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「気がついた?俺の言いたいことが」
「……わかんねえよ、そんなの」

忌々しげに吐き捨てる。コイツが姿を見せた時点で嫌な予想はいくらでも出来たが、それを現実のものとして受け止める勇気はなかった。

ざり、と藤崎の足が地面の砂利を踏みしめる。

響き渡る蝉の声がうるさい。うるさい。うるさい。

藤崎が不意に俺の胸元を掴み、叩きつけるように俺の体を体育館倉庫の壁に押し付けた。
肩甲骨がコンクリートの壁に擦れてかなり痛い。しかし藤崎はそんなことお構いなしで、俺に覆いかぶさるように圧力をかけてくる。そんなに胸元を締められたら苦しいし、息ができねえよ馬鹿。

俺の目の前まで近づいた藤崎がズボンの尻ポケットからスマホを取り出し、見せ付けてきた。

「たまたまだったんだよね。彼女がきみに告白しようとしたのを知ったのはさ。彼女、俺の知ってる子だったから。だから、彼女と賭けをしたんだ」
「賭け……?」
「きみが呼び出しに応じたら彼女の勝ち、逆に、きみが呼び出しを無視し、ここに来なければ俺の勝ち」

ということは、俺は結果ここに来たんだから藤崎は負けたってことだろう。ざまあみやがれ。
藤崎は俺の鼻先で優雅に微笑んだ。

「いいや。俺に捕まったきみの負け」
「……お、前」

見せ付けられるように目の前に出されたメール画面には『皆川、来なかったよ』という文字が見える。あらかじめ打っておいたと思わせる文章。指で送信先を巧妙に隠していて見えない。
端っから約束なんて守る気なかったっていうのかよ。この外道。

「――最低だな、お前」
「うん、そうだろうね。だからせめてもの情けできみに彼女のことは伝えない。どういう意味か、もう分かるだろ?」

それは、俺が彼女の正体を知ってしまったら、当然この藤崎の仕打ちを思い悩むだろうから。そして俺と彼女との接触を、藤崎は良しとしない。知らぬが仏とはよく言ったもんだ。
暑さのせいだけじゃない汗が俺の頬を伝う。

「だからって……」
「何より、」

胸元を掴む手を緩め、藤崎は俺の頬を流れる汗に指を這わせた。

「俺が、こんなことを知って許すはずがない。――だろう?」

ごく単純な方程式の解だと言わんばかりに藤崎が笑う。その笑みは酷薄な色を含んでいて、俺は思わず息を呑んだ。

「きみ、どうして来たの?俺というものがありながら」
「俺は……」

そもそも、俺とお前はそういった類の関係じゃないだろう。何を、戯言を。

「あんなに愛してあげたのに、足りなかった?」

かっと俺の頬に熱が集中する。
最低だ。お前はあんなことを俺に強いておいて、そのうえ俺に告白しようとしていた女子に妨害工作までして。

「……本当に、最低だ」
「そうだよ、俺はきみが想像するよりずっと嫉妬深いんだからね」

かしゃん、と音を立てて藤崎のスマホが地面に落ちる。液晶の表面に確実に傷がついたであろう音に息を呑む。そして呼気を吐くいとまも与えられないまま藤崎に口付けられ、貪られた。

「……っぅ、ふ」

逃れようと藤崎の胸を両手で押す。けれど体勢的にそれは叶わなかった。
噛み付くようなキス。それはこの前も、初めてされた時もそうだった。

余裕の感じられないその口付けに俺は翻弄された。汗ばんだ腕がべたりと触れ合い、気持ちの悪い感触に眉間に皺が寄る。

ああ、コイツが汗をかかないはずがない。同じ人間なんだから。そんな当たり前のことを考えて気を散らそうとするが、それは叶わなかった。
口付けたまま藤崎の指が器用に俺のカッターシャツのボタンをはずす。

「ふ、じさ、き……」

唇が離れたと思うと、藤崎は俺の体をくるりと反転させてコンクリートの壁に押し付けた。
無機質でひんやりとした灰色の壁に頬が触れて熱気が少し薄れる。その感触に安堵にも似た溜息をついた。
しかし、その気を抜いた一瞬を見計らったように藤崎が後ろから俺の胸をまさぐり、そこにある突起を摘み上げた。

「あ……ッ」

思わず漏れた微かな声に、藤崎が耳元でくすりと笑う。

「随分と、感じやすくなったね」

俺の努力の賜物かな、と嬉しそうに言う藤崎を俺は殺したくなった。
あの忌々しい行為を思い出したくはないけど、体は敏感に、俺の意思とは無関係に反応してしまう。




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