僕と彼のクリスマス・1





「うっわ、さっむ!」

乾いた木枯らしがヒュッと吹き抜けた瞬間、隣から大げさな声が上がった。
十二月になったばかりの鋭い冷気に僕も同じ感想を抱いた。口に出すほどではなかったが。
声の主は、髪色が明るくてピアスをつけている華やかな見た目の男子。丈の短いダッフルコートのポケットに両手を突っ込んだまま首を竦めている。

そう言うならもう少し防寒すればいいのに……と思うのだが、彼はマフラーどころかコートのボタンすら留めていない。
そんな風に心配する一方で、その細身で洒落たスタイルは彼によく似合っていて、見ていると感心するので進言はしなかった。
実際、彼は暑がりでマフラーの類は苦手なのだと言っていた。

そんな彼――透と並んで歩く放課後の帰り道は寒く薄暗い、けれど僕の心の中は春の日差しのように明るかった。
自転車を押す手に自然と力が入る。

僕と透は恋人同士だ。にもかかわらず距離感がつかめずにいた僕たちは、少し前までそれぞれに遠慮していた。
そのもどかしさを解消するために体ごとぶつかり合った。結果、関係は良い方に転じたのだった。
思っていたこと、不安だったこと、したかったこと、そういったものを気負わず言えるようになったのは大きな収穫だと思う。
『放課後は一緒に帰りたい』という希望もそのひとつだ。

それを習慣化するにあたり、どちらかの目的地に合わせるとそれだけ一方に負担と距離が増してしまうので折衷案を採った。
電車通学の透と自転車通学の僕は行き先が逆方向ということで、通学路から外れた道の先にあるコンビニまで行くことにしたのだ。
立地的に駅のほうに近いが、大通りに面しているので自転車専用路がある。僕としては通学路より帰りやすい。

校内で待ち合わせをして、他愛のないおしゃべりをしながら帰り道をともにする。そんなささやかなことが嬉しい。
けれど嬉しいと思う反面、至福の時間は短い。
歩いているうちにあっという間に暗さは増し、目に痛いくらいの真っ白な光が漏れる建物に着いてしまった。

「ちょっとなんか買ってきていい?俺、腹減っちゃった」
「ああ。僕はここで待ってる」
「すぐ戻んね」

透はいそいそとコンビニの自動ドアをくぐっていった。
彼のうしろ姿を見送ってからそれとなくスマホの時計を見た。十七時はとっくに過ぎている。部活のない今日は、もう少し透と過ごす余裕がある。


――十二月に入ってすぐ、学校はテスト準備期間に入った。期末考査のためだ。
来週月曜から四日間にかけて、二学期最後のテストがある。

中間考査はともかく実力テストは正直そこまで重要視していなかった。だから後輩である透の勉強に付き合った。
彼は部活が忙しいあまり日々の勉強に身が入らず、テスト直前に慌てて教科書を開くという有様だというからだ。
なにより好きな人の役に立ちたいという妙な使命感があった。

しかし、学期末テストとなるとそういうわけにはいかない。

今回は自分の勉強を優先させた。家に透を招くこともしなかった。すれば、別のことで頭がいっぱいになってしまうから。
親元を離れてまで通ってる高校だからむやみに成績を落としたくなかった。
両親は特段厳しい人ではないが、これはむしろ自分のためだ。今いる学校を選んだ理由付けのためともいえる。
実家近くにだって良い高校はいくらでもあった。けれどここを選んだのは――。

「せーんーぱいっ!おまたせ!」
「は、早かったな」
「すぐ戻るって言ったじゃん?」

不意打ちに驚いて顔を上げれば、小さなコンビニ袋を持った透の笑顔が目に入った。
コンビニから出た僕たちは、先にある立体駐車場脇の狭い公園に向かった。
古びた木製ベンチがぽつんと置かれているここは最近見つけた場所で、人が座っていることも多いが今日は空いていた。
透が座れば、それは風合いのあるアンティークベンチへと一変する。その隣に腰を落ち着けると少し尻が冷えたが、気にならなかった。
透がガサガサと袋の中から中華まんを取り出す。白い湯気がふわふわと立つのを見て、僕まで温かい気持ちになった。

「ん、なに?肉まん食べる?半分こしよっか?」
「いや、僕はいい。ところで来週テストだが……きみ、勉強の具合はどうだ?」
「やめてそんな話聞きたくない!」

予想通りの返事に思わず笑った。透はこういうところが明け透けで愛嬌がある。
やっぱり去年のテストを渡しただけじゃなく、少しでも面倒をみてあげればよかったと残念に思った。

「あーでも、先輩のテストのおかげでだいぶ捗りました。吉住たちもすっげーありがたがってた。つか、そっちはどーなの?……あの、真田先輩とか」
「別に、普通だ」

僕は期間中、司狼とテスト勉強をした。
向こうから誘われたのがきっかけだが、僕もちょうどそうしたいと思っていたから提案に乗った。一年のときはよくそうしていたから。
恋人と別れたばかりの司狼の様子が気になっていたというのもあるけれど、やはり学年首席とする勉強は得るものが多い。
そのことを前もって透に言っておいたのだが、あまりいい顔はしなかった。
話題に出すだけでこれなのだから、二人の相性の悪さはどうにもならないようだ。

一方で、先日囁かれたという僕と司狼のおかしな噂とやらは相変わらず僕の耳には入ってこなかった。
おそらく透が一番気にしてるのはそのことなのだろう。
だから、司狼と二人きりではなく剣道部員も一緒だと言えば、透は渋々頷いた。

