね?」

 櫻田と呼ばれたその生徒はそうはしゃぎながら江古田と呼ばれた生徒に話し掛ける。
 それだけならまあ、まだ微笑ましい。だが、問題は櫻田だ。
 百八十はある長身のそのどこか女性的な顔の造りをした美形の着ている制服の下はスカートになっていた。
 因みにここは男子校で、櫻田の声体つき全てどっからどう見ても男のそれだ。
 女装。
 俺の頭にその二文字が過った。

「……櫻田君の場合は気持ち悪いだけだから……」

 江古田と呼ばれた生徒は長身の櫻田とは対照的に小柄だった。
 熊のぬいぐるみを抱き締め、ぼそりと毒づく江古田に見てるこっちがヒヤヒヤするがそんな毒にも櫻田は慣れているようだ。

「うるせーよ、いいんだって!ほら、カツラも買ってきたし!」
「……」

 そう、櫻田は抱えていた紙袋からクリーム色のボブヘアーのカツラを取り出す。
 どうやらこのモールで購入したようだ。
 確かに睫毛が長くどちらかと言えば女顔だが、そういう問題ない気がしてならない。

「今年の一年は元気だね」
「元気どころじゃないような気がするけど……」

 笑う志摩に、俺は小さく呟いた。
 芳川会長も大変だな。
 思いながら、俺たちはその場を離れた。

 ◆ ◆ ◆

「結構歩いたね」
「そうだね。……ちょっと休憩する?あそこに座れそうな場所あるけど」
「そうしてくれたら……嬉しい」
「構わないよ。時間はたくさんあるんだからね」

 学生寮一階、ラウンジ。
 隣合って座るのはいいが、どうも志摩の距離の近さに慣れない俺がいた。

「なんか……お腹減った」
「そう?」
「志摩は減らない?」
「ああ、俺齋藤と会う前にちょっと食べたからな」
「そっか……」
「なら、コンビニ行く?」
「うん、俺行ってくるよ。すぐ戻ってくるから」
「……一緒じゃなくていいの?」
「そんな……志摩だって疲れてるだろうし、いいよ、コンビニなら近いし」

 なるべく迷惑は掛けたくない。
 そう思って断ったのだが、志摩の表情は浮かないままで。

「……そう、ならいいけど迷子にならないようには気を付けなよ。俺、齋藤を放送で呼び出してもらうのやだからね」
「ははっ、そうだね、気を付けるよ」

 俺の気にしすぎだろうか。
 笑って志摩と別れ、ラウンジを後にする。
 暫くぐるぐるして、無事コンビニへと辿り着くことができた。

 ――コンビニ店内。
 軽食で済ませようかとパン売り場を眺めているときだった。

「会長ー、どぉーっすかこれ。まじ可愛くないっすか」

 裏側の棚から聞き覚えのある声が聞こえ、つい、ほんのちょっとの好奇心で顔を上げればそこにはさっきの女装男・櫻田と芳川会長がいるではないか。
 お菓子コーナー前。
 いいながらスカートの裾を持ち上げそう芳川会長に迫る櫻田に俺はさっと視線を逸らす。なかなかの美脚だった。

「君、制服の改造は校則で禁止されてるんじゃないのか」
「大丈夫っすよ、これ制服じゃねーし」
「もっと問題だ」
「えー、怒った会長もかーわーいー!」

 さっき買ったといっていたカツラをしっかりとかぶり、芳川会長の言葉にぶりぶりと身を捩らせる櫻田は悪い意味でも良い意味でも女装をこなしていた。
 愕然とする会長の心中お察ししつつ、なるべく関わらないようにしようとそそくさとレジへ向かおうとした時だった。
 会長と目が合う。

「齋籐君」

 なんということだろうか。
 振り向けばそこには助けろといわんばかりの鋭い眼差しで俺を見てくる芳川会長がいるではないか。

「あー、はは、どうも……」

 無視するわけにも行かず、俺は会長に軽く会釈し、そのままその場を立ち去ろうと踵を返した。
 瞬間、腕を強く掴まれる。

「頼む、こいつをどうにかしてくれ」

 すがるような目で見据えてくる芳川会長。
 そんなこと俺に頼まないでください。
 強気なこと言えるわけでもなく、だからといって櫻田を追い払う術ももっていない。
 助けるにもどうすることも出来ないジレンマに、俺はうっすらと冷や汗を滲ませた。

