天国か地獄


 11

『一度、医者に見てもらった方がいい』
 俺の全身の傷を心配した阿佐美に促され、部屋の中、阿佐美が呼んだ医者に診察してもらうこと暫く。
 全身の外傷を手当して貰い、大分楽になったが傷が傷なだけに何か追求されないかヒヤヒヤしていたがそこは阿佐美が呼んだ医者だ。特に深く問いつめられることもなかった。
 安堵する反面、阿賀松たちにとってこういうことは日常茶飯事なのだろうかと勘繰らずにはいられない。

「お疲れ……具合はどう、かな」
「うん、お陰様で楽になったよ」
「そっか、それなら良かった」

 阿佐美が用意した服に袖を通した俺を見て、「丁度よかったかな」と阿佐美は安堵したように笑う。

「丁度良いよ。……けど、悪かったね、ここまでしてもらって」
「それは気にしないで。全部、俺達のせいなんだから」

 阿佐美は、阿賀松の問題もまるで自分のことのように口にする。
 ただ血が繋がっているだけだから、というにはあまりにも強い自責の念に違和感を覚えないと言えば嘘になる。

「……あの、詩織」
「どうしたの?お腹減った?」
「そうじゃないんだけど……聞きたいことがあるんだ」
「……なに?」

 俺の表情から何か悟ったのか、微かに、阿佐美の表情が強張った。
 阿賀松と阿佐美の関係性。ただの双子と言うには、二人のそれは異常に感じた。

「あの夜……俺と会長が一緒だった時、庭園に現れたのって……詩織?」

 ずっと感じていた1つの違和感。それを、思い切って口にする。
 あの夜、現れたあの男が阿佐美なのか、阿賀松なのか分からなかった。けれど、阿佐美だったらいいのに、とは思っていた。その反面、一見阿賀松と勘違いしてしまうあの言動行動が阿佐美のものだと思うと阿佐美のことを普通に見ることは出来ないだろう。
 それでも。

「いや、あの、だから何ってわけじゃないんだ、責めるつもりもないし……ただ、気になって……」
「……ゆうき君は、なんて答えて欲しい?」
「……え?」

 まさか、そんなことを聞かれるとは思ってもいなくて、思わず聞き返してしまえば阿佐美は俺から視線を外す。
 俺は、阿佐美になんと言ってほしいのだろうか。
 本当のことを話してほしいと思う反面、事実を知ってしまうと今まで信じていたものが崩れ落ちそうなそんな気がしてならなかった。

「正直俺は……あの時、助けてくれたのが詩織だったら……って思うよ」
「……」
「確かに、ビックリしたけど……けど、俺は、詩織が言うことならなんでも信じるよ。……だから、話して欲しいと思う」

 探り探りの拙い言葉が阿佐美に届くか分からない。けれど、疑心暗鬼のまま阿佐美の側にいるのは俺も嫌だった。俺の言葉を聞いて、阿佐美は何を思ったのかその表情からは読み取れない。

「……そうだよ、あの時あっちゃんの真似をしたのは俺だよ」

「騙すつもりはなかったんだ……だけど会長がいる手前あっちゃんのフリをしないとまずかったんだ。……ごめん」そう口にする阿佐美はどこか諦めたような顔をしていて。

「ありがとう、教えてくれて」
「……ゆうき君」

 言われてみれば、元より阿佐美は阿賀松のフリをして学園で生活していたといっていた。それならば、阿賀松として周囲を騙すのもお手の物ということか。
 これは、使えるのではないのだろうか。そこまで考えて、当たり前のように阿佐美を利用しようとしている自分に気付き、ゾッとした。
 ……けれど、そのために俺はわざわざここまで来たのだ。志摩や栫井のことを忘れたわけではない。
 目的のためなら手段は厭わない、そう決めたはずだ。

「……よかった、それを聞いて安心したよ」

 正直、阿賀松とほぼ対等の立場である阿佐美の手を借りれるのは有り難いことだった。
 だとしたら、後は俺次第というわけだ。
 阿佐美の手を握りしめ、俺は、目を閉じた。

