氷帝学園× | ナノ


「まぁまぁだな。」



僕が作ったハヤシライスを飲み込んで景ちゃんは言った。
電話のひとつも寄越さずに突然押しかけてきた身の上で、どの口が『まあまぁ』だとか失礼な台詞をのたまうのか!

仕事で近くまで来たとかなんとかカントカなんだ。上げろ。と、先約なしに侵入してきた俺様すぎる幼馴染にまず溜め息。
次に、ソファにどっかり陣取ったかと思うと柄にもなく、お腹の虫なんか鳴らすもんだから、こうして“僕が僕の為に作った”ハヤシライスを景ちゃんに振る舞う羽目になった。

だから少しくらいの意地悪は許されてもいいはずだ。



「そう。まぁまぁ、ね。」

「アーン?拗ねてんじゃねぇよ。」



ワザとらしくぷうっと頬を膨らせて拗ねたフリをしてみたら、相当お腹が減っていたんだろう。文句を言いつつハヤシライスを勢いよくパクつく景ちゃんは呆れ顔でやれやれと首を振った。やれやれしたいのはこっちだ。まったく。

別に景ちゃんが何か食べ物を要求してきたワケじゃないのだけれど。
ただ、顔を真っ赤にして「俺様は断じて腹なんか減ってねぇからな!」とそっぽを向いたから、僕は吹き出しそうになりながら『じゃあ出前でもとろうか?』と提案した。

それがどうして僕のハヤシライスになってしまったのか。



◇ ◇ ◇



「出前?なんでだよ、飯作ってあんだろ?」



キッチンの大鍋を指さす景ちゃん。
どうやら部屋いっぱいに広がるハヤシライスの香りを嗅ぎつけていたらしい。いや、でも。それは多分ダメだと思うんだ。

景ちゃんの指さす鍋を一瞥して、僕はすぐに景ちゃんに向き直る。



「景ちゃんの口には合わないと思うよ?」



どう考えても“ハヤシライス案”は僕の中でボツだ。なんたって僕の“出前案”はハヤシライスがもう出来上がっているからこその策。あえて相手の舌に合わなさそうなものを出す趣味は、当然のことだが、ない。



「ていうか絶対合わないよ。」



その理由は単純で、“僕が僕の為に作った”ハヤシライスは市販ルーのやつ。つまりなにが言いたいかと言えば、景ちゃんに庶民の味は無理、だろう。ということだ。

そもそも景ちゃんは“固型ルー”ってものをご存じなのであろうか?
きっと。いや、ううん。絶対、確実に知らない。

相手はカレーをスパイスから作ることしか知らないような人間だ。
ターメリックがカレーを黄色くすることを知っていても、固型ルーひとつきりでお湯がカレー味になることを知らない。

けれども世間知らずの坊ちゃんは、僕の説得虚しくこう仰せになる。



「別にそれで良い。」



それで、僕は渋々ハヤシライスを献上したワケだけど、



◇ ◇ ◇



「まぁまぁだな。」



と、きた。
本当はそれでも随分な過大評価だとは思う。“僕が僕の為に作った”固型ルーのハヤシライスが景ちゃんの口に合うはずがない。分かりきっていたことに拗ねるのもいかがなものだろうか。とは自分でも実はちょっと思っている。

それでも僕はついつい言ってしまう。



「そう。まぁまぁ、ね。」

「アーン?拗ねてんじゃねぇよ。」



頬を膨らせ続ける僕に、呆れ顔だったはずの景ちゃんはフッて笑いかけてくる。それでこんなことを言う。



「美味いぜ?」

「嘘吐け。」



バレバレの嘘なんて吐かなくたっていいのに。そう思いながら、ちょっとときめいたりとかしてる自分。
なんだかもう、そんな自分が目も当てられなくて、誤魔化すようにハヤシライスをスプーンで掬った。僕にとっては何てことない庶民然とした普通の味だった。ていうかむしろ、美味しいし。



「俺様が味の善し悪しくらいで文句付ける器の小さい男に見えんのか?」

「…十分見えるけど。」

「…シュウ、お前な。」



僕が素直な見解を示してハヤシライスをモグモグやると、景ちゃんは一瞬不機嫌そうに眉を寄せた。それからハァッと大きく溜め息を吐いて後ろ髪を掻き乱す。



「お前の手料理ならなんだって美味いんだよ。」



ガシャン―――ッ



「あ、」

「うわっ、シュウ!お前!!!」



僕のスプーンが落っこちて、ハヤシライスが飛び散った。
しかも、その飛沫が景ちゃんの高そうなワイシャツにまで跳ねている。



「バカ!スプーンぐらいちゃんと持っとけ!!!」

「景ちゃんが突然ヘンなこと言うからだろ!?」

「アーン!?ヘンだと!!?」



それからしばらくテーブルを挟んで言い合いをした。
さっさとワイシャツを拭かなかったことを後悔したのはその後で、



「もう脱ぐしかねぇな。」

「はぁ!?」

「シュウ、お前の服も汚れてんだろ。脱げ。」

「あのねぇ、エプロンっていうのはそういうものなの!!!」

「関係ねぇ」



ニヤリと笑った景ちゃんに、僕はやっと「脱げ」の真意を悟ったのだった。
結局、景ちゃんの庶民目にも高価そうなワイシャツはベッドサイドで丸まって、染み抜きされずに放置された。



コトを終えたベッドの中で、僕は訊ねる。



「景ちゃんは僕の手料理なら何でもいいの?」

「まぁな。」

「愛のスパイスってやつ?」

「かもな、」



恥ずかしい質問に真顔で頷くものだから、
ちょっと可笑しくなって、じゃあ次は激辛料理でも作ってみようかな。なんて思ってしまった。景ちゃんならアイスブルーの瞳を潤ませながらも食べきってくれるかも。

でも、ひとつ気になるのは。
今回は“僕が僕の為に作った”ハヤシライスだから、景ちゃんへの愛は込めようがなかったはず。



「ねぇ、自分用だったよ?」

「よそうだけでもシュウがやってくれれば良いんだよ」

「えー」

「それで満足だ。」



さっきときめいたのと一緒ので、景ちゃんがフッて優しく笑うから。不覚にもまた胸がキュンと鳴いてちょっと恥ずかしくなった。

それで「やっぱり激辛料理はやめておこう」と僕は思い直す。次はもうちょっと頑張って、“景ちゃんのため”だけに何か御馳走をつくろう。

景ちゃんのお屋敷で出てくるみたいな凄いのは無理だけど、それに負けない、精一杯僕なりの愛情のスパイスを混ぜ込めばきっとまた、さっきみたいに笑ってくれるだろう。



「あー…、シュウ」

「なに?」

「次はハヤシライスは止めろ。あれはマズい。」



前言撤回。
やっぱり次に振る舞うのは、



「ねぇ、愛情さえあればなんでもイケるよね?」

「…まさか」

「愛情はたっぷりだから、ね?」


激辛料理に決定。
もちろん手抜きなんてするもんか。前菜からメイン、デザートまで。幸せすぎるくらい。舌がもたなくなるくらい。さぁ、覚悟してね?



召しませ、愛情フルコース―――…



END...