01

ひどい夢を見ていた気がする。
長い長い悪夢にうなされていた気が。


目が覚めると両手と両足が拘束されていた。
ぐらりと視界が揺れて思考が鈍る。
吐き気が、した。

何だかとても泣きだしたい気分になったが堪える。
とりあえず今は状況を把握しよう。
体を捻るもがっちりと拘束されていて動けない。
椅子に、冷たい椅子に座った状態で後ろ手に結ばれている。
足も椅子に括りつけられるようにベルトで固定されている。動かない。
大分眠っていたんだろうか。臀部や背中がじくりじくりと痛んだ。
壁や床の冷たい色の先に鉄格子がはまっていた。
その向こう側に赤毛の男の人が背を向けて立っている。
嫌な考えになる。まるで本で見た悪い人みたい。
悪い事をした人は掴まって、こうして檻の中に入れられるんだと。
まるで他人事みたいに考えていた。

彼に何か反応をと思い、口を開いた。
張り付いて乾いた喉があの、と呼び掛けたが彼から反応はなかった。
まるで人形みたいにぴくりともその背中は動かなかった。
ひどく喉が渇いた。お腹が痛いのは空腹からだろうか。
頭が痛い。

再び口を開くのは躊躇われて大人しく目を伏せる。
まだ、悪い夢の中にいるだけ。それだけ。
もう一度目を覚ませばきっと大丈夫。
悪い夢を見ていただけだって、笑ってくれるよね。

目が覚めて、改めてわかった事がある。
ここは地下だ。地下牢、というものだろう。
目が覚めた時、時間がわからなかった。ひどく長い時間寝ていた気がするし、ほんの10分程度だったかもしれない。
そもそも今が夜なのか昼なのか朝なのかわからない。
窓がない事に気づくのとずっと火が灯されているから明るいのだとわかった。
そしてここは地下なのだろう、と。鉄格子の向こうを見てそう思った。

結局私は一度目を覚ましたものの言葉を交わさず、何も口にせず、一歩も動けなかった。
これではまずい。なんとかしなくては。ずっとここにいるなんていや。
意を決して口を開く。鉄格子の向こうには赤毛の男の人がいる。

あの、すみません、少しいいですか。

柵の向こうの背中は動かない。まるで私なんていないみたいに。
眉を寄せて震える唇を開く。ぎゅっと手を握り締めた。

言葉は、わかりますか。

小さく揺れる背中。
少しだけ振り返った相手は怪訝そうに眉を寄せるがちゃんと人だった。
人形ではなく、生きている人間だ。言葉が伝わるんだ。よかった。よかった、

改めて人の目を見ると躊躇いが生まれるがそんな事よりも重要だ。
ずっと縛られてるなんて、ごめんなんだから。
彼を真っ直ぐと見つめたまま、手を握り締めたまま、口を開く。

お手洗い、借りたいんです。

声が震えてた。かっこ悪いなどと思いながら俯く。
少しでいいから拘束具を外して欲しかった。
1歩でいいから歩きたい。会話を、したい。
この状況がわからない以上下手なことはできないししたくない。
状況を説明してくれたら。両手両足を解放してくれたら。
そんな望みを胸に顔をあげて相手を見やる。

怪訝そうな表情の相手は誰かを呼ぶと少し相談してから渋々といった感じで柵を開けた。
そしておずおずと私に近寄ると小さな何かを置いて再び柵の向こうへ行ってしまった、
確認したくないし考えたくもない、が
床に置かれたトレイと私の排泄欲求宣言をと組み合わせればそういうことなんだろう。


ひどく頭が痛くなった。


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