「詩織は学校辞めてからいつも何をやっているんだ?」

 それは何気ない質問だった。
 一先ずは怪我を治すことが優先だと口を酸っぱくした阿佐美に言われるがまま部屋で過ごす時間が多くなる。
 時間感覚も薄れ、志摩と分かれてから何日が経ったか分からなくなってきたそんな昼下がり。
 俺の言葉に、台所で何やらガサガサしていた阿佐美はこちらを振り向いた。

「ええと……それは、どういう意味で?」
「どういうって……そのままだと思うけど」
「まあ……寝たり、いつも通りだよ」
「……そっか」
「いつも一緒に居るんだから、それはゆうき君自身が一番知ってると思うけど……」

 確かに、阿佐美の言い分は最もだ。
 けれど、いつも寝てるかと思いきや突然起きるなりずっとパソコンをイジってたり何やら小難しそうな本を読み始めたりと中々不規則な阿佐美の行動はいつも一緒に居る俺でも掴めないもので。

「そ……それよりも、大分、顔の腫れが引いてきたみたいだね」

 話を逸らされた、と思った。
 そっと伸びてくる指先に頬の輪郭を撫でられ、微かに筋肉が強張った。
 けれど、以前のような鋭い痛みも痺れも熱もない、鏡を見ればまだ少し痣は残っているがそれでも腫れが無くなったのは大分大きい。
 欠けた奥歯も、阿佐美に連れて行かれた歯科で治療をしてる内に大分違和感もなくなってきた。
 あと少しで何もなかったことになる、というわけではないだろうがそれでも怪我のせいで大分行動を制限されていた俺にとってその事実は喜ばしいものだった。

「じゃあ、そろそろ……いいのか?」
「……そうだね、ずっと、ここに閉じ込めておくわけにはいかないしね。……けど、本気なの?」

 不安そうな顔をして尋ねてくる阿佐美に、俺は大きく頷いた。
 阿佐美との約束、それは『怪我が治ったら俺を学園へ戻す』というものだった。
 勿論、阿佐美は『危険だ』と言って申し出をタダで受け入れてはくれなかった。だから、条件付きという形になるわけだけど。

「本気だよ。……それに、詩織がいてくれたら、それだけで心強いし」
「……ゆうき君」

 条件、それは阿佐美も一緒に行動するということだ。
 勿論、校内で阿賀松とガチ合う可能性もあるだろう、それでも阿賀松との約束を破ることにはならないはずだ。ただ、会長たちにバレる場合を除いて。

「やっぱり、ゆうき君は変わったよ」
「そう……かな」
「そうだよ。……こんなに、ゆうき君が強引だなんて思わなかった」

 褒められている、というわけではなさそうだ。

「……志摩のお陰かな」
「……詩織」
「もう一回言っておくけど、俺は学生寮から動けないよ。あまり目立ったことも出来ないし、ゆうき君の力になれることは少ないと思う」
「それでも構わないよ。……さっきも言ったけど、俺は詩織が居てくれるだけでいいんだ」

 厳密に言えば、阿賀松のフリをした阿佐美が、だが。
 阿佐美の話では、阿賀松もあまり校内を出歩けないという。だから、最近は学園内にいないことの方が多いという。
 裏で何を企んでいるか分からない、それでもそれはチャンスに変わりない。阿賀松が居ない間の学園内、阿佐美をつかえばアンチの連中を騙すことも出来るだろう。
 灘や八木、それに志摩のお兄さんの安否、それに、栫井の退学の真相。調べなければならないことは山ほどある。
 今から俺がすることは人道的とは思わない。俺は阿佐美の優しさを利用し、踏み躙ることになるだろう。
 それでも、役立たずのままでいるのは嫌だった。
 ……志摩。学園に戻ったら、志摩にも会うことになるだろう。
 怒られるだろうか、殴られるだろうか、考えただけで怖かったが、それ以上に会いたい気持ちの方が強かった。俺は一人でも出来るんだよ、と志摩に言ってやりたかった。
 ただでさえ、時間を食ってしまった。これ以上時間を無駄にするわけにはいかない。

