俺とあの人と少年


夏も過ぎだいぶ空気が冷えてきたある日、モデルの撮影スタジオにある喫煙所で俺は一人煙草をふかしていた。
撮影に使う予定の小物が現場に届かなくて、その連絡待ちでぽっかりと空いた休憩時間。
手持ち無沙汰に吸っていると、廊下の向こうから細身の少年が歩いてきた。
キョロキョロとあたりを見回してはスマホの画面を確認してる。見ない顔だけど迷ったのかな。
俺がその様子を見てると、少年が不安げな表情でこっちに小走りに近づいてきた。

「あの……すいません、今日のスタジオ撮影って」
「ん?今日はSOnnEだけどどうしたの?」

そう言うと、整った顔をさっと青褪めさせる少年。
まだ未成年っぽい見た目で、身長はそれなりにあるけど体が出来上がりきってない未熟さを感じさせる。
毛束感のあるふわふわのミディアムウルフの栗色の髪に、濃い目の緑色の瞳。真っ白で曇りのない滑らかな丸い頬が少年らしさを強調している。
ハーフかなにかかな?小顔でスタイルがいいから、たぶんモデルの子だろ。

「HiMMelの撮影って……」
「あれ、きみHiMMelの子?今日は一日SOnnEだって聞いてたけど」

HiMMelってのは俺が高校生のときに読モデビューした雑誌だ。
スカウトで事務所に所属してHiMMelでデビューして、そのあと大学生になって兄弟誌のSOnnEに移動した。

「あっ……もしかして、トオルさん、ですか……?」
「うん?そうだけど」
「前にHiMMelで読モやってましたよね!?僕、中学生のとき読んでて、すっごいファンでした!」
「えーほんと?ありがとー」

男にファンと言われるとなんだか微妙な気がしたけど、悪い気もしなくて俺は少年に向かってにっこりと愛想笑いを浮かべた。

「つか、どうしたの?撮影の日にち間違えちゃった?」
「そ、そんな……でも今日の午後からって……」

スマホを見ながらオロオロしてる少年の手元を覗き込んだら、そこにはメール画面があった。
あーたしかに日付は今日ってなってるなぁ。

「こっちは別に変更の知らせって来てないし、連絡の行き違いでもあったのかな?」

独り言のように呟くと、少年の視線を感じて顔を上げた。間近で零れそうな大きな瞳が俺の顔をじっと見つめていた。頬がピンク色してる。
あ、やべ、また近すぎた。どうも距離を詰めすぎる癖が出ていけないな。
そうしたら、ちょうど企画の人が通りかかったから声をかけた。

「おーい垣田さーん!HiMMelの撮影っていつ〜?今日じゃないよねー?」
「HiMMel?だいぶ前に来週に変更になったから今日SOnnEが入ったんだよ」
「あ、そーすか。ありがとうございまーす!……だってさ?」

来週と聞いて、少年がホッと安堵の息を吐いた。

「もう一回事務所の方に聞いてみたら?てかもしかして新人さん?」
「あ、はい。今回から初参加で……」

初々しいねぇ。俺もこんな時代が……と懐かしく思い出してたら、少年が俺の服の裾をきゅっと握った。

「あの……せっかくなんで、見学とかできませんか……?」
「え?どうだろ。まあライバル誌ってわけじゃないし別にかまわないと思うけど?んじゃ、ちょっと聞いてみよっか」

俺は小走りに垣田さんを追いかけて「この子HiMMelの子なんですけど撮影日間違えて来ちゃったみたいなんで、ついでに見学いいですか?」って聞いたら二つ返事でOKだった。
つか、この子のこと垣田さん知ってた。写真のオーディションで審査員してたみたい。

「よかったね。日にち勘違いしたのが今日で」
「は、はい!初仕事なのに欠勤したら干されちゃうとこでした……」
「はは、シャレになんないね」

この業界、いくらでも替えが効くから実績のない人間にはかなりシビアだ。
まあ少年が無事で良かった。


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