僕は透から逃げるように家に帰ってきた。

傘も差さず、とぼとぼと歩いて帰宅する。
雨は強くなかったがすっかり濡れて、全身びっしょりになってしまった。

帰宅すると服を全部脱ぎ、タオルで適当に拭いてからそのままベッドに潜り込んだ。乾いたシーツが素肌に心地良い。




その話を聞いたのは夏休みが明けてからだった。
視聴覚室の昼休みのひと時で顔馴染みになった吉住君から聞いた。
透が遅れて来るというので偶然彼と二人きりになった時のことだった。

透は僕と出会った頃すでに彼女がいたのだという。
同学年のちょっとふっくらとした小柄な子で、学年でも一、二を争うほど可愛らしい子だったようだ。

だった、というのは夏休み前に別れていたからだ。可愛くて気も合っていたようなのに何故と言われていたようだが、夏休み終盤くらいにまた彼女が出来たらしい。
むしろ高校生活最初の彼女と別れて特定の彼女がいない間は、相当遊んでいたようだ。

「透ああ見えてヤリチンだから」と吉住君にこっそりと言われた時、僕は何故だかショックを受けた。
純粋な後輩でいてほしいと根底で思いこんでいたせいかもしれない。先輩、先輩と慕ってくれた彼の自堕落な一面など知りたくなかった。
だから意識的に新しく出来た彼女というのも考えないようにしていた。

それなのに僕は、愚かにもその事実のおかげで透のことが好きだと気付いてしまったのだ。

これがどういう種類の好きなのか判然とはしなくて、でも、透と恋人になった女子のことが羨ましい、と思うほどには好いていた。
自分が女性になりたいわけじゃない、ただ透の隣にいて、他では見せない彼の甘い顔や、そういう時の顔が見られるのは羨ましいと思ったのだ。
男の僕では到底叶いそうにないことだから、余計に思慕は募った。しかしだからといって今の関係を崩す勇気もなかった。

そうして、透と出会って以来、瑞葉への恋心が薄れていることにようやく気付いた。
僕は好意というものが曖昧で、すぐに性別の枠を超えてしまう節があったことを思い出したのだ。

僕は昔から同性から邪な感情を持たれることが多かった。
特に中学時代はひどかった。ちょうど性に興味を持ち始める年頃、声変わりも遅く、肉のつきにくい体のせいでそういう対象に見られがちだった。

身長は――今でこそ174にまで成長したが――当時は背も伸び悩んでいて、本当に「オカマ」と揶揄されることが当然のような見てくれだったのだ。

体育の着替えのときに触られたり、下着まで脱がされたり、時には男性教諭からも触られた。僕が大人しかったから余計だった。

中でも修学旅行のときは本当に最悪だった。
皆が寝静まった頃、背後から股間を触られて尻に勃起を当てられ、擦られた。

その行為に絶望したのは、同性のクラスメイトにそうされたことよりも、触られて少なからず気持ちがいいと思ったことだった。
嫌だと思う心と快感に震える体は僕の中でバラバラで、だからそれ以来、同性、異性関わらず好意の境界線が曖昧になっていた。

中三のときに好きになったのは同性だった。
僕に優しくしてくれた男子で、明るいムードメーカー。けれど想いを告げることはしなかった。


そんな異常な空気が嫌で、僕は逃げるように県外の高校へと進学したのだ。
新天地でならやり直せると思った。その頃はそれなりに身長も伸びたし声変わりも済んでいたから女子と間違われることもなくなっていたから。

僕は自分に向けられる性的な視線が怖かった。
あの眼鏡はそういうものも見ないようにするための防御壁だったのだ。

瑞葉を好きだと思いつつも積極的になれなかったのはそういう背景も関係していた。
彼女を性的な目で見てしまうことをどこかで恐れていた。

僕だって年頃の男子なのだからいやらしい気持ちになるのは当然だ。
でも、僕の好意のあり方は少しおかしいと自覚してたから、それを彼女にぶつけてしまっていいのかどうか、二の足を踏んでいたのだ。

僕の好意には性別の線引きがない。
女性も、男性も、好きだと思ったら等しく好きになってしまう。ただの『好き』ではなく恋愛感情を持った好意だ。

だから透を好きになってしまったのは僕にとっては必然だったように思える。
かといってそれを告げる気はなかった。

だって考えてもみてほしい。同性であるのは承知の上で、それにしても透は彼女がいて、それ以上にモテて、部活でも活躍していて、とにかく人気者で。
僕が入る余地などこれっぽっちもない。けれど自分の気持ちを裏切ってまで瑞葉と付き合おうとは思わなかった

僕は、この気持ちが褪めるまで待つつもりだった。段々と距離を置いて、忘れるように。

『俺、本気だから』

何故そんなことを言ったのだろう。どうして僕なんだろう。
恋人がいるのに、どうして。

泣きたいのに涙は出なかった。


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