 早朝、五時半。
 俺は、阿佐美が用意してくれた制服に袖を通した。新品特有の固い布の感触が逆に気を引き締めてくれる。そんな気がした。
 阿佐美のことを全100%信頼しているわけではない。勿論、信じたいという気持ちはあるが全てを任せきりにするつもりもない。
 だから、正直今回の作戦のこともギリギリまで決め兼ねていた。

「詩織、ネクタイは?」
「え?いるの?」
「……あ、いいか、別に」

 普段からネクタイを嫌がる阿佐美ならともかく、今回は阿佐美ではなく阿賀松伊織として俺の側に居てもらうのだ。阿賀松自身、まともに制服を着ていないしここは目を瞑るとしよう。
 ロビーを抜け、阿賀松のマンションを出れば、予め阿佐美が用意していた車が停車していた。

「乗れよ」

 一瞬、本気で阿賀松の声と聞き間違えてしまい、反射的に背後の阿佐美を振り返ってしまう。

「早くしろ」

 背筋が凍るような低い声。
 目の前にいるのが阿佐美だと分かっていても、本物の阿賀松に促されているようで、緊張で上手く体が動かなくなる。そんな調子で後部座席に乗り込めば、隣にどかりと阿佐美が座った。
 分かってはいたが、こうしていると全然阿佐美だと分からない。何も言わずとも走り出す車、運転席に座るスーツの男は後部座席の人物が阿賀松だと思っているのか、否かが気になった。
 車の中は重苦しい沈黙だけが流れていた。阿佐美は口を開こうともしないし、恐らく、実際隣に座っているのが阿賀松だったとしてもあの人も喋らないだろう。

「……」
「……」

 意識すればするほど俺の隣にいるのは阿賀松なのか阿佐美なのか分からなくなってきたが、これから学園に向かう時には阿賀松だと思わなければならない。うっかり詩織と呼ばないようにしなければ。一人思案してる内に車は停まる。
 開く扉。俺より先に阿佐美が降りた。
 そして、

「なにノロノロしてんだよ、さっさと降りろ!」
「ぁ……ごっ、ごめんなさ……っ」

 伸びてきた手に腕を掴まれ、引き摺り出される。謝りかけて、目の前の男が阿佐美だということを思い出した。
 これは、俺が気を付けることなんてないんじゃないだろうか。流石双子と言うべきか、声の張り方から動作まで写しのような阿佐美に俺の心臓は既に危ない状態になっていた。

 矢追ヵ丘学園、校門前。
 登校時間ということもあってか、校舎へと向かおうとしていた生徒たちがいきなり現れた俺達を見るなり小さくざわついた。
 俺単体を見るときの好奇のものでも、会長や生徒会を見るときのような羨望の眼差しでもない。
 なるべく、関わりたくない。そう言うかのようにすぐに視線を逸らす生徒たちからは畏怖にも似た感情を確かに感じた。

「なにボケッとしてんだよ、一人で歩けねえのか?」

 背中を押される。転びかけたところで肩を抱かれ、支えられた。

「学生寮に戻る、裏口から入るから」

 耳元、小さく呟かれたその声に、俺は応える代わりに顔を伏せた。
 そのまま、引き摺られるかのように、俺は阿佐美と学生寮へ戻った。懐かしむ暇はない。
 目的はアンチの奴らから情報を手に入れることだ。
 周りの目を無視することは出来なかったが、それでも前より気にならなくなったのは一人ではないからだろうか。それとも、開き直りか。
 思いながら、俺は視線を感じながらも学生寮の裏へと回った。

「ここまで来れば誰もいない……みたいだね」

 学生寮、裏口。
 基本、学生寮は表の扉しか開放されていないため通常の生徒は表での扉しか通らない。そう、通常の生徒ではない阿賀松と阿佐美を除いて。
 いつも夜中にふらっといなくなってはふらっと戻ってくる阿佐美は消灯時間を無視して利用できるこの扉を使って出入りしていたそうだ。
 そんな扉の存在を知らなかった俺は驚いたが、生徒会専用のエレベーターがあるくらいだ。孫達専用の抜け道があっても不思議ではない。