「……あ?誰だお前、会長の友達?」
「え?いや、ええと」
「そうそう、俺の友達なんだ」

 言いながら肩に回される会長の手に、「えっ?!」と、つい俺は驚きの声を上げる。
 その場凌ぎとはいえ友達と認定されたのは光栄だが、この流れでそれはどうなんだ。

「へえ、会長の友達ねえ……」

 それにしてもなんだろうか、この櫻田という男は。
 無遠慮にじろじろとひとの顔を見てくる櫻田に色々な意味でドキドキしてしまう。

「ほら、齋籐君もちゃんと下穿いてるだろ?だから君もそのスカートを……」

 そう芳川会長が言いかけたときだ。
 不意に伸びてきた櫻田の骨張った手が頬に触れる。
 そして、

「俺の方が全然可愛いな!」

 両頬を挟むよう押し潰された。
 いきなりの頬の痛みに一瞬彼がなにをいっているのかわからなかったが芳川会長のドン引きしたような表情に大体納得した。

「い、いひゃ……」
「おい!何をしている!」
「お前、なんか気に入らねーな。学年は」
「に、にひぇんだけど……」
「うっわ、年上かよ!ははっ、見えねー。ウケんだけど」

 ぐさぐさと突き刺さる言葉の矢に挫けそうになっていたとき、肩を掴まれ強制的に櫻田から引き離される。

「彼は俺の友人だと言っただろう。誰であろうと俺の友人を愚弄するやつは許さないぞ、櫻田君」

 それは先程よりもハッキリとした口調だった。
 自分と櫻田の間に割り込むように立つ芳川会長、その背中が一段と大きく見えたのは気のせいではないはずだ。

「会長、俺よりもそいつのことを庇うんすか!」
「庇うもなにも、俺には君を庇う必要性もなければ道理もない」
「俺のが、俺のが役に立ちますよ!そんなトロそうなやつよりも!」
「う……っ!」

 否定できないだけに悲しい。
 項垂れる俺が痛がっているように見えたようだ。
 心配そうな顔をする芳川会長に頬を撫でられ、ぎょっとした。

「齋籐君、大丈夫か?」
「あ、ありがとうございまひゅ」

 噛んだ。
 くすぐったいのか気恥ずかしいのかよくわからない気分になり、やんわりと俺は会長の手を離した。

「ああ、すまない。……ベタベタ触ってしまったな」
「いや、大丈夫です」

 そんなやり取りを妬ましそうな顔で眺めていた櫻田の顔が益々悪鬼と化してゆく。
 そんな櫻田と目があってしまったときだった。

「……櫻田君……ここにいたの……?」

 いつの間にか櫻田の背後に立っていた先ほどの陰気な生徒・江古田。
 あまりにも気配がないというのもなかなか不気味で、いきなり現れた江古田に心臓が停まりそうになった。

「……櫻田君が、お世話になってます」
「え?ああ……どうも」
「なってねーよ。馬鹿じゃねーの、バカ江古田」
「……櫻田君にバカって言われたくない……」
「ああ?やんのかてめー」

 今にも噛み付きそうな勢いすらある櫻田を無視し、俺たちの某を振り返る江古田。

「……ごめんなさい、櫻田君、バカなんで……」
「うるせえ、誰がバカだこのクマ男!」

 そう、櫻田が江古田の抱えていたクマの縫いぐるみを掴もうとしたときだった。

「ぐえッ」

 無言で櫻田の腹を殴る江古田は、蹲る櫻田に続けてその顔面に縫いぐるみを叩き込む。
 それはもう凄まじい連携技だった。
 ぐったりとした一瞬の隙を狙い、櫻田を捕獲した江古田は俺たちに向かってぺこりと会釈し、そのままコンビニを後にする。
 どうなってるんだ、あの二人の力関係は。
 櫻田の足をずりずり引き摺りながらも出ていく江古田を見送るしかできなかった。
 やがて二人の姿が見えなくなったと思えば今度は外から櫻田の罵倒が聞こえて、なんだか気まずい空気だけが店内に残ったのは言わずもがな。

「わざわざひき止めて悪かったな」
「いえ、こちらこそ、すみません……気が効かなくて」
「いや、助かったよ。……ありがとう」
「……いえ」

 結果的には江古田のお陰のようなものだ。
 自分がお礼を言われるのは筋違いな気がしてならないが、少しでも会長の役に立てた。そう思うと、悪い気がしなかった。

「そうだ、君も昼食を買いに来たんだろう。これからどうだ、時間があったらだが」
「昼食……ですか?」
「ああ、どうだろうか」
「……あの、すみません。俺、友達外に待たせてるんで気持ちだけ有りがたくいただきます」
「そうなのか。なら仕方がないな」

 まさか芳川会長から誘いがあるなんて思ってもおらず驚くと同時に嬉しくなったが、こればかりは仕方ない。
 申し訳なくなって項垂れると、頭を撫でられる。
 ビックリして顔を上げれば、にこりと笑う会長と目があって。

「じゃあ、俺はこれで。勉強頑張れよ、齋籐君」

 それだけを言って、会長はコンビニを後にした。
 ああ、俺も早く戻らなければ。
 ラウンジに待たせた志摩のことを思おながら、俺は適当な軽食を買ってコンビニを出ていく。

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