そうして放課後の時間を司狼との勉強にあてた。図書室だと集中できないので自習室で。
普段は三年生ばかりの自習室も試験前ともなれば人が多かった。
その間、透は透で友人たちと過ごしていたようだ。
一度自習室に来たので顔を合わせたものの、ペンを走らせる音しかしない張りつめた空気が苦手とみえて彼は早々に出て行ってしまったのだった。

それも、もうすぐ終わる。終わったら僕は、透とまた――。
記憶とリンクさせるように透の手の動きを目で追う。喉が知らずごくりと鳴った。

「――ね、先輩」
「な、なんだ?」
「あのさ、ちょっと気ぃ早いかもだけど、テスト終わったらどうするかーとか考えてる?」

肉まんから薄紙をぺりぺりとはがしながら透が聞いてくる。自分のいかがわしい想像を見透かされたようで背中が熱くなった。

「あの、で、できればきみと一緒に……その」
「うん、それはそーなんだけどね、クリスマスどうする?って話」

それはまた気が早い。十二月になったばかりだというのに。
けれど満面の笑みを浮かべた彼が言わんとしていることを察してハッとした。
僕と透は恋人同士、となれば考えることはひとつしかない。僕だってそこまで世情に疎いわけじゃないんだ。

「……その、クリスマスは……」
「どっか行きたいとこある?てか、もしかして真田先輩たちとパーティーするとか?」
「いや、そうじゃない。僕は、毎年クリスマスは家族と過ごすから……」

そのことを恥ずかしいとは少しも思ってない。それでもつい言葉尻が弱くなった。
僕と透との間で『クリスマス』の認識がずれていることに気づいてしまったから。

日本では恋人と過ごすほうが一般的だが、僕の家では家族が集まって祝うのが当然の催しだ。
そのことに、きっと透はがっかりするだろう。それを思うと明るかった気持ちが一気に翳った。
案の定、透が肉まんにかぶりついたまま目を丸くしている。

「あーあ〜そっか!先輩のお母さんの実家って海外なんだっけ?そっちの習慣ってそうなんだよね、なんかそーゆーの聞いたことあるわ。そーだよねぇ、なんか当然みたいなテイで聞いちゃってごめん!」
「いや、僕も言ってなかったから」
「えっとじゃあイブとかさ、その前の日でもいーんだけど時間ある?」

焦ったように僕のほうへと詰め寄ってくる透。その慌てた様子にますます申し訳なくなった。

「それが、二十三日から実家に帰ることになってて……」

実を言うと、僕の家では家族全員が揃う機会があまりない。
両親はそれぞれ仕事で方々を飛び回っているし、姉はイギリスの大学に行っている。弟だけは実家住まいだが、僕も僕で家を離れて一人暮らしだ。
だからクリスマスは何が何でも家族で集まることにしているのだ。
二十三日から冬休みなので、僕は終業式が終わったあとその日すぐに帰省する。
家族ぐるみで付き合いのある客も訪れるから、顔を見せる意味でも当日は実家にいなければならない。
しどろもどろにそんな説明をすると、呆れるでもなく透がうんうんと頷いた。

「そーいや聞いたことなかったけど、先輩の実家ってどこ?」
「一応二十三区内なんだが、県境寄りだからここから遠いんだ」
「ふぅん?実家が都内ってなんかかっこいいね」
「かっこいい……?とにかくそういうわけで申し訳ないが、そのあたりはきみとの予定が入れられない」
「んーん、残念だけどしょうがないよ。この前先輩だって俺の予定に合わせてくれたじゃん?これでお互い様ってことで、ねっ?」

先月の連休に、急に予定が入ったときのことを言っているんだろう。考えてみればあれも秋葉家側の事情だった。
気を悪くした様子もなく明るく話す透は、本当に心遣いが行き届いている。

「んーでもさ、だったら空いてる日って他にある?つっても俺もテスト明けの休みは練習試合あるからダメなんだけど」
「その次の土日は?」
「午前は部活入っちゃってるけど、そのあとなら全然オッケー。デートできる?」
「うん、あの……というか、また僕の家に泊まりに来ないか?」

照れくささを抑え込んではっきりと誘い文句を口にすると、透は頬張った中華まんをゴクンと急いで飲み込んだ。
ちょっとむせたあと飲み物で流し込んだ彼は、僕の腕をがっしり掴んだ。

「行く行く!!ぜったい行く!そんでパーティーしよパーティー!」

二人だけで、と透が笑う。その言葉と表情になんともいえない色気が含まれていて首筋が熱をもつ。
セックスを経験した僕と透の間に、以前とは違う空気がたしかにある。
透はこういう雰囲気に慣れているのだろうが僕は戸惑うばかりだ。
それでもあの甘く痺れるような体験をことあるごとに思い出しては、もっとしたいと欲深くなる。そんな風に思ってしまう僕は、おかしいんだろうか?
恋人付き合いは透が初めてだから『普通』がわからない。それでも彼は僕の足並みに合わせてくれる。時々衝突もするけれど。

ところが、肝心のデート内容は決まらなかった。
僕は家で映画鑑賞がいいと言ったが、透は外に出かけたいと言って譲らなかった。たしかに僕の案だと前と同じで面白味がない。

「だったら透の行きたい場所で」
「それじゃ俺ばっかりが決めてるみたいじゃん。先輩も彼氏なら、ちゃんと一緒に考えて!」

やけに真面目な顔で言われてハッとした。
そうか、言いなりは楽だがそこに僕の意思がない。透にばかり考えさせては恋人として失格だ。
怠慢を反省して、思いつく限りの案を出した。柔軟性のない僕の発想は乏しいものだったが。
結局行き先は決まりきらず、テスト明けまでにお互い考えておくということでこの日は解散した。

恋人と過ごすクリスマスの計画――こういうことに不慣れな僕にとって、思わぬ宿題ができてしまった。


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