「ここって、阿賀松先輩も通るんだよね」
「そうだね」
「誰が通ったとかって記録、残るの?」
「ここの扉自体には残らない。……けど、抜けた先、学生寮内に出るとそこのカメラに映るようになってるね」

 やっぱり、完全に隠滅することは叶わないということか。
 通路自体はそう長くはない。すぐに行き止まりに辿り着き、そこには扉が一枚。
 阿佐美はカードキーを使ってその扉を解錠した。

「あまり、無理はさせたくないけど休んでる暇はないんだよね。……このまま、行くからゆうき君」
「わかった。……有難う、俺のことは気にしなくて大丈夫だよ」
「……」

 少しの間の阿佐美自身との会話だけでも大分、落ち着くことが出来た。
 阿佐美に阿賀松の真似をさせる以上、阿賀松の性格上俺への扱いは分かる。つまりそれは阿佐美に何されても文句は言えないというわけだ。
 言うつもりもないが、容赦なく掴まれた肩が、腕が、今でも指の跡がズキズキと痛んだ。

 通路を出れば、学生寮一階、ショッピングモールに出た。
 扉を開けた途端響き渡る騒音に近い音量のBGMに人の声。
 よりによって、ここに繋がっているのか。ショッピングモールの一角にあるゲームセンター、その奥に俺達は出た。

「ぁ……」

 阿佐美は俺の前をズカズカと歩き始める。それに置いていかれないように、俺は阿佐美の後を追い掛けて行った。
 確かに、ゲームセンターはよく阿賀松達が溜まっていた場所だ。
 誰かいるだろうか。辺りを見渡せば、各々ゲーム機に夢中になってる生徒ばかりが目に付いた。
 そんな中。

「あれ、齋藤君じゃん」

 いきなり背後から肩を抱かれ、驚きのあまり変な声を出しそうになった。
 振り返る阿佐美、俺はそこに居た人物は、俺の顔を見るなり「久しぶり」と無邪気に笑う。
 縁方人。そこに、先日の車椅子はなかった。

「……先輩」
「伊織も、戻るんなら一言声掛けてくれてもいいだろ?……あ、今は詩織だっけか?」
「そいつから手を離せ」
「あっは、相変わらず冷てーの。俺、あんなに頑張ったのにさぁ?少しは褒めてくれたっていいんじゃねえの?」

 普通に立っている縁に、以前の腹部の傷が気になって仕方なかった。それ程深い傷ではなかったということか。尋ねようか迷ったが、今の俺はそんな立場ではない。
 それよりも、『頑張った』という単語が引っ掛かった。

「あれくらいで褒美強請ってんじゃねえよ、猿でも出来る」
「あーはいはい、そうだね、お前はそういうやつだね。あーあ、テンション下んなぁ。調教すんの、頑張ったのに」
「……調、教……?」

 背筋の凍るような単語に、目の前が薄暗くなる。
 誰が、誰を。縁が、誰を?考えたくないが、聞き逃すことも出来なかった。蒼白になる俺を見て、縁は笑う。

「何?齋藤君も興味ある?いいよ、齋藤君なら優しくしてあげるよ」
「方人っ」
「あー、はいはい、ごめんね、俺好きな子の前ではお喋りになっちゃうからさ」

「ま、その内会えるんじゃないかな」と縁は笑い掛けてくる。
 嫌な予感がする。浮かぶのは阿賀松の元に残したままになっていた生徒会書記の姿だ。
 まさか、まさか、まさか。震える体を必死に掴み、落ち着かせようとするのに震えは止まらなくて、寒気がする。

