きみという人


日曜はあっという間に来た。
鏡の前で自分の顔を改めて見る。いつにも増して表情が硬い。
緊張しながら学校のある駅に向かう。僕は学校まで自転車で通えるから電車は使わないが、だいたいの生徒は通学にこの駅を利用している。

待ち合わせの十分前に駅に着くと、透はもう来ていた。

派手な色のTシャツの上にフードつきのカジュアルな薄手のジャケットを羽織り、チェック柄のカーゴパンツを穿いている。私服姿は初めて見るがまるでモデルのように決まっている。
駅の壁に凭れかかって遠くを見ている様は本当に雑誌の切り抜きのようで、僕は少しの間見惚れてしまった。

しかし透は間抜けな顔で突っ立っている僕に気付いて、微笑みながら手を上げた。
それに誘われるように僕は一歩踏み出した。

「すまない、待たせた」
「んーん、俺もさっき来たとこだから」

じっと透が僕を見つめる。その視線が落ち着かなくて無意識に体を揺すった。

「なんだ」
「……や、先輩の私服姿初めて見るなと思って」

透のようにお洒落な服ではない、白のロングTシャツにカーディガンを合わせただけの無難な格好が少し恥ずかしい。

「先輩ジーンズとか穿くんだ?」
「悪いか?」
「えっ、そういうんじゃなくてちょっと意外っていうか……制服ばっか見てたからかな?新鮮」

さりげないフォローも透らしい。僕はそれがなんだか懐かしく思えて目を細めた。

透が、こっち、と僕を促した。電車に乗るらしい。
しばらく電車に揺られ、降りたのは五駅先だった。

「ちょっと歩くけどいい?」
「ああ」

駅までは自転車で来たらしく、駐輪場からクロスバイクを取り出した。その隣をゆっくり歩く。
駅を抜けると商店街があった。その先に住宅街が連なっている。
透は毎日この道を通ってるのか。

歩いて三十分ほどして、ようやく透が足を止めた。

「ここ、俺んち」

そう言われて見上げてみると、透の家は新興住宅っぽいシンプルな作りの大きめの家だった。
門扉を抜けると小さい庭先に透が声をかけた。

「親父ただいまー」
「おう、帰ったか。……ダチか?」
「うんそう。ってか昨日来るって言ったじゃん」
「そうだったか。ごゆっくり」

庭の花壇にうずくまりながら僕に向けてニカッと笑う透のお父さんは、立ち上がったらかなり大柄だろうなと思わせる逞しい背中をしていた。

濃い髭に覆われたいかつい顔といい、頭に巻いたタオルといい、工事現場の気のいい親方といった印象だ。
僕は会釈をして玄関に入った。

「ただいまー」
「あらあらもう来たのぉ?いらっしゃい、松浦君……だったわよね?」

奥の部屋からパタパタと出てきたのは小柄でふくよかな女性だった。
おそらく透のお母さんだ。優しい笑顔を浮かべると目尻に柔らかい皺が出来てそれがまた魅力的だった。

「こんにちは。お邪魔します。これ、修学旅行の土産ですが、良かったら皆さんで……」
「あらあらーわざわざありがとね。いつもお茶とかコーヒーとかご馳走様。主人も美味しいって喜んでるのよ〜。って、もーやだ透、松浦君ってめっちゃくちゃイケメンさんじゃないのー!母さん照れちゃう〜」
「うっさい。いい年したオバサンが頬染めんな」
「やだ聞いた今の!ひどいわぁ」
「いーから放っといて。兄貴は?出かけた?」
「んーん。素也、今日デートダメになったんだって。いま機嫌悪いから声かけちゃダメよ〜」
「げっ、マジか……」

眉を顰める透。
今日はお兄さんも家にいるらしい。本当に家族全員いるようだ。

こっち、と誘われて透のあとについて行くと、二階に差し掛かったところで手前の部屋のドアが開いた。

「あっ、おにーちゃん帰ってきた!あのさ、ゲームのデータどれが理子のかわかんな……」

おさげの可愛らしい少女はそう言いかけて動きを止めた。
そして階段の手すりから身を乗り出して階下に大声で叫ぶ。

「お……おかーさーん!おにーちゃんが超イケメン連れてきたー!!」

知ってるわよ〜とのんびりした声がキッチンの方から聞こえてきて、僕は思わず吹き出した。
妹さんの理子ちゃんはキャーと頬を両手で押さえて自室に戻って行った。透が苦笑する。

「うるさくってごめんね、先輩」
「いや、楽しい家族だな」

透が明るい性格なのがなんとなくわかった気がする。お母さんと喋り方のテンポがそっくりだ。
でも容姿は似てないように思えた。
透の家族だからどれだけ美形一家かと思ったが、透一人だけ飛び抜けて美形だ。




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