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3Dサラウンドであちこちから途切れることなく鳴く蝉の騒音が、俺の三半規管を狂わせた。ふらりと体が揺れる。

――夏である。そんでもって死ぬほど暑い。



世間様は夏休みだってのに、俺はどうしてか、律儀にも制服を着て高校の校門を通過していた。

校庭を横目に見やると、白球を追いかけている丸坊主頭が大声で自分たちを鼓舞している。
この暑い中ご苦労なことで。俺ならあんなのは御免だ。灼熱の太陽の下で水を使わないスポーツなんて自殺行為に他ならない。

かといって今の自分の状況が望ましいかと言えば全くの否であり、親にもさんざんお小言をくらったあとであるということは言うまでもない。
夏休み前の期末テストの成績が芳しくなかった生徒たちのための、有難い学習サービス――まぁつまりは補習のため、俺はここに来てるってわけだ。

期末テストの成績が悪かった俺は、休み中もどうせ真面目に宿題なんかやらねえんだから監督付きで教えてやるから勉強しろよと、補習名簿に堂々名前が載っちゃったんだよ、クソ。
世間一般の学生はプールに旅行に甲子園に、思う存分夏を満喫中だっていうのに、何が嬉しくて部活にも入ってないのに制服まで着て学校に来なきゃなんねーんだ……。
いや、自業自得なんだけど。

カッターシャツが汗でじっとりと湿って気持ち悪い。ネクタイを緩めてボタンをもう一つはずした。

「あっちーな……クソ……」

ぶつぶつ一人ごちながら校舎に入ると、日陰になったせいか暑さは幾分かやわらいだ。
ほっとして昇降口で靴を脱ぎ、自分の下駄箱を開ける。すると、そこには違和感が。

――なんだこりゃ。

自分の上履きの上に白いものが乗っていた。
手にとって見れば、それは素っ気ない白い封筒だった。封もされてなく、中を覗くと真っ白い一枚の紙が入っていた。

『お話があるので、補習が終わったら体育館倉庫前に来てもらえると嬉しいです。待ってます。――T』

ん……?これは、もしや、もしかすると。
急に鼓動が速度を増した。
思わずあたりを素早く見回す。部活動のために登校してきた生徒か、さもなくば同じく補習の生徒がぱらぱらとだるそうに校舎を出入りしている。俺を特に意識しているようなヤツはいない。

これは、あれか。単なる俺の自意識過剰かもしれないけど……その、告白の呼び出し、とかいうやつなのか!?

文面からして不良の呼び出しってわけでもなさそうだし(というかそんな心当たりが全くない)、この丸文字の綺麗な筆跡はどう見ても女子の書いたものに違いない。
ただ、この『T』というのは気になった。
T……?誰だ?イニシャルじゃないから、これだけじゃ名字なのか下の名前なのかの判別もつかない。

でも、俺が今日補習で学校に来ることを知ってる人物、イコール少なくとも俺の知ってるヤツだろうとあたりをつける。

いやいや、こういうのはあまり詳細を想像しないに限る。

期待しすぎておいて、実は告白でもなんでもない、今日こそお前と決着をつけてやるぜ!みたいな少年漫画的展開に突入してしまう可能性もあり得るわけだから……って、いや、いないからな?そんな宿命のライバルみたいな面白い知り合いは。
もしこれが罰ゲームの一環だったとしても「騙された!」で笑い飛ばせばいい。

とにかく、柄にもなく舞い上がってしまうのは俺もそういうお年頃なんだから仕方がない。
入学以来甘酸っぱい展開なんかこれっぽっちもなかったんだから、ちょっとくらいこういう普通の青春っぽい展開にドキドキしてもいいじゃないですか。うん、そういうことだ。

俺は「別段何もありませんでした」という涼しい顔でその封筒を懐に仕舞った。
どうにもむず痒くて口元がぴくぴくと変に歪むのはご愛嬌ってことで。


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