「それで、わざわざ来たってことはあのことでしょ。次の生徒会選挙のこと?」

 生徒会選挙。二学期制のこの学園では本当は生徒会選挙が一学期の後半、十月にそれが行われると聞いていた。

「間に合いそうか?」
「ま、正直微妙なとこなんだけどね、詩織がいない間面白いことがあったんだよね」
「面白いことだと?」
「芳川の入院が延期だって」

「入院?」と、つい声を漏らしてしまう。
 会長が入院していた事実すら知らなかった俺にとって、縁の口から出てくる言葉の数々に圧倒されっぱなしだった。だって、どうして、会長が、それも延期だなんて。

「今は武蔵のやつが頑張ってるみたいだけど、書記君もいないし栫井も芳川もいないだろ?だから、皆言ってるよ、生徒会選挙が早くなるんじゃないかって」
「……ッ」

 生徒会選挙。次の生徒を決める、選挙。
 会話からするに、阿賀松は今度の選挙に会長が挙がらないようにするのが目的ということか。
 そうするには、必ず選挙を開催させようと目論んでいるに違いない。だとすれば、危ないのは入院中である会長と、残りの役員か。
 俺が阿賀松だとしたら、全員潰して全員違う生徒が選ばれる確率の高い選挙を必ず開催させようとするだろう。
 見えてきた、阿賀松の目的に改めて慄かずにはいられなかった。

「随分と酷い顔色してるね、齋藤君」

 名前を呼ばれ、無意識に体が強張った。

「そんなにあいつらのことが心配?」

 縁の顔は笑っているはずなのに、いや、だからだろうか。
 他愛のない世間話でもしてるかのような軽い縁の態度に違和感を覚えずにいられなくて、同時に不信感が募る。

「本当わかりやすいなぁ、齋藤君は」
「おい」

 俺に触れようとしてきた縁の手を叩き落とす阿佐美。
 そんな阿佐美に、縁は「なんだよ、何もしてないだろ、別に」と大袈裟に肩を竦め、笑う。

「ベラベラベラベラ喋り過ぎなんだ、テメェは。……口、縫い付けられてえのか」
「あれ、もしかしてこれ言わない方がよかった?」
「場所を弁えろ」
「あはは、伊織にそれを言われちゃうなんてなぁ」

「……」

 ひたすら居心地が悪かった。
 阿賀松の企みを考えると、ここでじっとすることが耐え難くて。こうしてる間にも、もし十勝や五味に何かがあったら。そう思うと気が気でなかったが、そんな俺の立場を思い出させてくれたのは目の前の阿佐美だった。

「で?灘和真はどこだ?」
「何?会いたいの?」
「最初からそういう話だったはずだ」
「あぁ、確かにそんなこと言ってたっけ〜」
「……お前、使い物にならなくしてねえだろうな」

 阿佐美に睨まれても縁は特に表情を変えるわけでもなく、ただ楽しそうに笑った。

「それは自分の目で確かめれば?」

 そう言って、制服のポケットから何かを取り出した縁は阿佐美にそれを握らせた。
 阿佐美は何も言わずにそれを受け取る。ちらりと見えた銀色のそれは、鍵、だろうか。

「おい」

 今度、阿佐美が目を向けたのは俺だった。
 場所を変えよう。そう、阿佐美の目は言っていた。
 頷くことも出来ず、ただ従おうとしたときだった。

「伊織」

 縁が阿佐美を呼び止めた。

「もう行くのか?もう少し、付き合えよ」
「お前に付き合ってる暇はない」
「齋藤君と付き合う暇はたくさんあるのに?」
「当たり前だろ、自惚れんな」
「相変わらず酷いなぁ。ま、いいけど。『暇』になったらまた後で来いよ」

「場所を弁えた話をしたいからな」そう縁は目を細める。
 その言葉は明らかに阿佐美へ向けられたもののはずなのに、縁の目は俺を捉えていた。
 なんとなく、嫌なものを感じずにはいられなかった。
 阿佐美は縁に何も答えなかったが、阿佐美の立場でもそれを無視することは難しいはずだ。
 返事の代わりに歩き出す阿佐美。
 そんな阿佐美に腕を引かれ、俺はその場を後にした。
 ……絡みつくような縁の視線を感じながら。

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