立海× | ナノ


『元気にしちょった?』



コールはたったの一回だった。
出たと思った途端に、僅かにザラついたような声が先に話しかけてきた。



「うん。元気だよ。」

『ほうか』

「仁王は?元気?」

『元気じゃよ。』



こんな会話がしたいわけじゃない。
もちろん、仁王が元気ならそれは僕にとってとても嬉しい事なんだけど。

でも、今日はそれで電話したわけじゃない。
他にもっとちゃんと言いたいことがあるから。用事があるから電話したんだ。

なぜだか緊張して、生唾をゴクリと飲み込んだ。



「ねぇ、」

『なん?』

「あのさ…」



言い淀む僕に、電話の向こうの仁王は一体どんな表情をしているんだろう?
そんな想像ばかりするのがツライ。

だから、



「週末、会えないかな?」



その約束を取り付けたくて、電話した。

東京と神奈川。
それはつまり、会おうと思えば会える距離で、でもそう簡単には会えない距離だ。

僕は恋人とは、仁王とは飽きるほどにだって一緒にいたい。
本当は毎日だって会いに行きたいけれど、でもお互い暇じゃない。
当然学校はあるし、部活だってある。

だから予定を聞くときは物凄く緊張する。
先にお互いに予定を教え合っておけば良いのかもしれないけど、
それをしないのは、きっとお互いに“会いたい”のセリフを聞きたがっているワガママの表れであって、
それが滅多に会うことができない僕らにとっては愛おしいから。



『すまん。部活じゃ』

「そっか、」



やっぱり。って分かってても寂しいものは寂しい。



「会いたいね。」

『俺かて会いたいと思っちゅうよ…?』



今日はたまたま僕からだったけど、ついこの前は逆だった。
休みの日が合うなんて本当に稀だ。

だから、



「どれくらい?」



なんて、聞いて会えない分、会いたい気持ちでその寂しさを埋めたくなる。



『月にちょうど片手で数えきれるくらいは会いたいと思うとるぜよ?』

「え…」

『じゃけぇ、片手で数えきれるくらいじゃ。』

「なに、それ。」



思わず唖然とした。
そんなもんなの?君が僕に会いたいと思ってくれてるのって、その程度なの?って。
それじゃあ僕は何を以って寂しい気持ちを埋めたらいいの?って。



「月5回…要は週一回でいいってこと?」



気付いたら声が震えていた。
僕ばっかり君に会いたいなんて思っててバカバカしいと思った。



『そうじゃのぉ、現実的に考えたら5日が妥当じゃな』

「そうだけど…」



それ以上言葉が続かなくて、僕は口を噤んだ。
嗚呼、どうしよう。もう泣きそうだ。

もう、電話切っちゃおうかな。と終話ボタンに指をそろりと合わせる。



『って、言うと思うた?』

「…は?」



今まさに、ブツッとやってしまおうとしたところに能天気な声がして僕はまた唖然としてしまった。
電話の向こうでは仁王が咽喉を鳴らして笑っている。



「…ちょっと、なんで笑うんだよ。」

『いや、』



「『愛されてるのぉて、思うたら嬉しくて堪らんかったわ―――…』」



なに、このステレオ。
そんな疑問が晴れないうちに、後ろからぎゅうっと抱き込まれていた。



「いつだって、会いたいと思うちょる。」

「にお、なんで…」

「週末はダメじゃけぇ、今日会いに来た。」



仁王が僕の携帯を取り上げて通話を切る。
ゾクゾクする程の高揚感。

仁王の腕の中で、僕の心臓は忙しなく脈を打っている。
こんなに煩いんじゃ君にまで聞こえちゃう。



「そんなにドキドキするん?」



やっぱり聞こえてしまった。
恥ずかしくて俯いたら僕を抱きしめる仁王の腕が目に入って、ますます鼓動が早くなる。



「だって、ビックリした」

「ホンマにそれだけ?」

「違う、けど」



苦し紛れの言い訳なんて全くの役立たず。



「じゃあ、」

「君に会えて、嬉しいの…っ」



口に出したら鼓動はもっと早くなって、もっと嬉しくなって。
仁王も嬉しそうにフッて笑ったのが、耳に当たる生暖かい息でわかった。

嬉しい気持ちが血と一緒に全身巡ってるみたいで、それが僕を素直にさせているみたいだった。



「なんじゃ。今日は意地張らんのか?」

「だって、」

「つまらんのぉ。
 普段のお前さんやったら“僕に会いたいのは片手分だけなんだろ!?”とか言うところじゃろぅ」



思い出したら悲しくなるじゃないか!そう言いたくなった。
というか、我慢もせずに言おうとした。
けど仁王の手の平が僕の口を覆って言えなかった。



「今日は素直なままでえぇぜよ。」



仁王の息がまた耳にかかる。

今、すごく近くに君を感じられてる。僕は毎日だってこれを感じてたいよ?
仁王は違うの?ねぇ、教えて?って気持ちが焦れていく。



「二進法で片手で数えきれる最大値は2の5乗−1=31」

「それって…」

「俺も毎日会いたいと思うちょるに決まっとろうが。」



嗚呼!その言葉が聞きたかった!
嬉しくて嬉しくて。
押さえつけられていた気持ちみたいに、僕は勢いよく身体ごと振り返って仁王の胸に顔を埋めた。

忘れかけていた、匂いがした。



「…この理系脳」

「素直でえぇって言うたダニ」



素直じゃないのは言葉だけ。
皮肉りながらも仁王が頭を撫でてくれて、僕はそれに身を任せて甘えた。

こんな瞬間、あと何週間後かだと思ってた。



「やっと会えたぜよ。」

「うん、」

「好いとぉよ。」

「僕も、好き。」



病的なまでに、君の“会いたい”の言葉が欲しかった。
でも、やっぱり。

君の“会えた”の言葉を聞く方がずっと良いみたいだ―――…



END