ミツバチだけが知っている1


柔らかく暖かい陽の光が射す昼前のこと。
エリオットは庭に置かれた寝椅子に怠惰に寝そべって、胸の上に読みかけの本を置いたままうつらうつらとしていた。休日として贅沢な過ごし方だ。

オルキア人は殊更に庭というものを好んでいる。他家に招かれたらまず庭を褒めるのが習わしだ。それくらいこだわっている。
エリオットの屋敷の正面にも当然のように庭が広がっており、貴族の住まいにおける庭の規模としては慎ましいが、それでも屋敷の印象をより美しく見せるよう隅々まで剪定され、飾られている。
屋敷の顔ともいえるこの前庭の管理は従者のウィリスに任せきりだ。

そして、この屋敷にはもうひとつ庭があった。
玄関側からは見えない場所ではあるが、南向きの部屋からの観賞用に造られた庭で、主庭としては狭いが陽当たりは抜群である。
いつも食事を摂っている南向きの部屋の窓扉を開けると屋根付きのテラスに続いており、エリオットは陽気のいい日にはそこに置かれた寝椅子で読書に勤しむのである。
以前は体の弱い妻が外の空気を満喫するためのテラスだったが、今ではすっかりエリオットの憩いの場所になっている。

小さな噴水から流れる水音が眠りをさらに誘う。穏やかな風が吹き抜けていく気持ちのいい浅い眠りの中で、もっと気持ちのいい温かいものが頬に触れた。
それは頬を離れて前髪をサラサラと梳いた。あらわになった額に柔らかい感触が押しつけられると、悪戯をするその仕草にエリオットから笑いが漏れた。

「くすぐったい、ジン」
「アンタの寝顔が可愛くって、つい」

そっと瞼を押し上げれば、買い出しに行くと言って街に出かけた恋人が覆い被さるようにして覗き込んでいた。
エリオットの休日に合わせて彼も本日は休養日である。

「もう帰ったのか。早かったな」
「うん、買い足しだけだったからね。家ん中にいなかったんでここかなーって思ったら、案の定だったね」

寝入りばなを邪魔したジンイェンを引き寄せて、エリオットは彼の唇を優しく食んだ。

「ああ、天気がいいから庭の様子を見がてらな」
「ついでだから夕食用のハーブもらってもいい?」
「だったら、第三区画は手をつけないでくれ。使う予定があるんだ。それ以外は好きに摘んでいい」

本を閉じてテーブルに置いたエリオットが、そこからそこまで、と指さして範囲を示すとジンイェンは頷いた。
そうして彼は庭の隅に寄せてある道具棚から採取用の籠を取り出して、料理に必要なものを摘みはじめた。

「ほんとすっごいよねぇ、ここの庭。こんなの他で見たことないよ、俺」
「まあ、『魔法使の庭』だからな」

妻の生前は観賞用に整えていたこの庭も、誰も観る者がいなくなったので、エリオットは自分の研究用の庭として利用していた。
大戦前、まだ魔術というものの存在を知らなかったオルキアでは、ハーブは食用薬用防虫のほかに魔除けやまじないの効果があると信じられていた。
実際その効能は魔術との親和性が高く、今ではより実用的な利用をされている。儀式用であったり、魔法薬の調合に使われたりと幅広い。始祖種族からもたらされた秘術は忘却大陸で独自の進化を遂げたのだ。
定住していない狩猟者の魔法使は市場や専門業者から薬草類を買い付けるが、家持ちの魔法使は、規模の大小はあれど自分のためのハーブガーデン――『魔法使の庭』を持っているのが一般的だ。

魔法薬学の免許持ちのエリオットは、そういった目的でありとあらゆる香草、薬草類を自宅で育てていた。なかには有毒のものもある。
ただし、エリオットは決して園芸が得意なわけではない。その証拠に花の一輪でも育てようものならあっという間に枯らしてしまう。なので思いきり魔術頼りである。
土魔法で土壌を水はけがよくなるように変え、最適な水やりができるよう魔石を沈ませた噴水に水差しの魔法をかけ、虫害病害避けのための術を組み、とにかくハーブを育てることだけに特化している。
むろん、直接の土いじりは向かないので植え替えの時には従者に頼んでいるが。
術者が不在でも常に術が発動する仕組みになっているので精霊の動きが活発で、一般家屋の庭とは趣が違う。魔法使ではないジンイェンの目にはさぞ不可思議に映っていることだろう。

魔術研究にはとかく凝り性のエリオットの庭は、そういったわけで種類が豊富できちんと整備されている。魔術用ではあるが食用としても優れもので、色、味、香りともに格段に良い。
ジンイェンがここのハーブを摘んで料理に使っているが、どのみち間引きは必要なので好きに使わせている。
再びうとうとしていたエリオットだが、ハーブを摘み終えたジンイェンがテーブルに籠を置いた音で目を覚ました。

「昼飯の前にここでお茶でもする?」
「いや……それは午後がいい」

摘みたてのハーブは青臭さが鼻について芳香とは言い難い。
数種類が混じり合った強烈な香りに刺激されて、寝起きでぼんやりしていた意識がはっきりとした。ジンイェンの指が、そんなエリオットのあごを軽く掬う。

「エリオット、汗かいてる。駄目だよこんなとこで寝てちゃ」
「……寝足りないんだ。仕方ないだろう」

目元をうっすら赤く染めながらエリオットが恋人に向けて文句を言う。その言葉の意味をすぐに察したジンイェンは、だらしなく表情を崩した。

「昨夜は盛り上がっちゃったもんね?」
「いつもだろ」
「たしかに」

そうは言っても昨夜は、翌日が休日だと気を抜いたエリオットの箍がはずれてしまった。
情熱的に求められたジンイェンもそれに応え、何度も挑んだ。その余韻で身体中が倦怠感に支配されていて、エリオットは知らず甘い吐息を漏らした。

「襟、緩めてあげるね」
「ん……」

ジンイェンの指がシャツの釦を外していく。
開いた襟元から風が入って汗が引く。ところがその動きにエリオットの脳内は別のことを期待し、錯覚した。

「もー、そんな目で見ないでよ」
「僕はどんな顔をしてる?」
「めちゃくちゃにしてほしいって顔」
「…………」

そこまでは思ってないがあながち的外れでもないので、エリオットは無言でジンイェンの衣服の襟に指をかけた。
都合のいいことに前合わせの軽装は簡単にはだけた。

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