夏の大会が終わってひと段落。 2学期が始まって以来、僕のもとにある変化が訪れる。
「よぉ不二、奇遇じゃのう。」
「嘘ばっかり。」
青春学園の校門に、時折白銀頭がチラつくようになったのである。 それも不本意なことに、その白銀頭のターゲットが僕であるから性質が悪い。
部活も引退してそのまま直帰の僕の後を、許可なしにふらりふらりと着いてきて、 勝手に話掛けてきて(完全な無視をはたらかない僕にも多少の非があることは認めよう)、 必ず僕の家に帰り付く3本手前の曲がり角で『楽しかったぜよ』とか『また来るナリ』とか言って居なくなる。
慣れとは恐ろしいもので、 はじめは不審感を抱いていたのが、いつの間にか冷たいながらに受け入れている自分に気付く。 これまた不本意ながら、彼に対する受け答えは当初に比べて格段に増した。
さて、そんなこんなで白銀頭に付き纏われることに慣れ始めた頃、 僕のもとに、更なる変化が訪れることとなる。
「お久し振りです。不二くん。」
「えっ」
時折白銀頭がもたれ掛っている校門に、 まったく予想外の人物が、もたれることなく、キレイに背筋を伸ばした格好で佇んでいたのである。
「え、君。柳生、くん…だよね。」
「えぇ、覚えて頂けていたのですね。よかった。」
「あ、うん。」
不意打ちの登場か、その佇まいか、言葉遣いか、もしくはそのいずれも、か。 とにかく何かに気圧された僕は、 なんとも珍しいことに、同級の知り合いに“くん”を付けて呼んだ。
「あー…えっと、なにかご用かな?」
白銀頭の初回の登場時に比べたら僕の対応はこれでも雲泥の差だと言って良い。 確か、彼の時は見なかったことにして素通りした。(だってあまりにも怪しかったから)
「あなたの元に、うちの仁王くんが度々お邪魔していると耳にしたものですから。」
「あぁ、そういうこと。」
「申し訳ありません。ご迷惑おかけしてしまって」
「えーっと…、確かに迷惑だけど、うん。柳生くんが謝ることないよ。」
深々と下げられた茶髪に思わずたじろいたけれど、 嘘でも白銀頭の存在を受け入れるのは癪に障るのでそう言った。
「ですが…、」
「うん。構わないよ。 ただ着いてくるだけで僕もそこまでちゃんと相手してるわけじゃないし」
「あぁ、そうでしたか。」
反射した眼鏡の奥であからさまにホッとしたように瞳が細まったのを見て、 僕もなんとなくホッとした。
「とりあえず、歩こうか?」
「えぇ、そうですね。」
歩きながら話題に挙がったのは結局白銀頭のことばかりだった。 日頃の彼の奇行だとか、風紀委員の立場としてあの髪色は困るだとか。
「奇遇なんて、嘘ばっかり吐いてさ。 嘘言わずにちゃんと用件言ってくれたら僕だって少しはちゃんと話すのに…」
必然的に、僕もそんなグチに便乗する形になる。
「柳生くんこそ迷惑でしょ? 謝るためにこんな遠いとこまで来るの。本当にごめんね。」
そう続けてから見上げた顔はどことなく、なんとなく、さっきと違っていた。 僕が眉間に僅かながらに皺が寄っているのに気付くのはそう難いことでもなく、 彼の機嫌を損ねてしまったのは一目瞭然だった。
しかもちょっと苦しげな彼の顔は、 白銀頭には微塵も起こらない僕の罪悪感を湧き上がらせるには十分で、僕は慌てて言った。
「あ、でも、うん。 ダブルスパートナーの世話焼きって意外と苦にならないものだよね。 大石も、英二は手がかかるけど何とかって、言ってたし。」
どんなにケンカしていても、 他人に自分の身内を悪く言われた時の気持ちであることすぐに考え付いたのだけれど。
咄嗟の弁明はそうそううまく運ばず、我ながらちんぷんかんぷんの言い訳となる。 とりあえずめちゃくちゃ言って、僕は曖昧に笑いかけるに留まらざるを得なかった。 完全に阿呆だ。
「…なんか、ごめん。」
と、結局項垂れかけた僕に思いがけない事態が起こる。
「いいえ、構いません。」
「えっ…ちょっと…」
「私も彼と同じで大概、嘘吐き、ですので。」
何ごともなかったかのようにキレイに背筋を伸ばして、彼は僕の隣を歩いているけれど。 澄ました様な横顔を凝視して、僕は酸欠の金魚みたいに情けなく口をパクパクした。 それから眼鏡の奥の瞳がまた細まって、あろうことか彼はこういった。
「手のかかるダブルスパートナーは存外侮れませんので。 こちらが紳士的に攻めていくのでは先を越されてしまいそうですし、ね?」
いつの間にか、僕の家に帰り付く3本手前の曲がり角まで来ていて、 彼は『楽しませていただきました』と『また窺います』の両方を言って去って行ってしまった。
いや、正確には。
「仁王くんの粗相を詫びに来たのは口実です。 安心なさってください。 これから先はきちんと紳士らしく、段階を踏んで接していく心づもりでいますから。 今日は私のことを意識さえしていただければそれで構わないのです。」
という、とんでもない発言をかまし、満足気に僕の唇をなぞってから去って行った。 僕が内心で『アデュー』じゃねぇよ。 と悪態を吐いたのは、きっと礼儀知らずではなかったと思う。
だって相手も紳士面して突然キスしてくるような無礼者なのだから。
END |
|